学生忘羨 追いかけてくるのは、輪郭こそは人の形であるものの、目玉が溶け落ち、その雫を涎とともに撒き散らし、幾重にも折れた足で走る、生きているわけのないもの。
魏無羨十五歳は、今日も今日とて逃げ回っている。
──幽霊から。
「助けてええええええ藍湛んんんんんんん」
「魏嬰ッ!」
逃げた先には、友人の藍忘機と待ち合わせをしていた学校近くの公園。東屋に設置されたベンチに座って本を読んでいた藍忘機のもとへ魏無羨は走り、彼に気づいて立ち上がった藍忘機へ、がしっと抱きついた。藍忘機は片手で魏無羨の腰を抱き寄せ、もう片手で制服のポケットから手早く護符を出すと、それを魏無羨を追いかけていた人の姿を保てていない幽霊へと飛ばした。護符は幽霊に張り付くと青い炎を上げて燃え上がり、幽霊は断末魔の叫びを上げて消え去った。
橙色の光が町を照らす、暑い夏の夕暮れ時。幽霊に追いかけられ逃げ走ったことで汗をびっしょりとかいた魏無羨は、自身の汗が藍忘機が校則通りに着ている白いシャツにシミを作っていることに気づいて、慌てて離れた。藍忘機は汗一つもかかずに、涼しい顔をしているが、よく見ると耳朶が赤く染まっている。それは暑さからなのか、照れからなのか。どちらにせよ、今日は暑い。抱きついてしまって申し訳ないと思いつつも、こればっかりは仕方ないのだと、魏無羨は心の中で言い訳をした。
藍忘機から離れて、汗で項に張り付いたポニーテールを振り払う。額に張り付いた前髪も手で振り払おうとすれば、日焼けを知らない白い手が前髪を払い、その手と同じような白いハンカチで魏無羨の顔と首筋の汗を拭った。汗の不快さが消え、魏無羨の唇が綻んだ。
「ありがと、藍湛」
「うん。でも私と君の間にその言葉は必要ない」
「ははは、分かったよ」
ハンカチをベンチの上に置いている通学用カバンの中に丁寧に仕舞うと、藍忘機は「何か買ってこようか」と魏無羨に言った。
「俺も行く!」
「しかし」
「藍湛と一緒にいた方が安全だよ」
「分かった」
藍忘機は左手でカバンを持つと、右手で魏無羨の手を握った。魏無羨もそれを握り返し、にんまりと満足そうに笑った。
「俺は嬉しいけど、いいのか〜?高嶺の花の生徒会長様が、素行の悪い俺と手を繋いじゃってさ」
「誰にも何も言わせない」
「あはは!強気だな。そんなところも好き!」
繋いだ手を持ち上げて、魏無羨は藍忘機の手の甲にキスをした。藍忘機もお返しとばかりに、同じように魏無羨の手の甲にキスをすると、魏無羨は嬉しそうに繋いだ手を前後に大きく振った。
「よし、じゃあ約束通りに放課後デートしよ!」
「うん──魏嬰」
「わっ」
引き寄せられて、また藍忘機の護符が飛ぶ。護符の飛んだ方向に目を向けると、そこにはまた断末魔の叫びを上げる幽霊がいた。その後ろにも二体の幽霊がいて、そちらにも続けて護符が飛んだ。
「……今日は多いな」
「夏だから」
「ああ、だな」
吐いた息が、魏無羨を抱き寄せる藍忘機の肩にかかる。
三秒だけ目を閉じると、気持ちを切り替えて、魏無羨は藍忘機の手を引いて歩き出した。
放課後デートをするのだから、こんな気持ちでいてはダメだ。
青春×ホラーになる予定だったのかもしれない……