緑の悪魔と赤のお姫様夕暮れ時、とある村で産声が鳴る。母譲りの赤い髪をした、1人の少女が産まれた祝福の時。
彼女はラピアと名付けられた。村唯一の美容院を営む夫婦の一人娘。
ラピアが生まれたのは昔ながらの風習として毎年子供数名を龍の生贄に捧げなければ行けない村【ゲルト】。
龍の加護を祈る儀式として、生贄の風潮は「悪しきものである」という認識はありながらも国、大陸全体で長く続いていた。
ラピアもまた、生贄の候補としての人材であった。
しかし彼女の両親は一人娘を死なせたくない一心で、大人たちの「買収」へと走る。毎年、村の大人たちはラピア分の穴埋めとでも言うように、別の家の幼子を生贄として連れ去っていく。彼女の寿命は、1年、また1年と汚く悲しい金の力で伸ばされていた。
村全体から見て、一人娘でありながら生き長らえるラピアは目に余る存在であり表立って何かをするのは憚(はばか)られた。両親の営む美容院の手伝いさえ出来なかった。
そんな彼女の唯一の楽しみは読書だった。読むジャンルは広く、物語から実録、図鑑から論文などなど。
定期的に国の兵団が持ってくる支給品があり、その中の日用品に紛れ込む少し古い本達は、村の図書館に搬入される。そうして図書館に入り切らなくなった、もっともっと古い本が廃棄品として搬出されるのだが、ラピアが得られる本はその廃棄される寸前の本だけだった。彼女にとっての新しい情報は全て20年30年以上前の物だけれど、彼女はそれさえも楽しんでいた。
いつも、美容院の裏口から真っ直ぐ進み、少し離れたところにある1本の樹の元で本を読んでいた。根元に隠した木製の埋め込まれた箱。砂埃が薄く乗っている蓋を開けて、中から本を取り出し、読む。図書館のような古紙っぽい香りと、褪せた紙1ページ1ページをゆっくりと捲って、彼女の世界は広がっていく。
*
その日も同じように本を読んでいた。世界のあり方も、人の暮らしも、全部こことは違った物語。ドレスを纏った王女様も、剣を握る勇者も、平和を祈る聖者も、皆が幸せになるお話。
不意に、自分の背後から音がする。
湿度に侵された小枝の折れる、細く鈍い音。
顔を上げると、そこには緑の髪を胸を隠すまでに長く伸ばし、細い黒縁メガネをかけた男性が立っていた。髪の毛のせいで、紺の眼光以外に表情と呼べるものは認識できない。
片手には分厚い本を持ち、シャツから上着、ズボンさえも黒に染まった全身。そして、
「黒い、羽……。」
鋭く黒く、そして美しささえ感じる羽は、間違いなく彼の背中から生えていた。コウモリのような輪郭で、上先には角のようなもの。少し靡く風に揺れもしない。
「…人間、か。」
冷たく呟く彼は、悪魔だった。
「どうして…悪魔がここに……?」
「どうして、と聞かれてもな。本を静かに読める場所を探していただけだが。」
「本…? 貴方も、本が好きなの?」
素直な少女の問いに、冷徹な悪魔の声は揺らいだ。
「好き…。まぁ、そうだな。」
まるで人間のような、何かを考える仕草をする。口元に手を当てて、俯く彼の髪は靡いて、細い隙間からようやく顔が見えた。それは図鑑に記された、人を恐怖に陥れるような顔とは程遠い、整った顔立ちだった。
ラピアはその表情をみてか、悪魔という珍しい存在を目にしたからか、彼に目を輝かせた。
「じゃあ…!ここで、一緒に本を読まない?ここは静かで、夜は星が綺麗なの!」
立ち上がり、空を示すように両手を大きく広げた。大人びた見た目とは裏腹に、無邪気な笑顔で。伸ばした髪と母のお古の服が風に揺れた。
「良い、のか。」
「…うん!」
「……俺が怖く、無いのか。」
その問いに、何を応えれる訳でもなく。
少女は黙って微笑んだ。悪魔は笑わなかった。
彼自身、何を応えて欲しかった訳でも無かった。
「私はラピアって言うの。初めまして、悪魔さん!」
この日を境に、1人だった木の下に影が1つ増える。
互いが木に背中を預け、たまに本を交換し、読み進め、その間に少しの会話が生まれる。会話の内容は2人の唯一の共通点である「好きなもの」。本のことだけだった。
夕暮れ時にラピアが帰路に着くまで、それまではその場が2人だけの空間になる。
「…ねぇ。その髪の毛、切らないの?」
ある日の夕暮れも近くなった時間、ラピアはふと尋ねた。
「切ったところで、どうせ伸びるからな」
悪魔にも髪が伸びるなんてことがあるのか、とラピアは思わぬ知識を得た。肘が隠れるまでに伸びた髪。前髪だって分けようとはしていないようで、本を読もうと俯く度にサラ、と本に毛先が落ちていくのをラピアは横目に見ていた。
「読みにくくない?」
「…まぁ、慣れてしまえば。」
ふーん、と適当な相槌をしてラピアは自分のポケットに入ったハサミに目を向けた。
いつか両親と共に美容院を、何に怯えることもなく『平和に』営んでいきたいと願った彼女が、誕生日に貰ったもの。左利き用のハサミなんてこの村からして見れば少し珍しくて、とても嬉しかったのを覚えている。
「…じゃあ」
読む手を止めて、悪魔はこちらに顔を向けた。
「私が、君の髪を切ってあげる!」
「…またすぐ伸びるぞ」
「伸びてもまた切れば、問題無いでしょ!」
ラピアはそう言って笑った。悪魔は笑わなかった。
*
夜中、両親も寝静まった暗闇でラピアはそっとランプに火を灯す。振って火が消えた後の、煙をまとったマッチ棒1本を水で濡らしてゴミ箱へ投げた。外に出る瞬間、気圧の流れで髪を攫(さら)う風からランプを守り、昼間とは姿を変えた森を歩いた。昼間に幾度となく通った道だけれど、夜の姿はまるで洞窟のようだった。
「あ、いたいた」
例の木の根元で、本を開く悪魔の姿があった。
今日は曇りで星が見えなかった。暗闇をバックにランプの心もとない光を当てると、髪の長い悪魔は確かに、ほんの少しばかり、ほんとにちょっとだけ、微かに、怖かった。
「居るも何も、ずっとここを動いて無い」
「え!この暗闇で…?!」
洞窟の中、1人孤独に座っていたとでも言うのか。
「夜目は人間よりずっと良いんだ。悪魔は闇を好む種族だからな」
そう溜息をついて悪魔は本を閉じ、立ち上がる。
そうか。ここが洞窟、ダンジョンならば彼は勇者に切られるはずの中ボスのようなものだった、とすこし腑に落ちてしまう。
悪魔の背筋は伸びていて、分かっていたことだがやはり身長が高い。闇の中、乏しい光に照らされた羽があるからもっと威圧感がある。髪に隠れた顔はランプの灯では照らしきれない。
「来て!」
ラピアは悪魔の手を引いて、2人で歩き出した。
握り返されない手をしっかりと握って。
美容院、にしては何も特徴がない扉の前。
「ここ、か…?」
「流石に表から入ったら目立つかなって。こっちは裏口だよ。さ、入って!」
掴んだままの手を、ラピアは引っ張った。物音を立てないように、そっと扉を閉めて、悪魔を店側へと連れていく。
「よし、じゃあここに座って…!」
彼女はクッション性のある背もたれの長い椅子を指さした。長い間使い古された椅子は所々に空いた穴をボロ布で塞ぐだけの応急処置を施されていた。悪魔が横を見ると、ラピアは小さめのエプロンを首にかけていた。
「…座らなきゃダメなのか?」
「座らなかったら私が届かないでしょ」
ラピアの少しムッとした表情を見て、渋々と悪魔は腰を下ろす。彼は目の前の鏡に映る内装をじっと観察していた。
ランプは小机の上に置いて、からからとキャスターを動かして近寄せる。光としては弱いが、電気を付けると親に見つかりそうで手が出せなかった。
「暗くないか?」
「大丈夫、任せて!」
ラピアは彼の首元にふわ、と紙製の前掛けを被せた。ネックシャッターのようなものだろうが、些(いささ)か扱いが雑に思えた。それは彼女の不器用さも含めてだっただろう。少しぶつかってメガネがズレたが、どうせ外すんだとため息をついてメガネを机の上に置いた。
「初めてやるけどきっと大丈夫!」
「え、おいっ」
有無を言わさず作業が開始されると、その空間にはハサミの音だけが鳴り響いた。時たま入るキャスターの移動する音が一定だったリズムを崩す。
悪魔は鏡に映る彼女の表情を伺っていた。
彼女は昼に見る能天気そうな笑顔とは違って、真面目に、真剣に、されど楽しそうに笑っていた。
細かく移動をしながら、ランプの弱い光だけを頼りに髪を切っていく。櫛とハサミの動きは両親の見よう見まね、あとは自分のセンスでどうにかする。憧れていた美容院の仕事をする唯一のチャンスが、ラピアは嬉しくて堪らなかった。
「はい、切り終えたよ!」
ランプを悪魔の前方に持っていき、鏡に反射させた。整った髪に、伸びていただけのだらしのない面影は無かった。
「悪く、ない」
理由も分からず口角が上がるのを感じた。鏡に映るラピアの後ろ姿はエプロンを畳んでいて、こちらを見ていないのが幸いだ。
エプロンを畳み終えたラピアが振り返った時には、もう悪魔は表情をいつものように戻していて、代わりと言うようにラピアが笑った。
*
朝が戻ってきた。太陽が当たり前だと笑うように空を昇っていく。
その光を、悪魔はただ淡々と受け止めていた。顔を覆っていた髪は無くなり、太陽光が自分の頬に直接当たる感覚。
初めてでは無いはずなのに、今まで感じたことが無かったような新鮮さ。
「どうしたの?」
後ろから聞こえた声に振り返る。ラピアはまた新しく、しかし古びた本を幾つか抱えていた。
「いや、何でもない。それはまた別の本か?」
「そ!図書館から貰って来たの!」
木箱の蓋はここ最近の開け閉めで、土を被っていたことなんて忘れたように地面から顔を出していた。
今まで置いてあった本を数冊取り出し、新しく持ってきたという古びた本を慎重に仕舞い込む。背表紙の上下はボロボロで、何度も取り出し仕舞われた形跡がハッキリと確認できた。
「この本は結構人気らしくってねー!2冊同じ本が置いてあったんだけどどっちもボロボロで、沢山読んでもらったんだなーって思うと読むのが楽しみになるんだ!」
ちょっと待っててね、と言い残してラピアは取り出した数冊を家へ持ち帰っていく。まだまだあるんだよ、と愉快そうに鼻歌を奏でる姿は、ようやく年相応の反応を示している気がした。
戻ってきたラピアはまた数冊の本を抱えていた。中には悪魔が読んだこともある本があったが、それは黙っておくことにした。
それから2人が会話をする回数は、なぜだか自然と増えていった。
どちらかと言えば、悪魔が話題を持ってくることが増えていたのだが。
村の外、森を超えた峠の都、星に1番近い山、闇に覆われた洞窟、マグマが冷たい魔界の地底の話。本に乗っていない景色を話すだけで、ラピアが目を輝かせるのだ。
「星に1番近い山…!行ってみたいなぁ。」
「ここから3時間くらいで着くが?」
「……それ、徒歩?滑空とかは私できないからね?」
訝(いぶか)しむように悪魔の翼を見ながら両手でひらひらと空気を仰いだ。翼の真似だろうか。
「…なら、4週間か」
なんだか面白くて、ラピアはクスクスと笑った。悪魔は勿論笑わなかった。
*
「これは、図鑑…か?」
「ん?あぁ、そうだよ!」
今日はラピアが、珍しく分厚い本を持ってきていた。いつ出版されたかも分からない魔物図鑑。表紙の4隅はボロボロに解れていた。
「前までね、ここに魔物が来てたの。多分餌を取りに。でも最近そういうのが無くなってて、なんでかなーって思ってさ。」
こういう感じの、とジェスチャーする姿が少し滑稽だった。魔物を知り尽くしている悪魔でさえ、情報不足で検討がつかない程には。
「そういうことか…。それなら簡単だ」
「え?」
「[悪魔]が居る。ただそれだけで魔物は簡単に手を引くからな。」
弱肉強食の世界、魔界もそうであるだけ。
「つまり……えっと…?」
「…縄張り意識、とでも言おうか。魔物がココを悪魔である[俺の縄張り]だと認識して、適わない相手への手出しを辞める。悪魔は魔物よりずっと階級が上だからな」
続く説明にもラピアは唖然としていた。悪魔は困ったように少しばかりの溜息をついた。
*
「お前が持ってくる本は物語が多いな」
2人は地面に埋もれた木箱の中身を覗き込みながら話していた。繰り返される開け閉めに、木箱の半分ほどは土から身を出してしまっていたが。
「うん、私童話とかが好きなんだ。貴方はどんな本が好き?」
「俺は…伝記なんかは好きだ」
箱から1冊の本を取り出し、表紙を撫でる。中身は読書をするための本というより教科書に近い。史実を淡々と述べる論文のようなこの本を、悪魔は割と気に入っていた。
「歴史系のが好きなの?」
「あぁ、そうだな。実際のこととどれだけ違うのか、またはどれだけ正確に語り継がれているかを見るのは楽しい。例えばこれは王の病死が半年と2日遅く記されている。」
「……貴方、いったい何歳(いくつ)なの?」
ラピアの苦笑いを横目に、悪魔はやはり表情を変えなかった。
*
「…ねぇ。」
不意に呼び止められた。夕日に照らされた木々の緑が風になびく、少し暑い日。
「どうした?」
「貴方って、名前はあるの?」
これまでは[貴方]だとか、質問として振られたものに反応していて、呼称なんて考えたこともなかった。この場に居るのは2人だけ、というのが最大の要因だろう。
「むしろ、あると思うのか?悪魔は親も家族も居ない種族だぞ」
「……そっか。あ、じゃあ!私がつけてあげる!」
落とした視線を再び上げたラピアは、満面の笑みだった。夕焼けが彼女の笑顔も姿も照らしていた。
「…お前、が?」
「うん、ピッタリの名前があるの!」
ピッタリ、とは。悪魔に悪魔以上の言葉なんて無いだろうに。人々から恐怖を、畏怖を、恨みを、様々な感情を向けられる種族。そうである事に誰も何も違和感を覚えなかった。それが当たり前のはずだから。
それが一欠片も感じられない彼女の笑顔に、今日の夕焼けは味方していた。
「…まぁ聞いてやる。どんなだ」
ため息をつくのと同時に、拒もうとしない自分に驚きを覚えた。
━━━「【グレイ】!私の大好きな本で、赤色の髪のお姫様を救う、とっても強い勇者の名前!」
「…俺は、勇者とは程遠い存在だぞ」
「ふふ、そうかなぁ?」
笑うラピアの髪は、ぬるい風に攫われた。
今日は少し暑い日。そう、少し暑い日である。
暑さは夕日が沈んでもなお続いていた。空が紫とオレンジの相対的な色で塗られているのが、いつになく綺麗だった。
「あ、もうこんな時間か…」
ため息を1つして、ラピアは本を閉じる。その本は自分が先日読んでいた、森の歌姫の話だったか。きっともうストーリーも佳境に入る頃だったろうに。閉じられた本は箱の中へ音も立てずに仕舞われてしまった。
「…また明日ね、【グレイ】!」
「あ、あぁ…そうだな。」
ひらひらと手を振って、ラピアは走り去って行った。いつもどおり、その場に残されたのは[グレイ]だけなのだが。
慣れない。
[名]というものをそこまで意識した事がなかったグレイにとって、この呼称は奇妙珍妙も良いところだ。
「グレイ…グレイ、グレイ……。俺は…俺の、名前は…」
続かない。
単語として認識しても、それが自分であると自覚するにはまだ時間が掛かりそうだった。
*
木箱が新調された。兵団から譲り受けたらしい。
譲り受けた、とだけあって[新調]と言えど古びているのは確かだった。蓋の金具についた錆は、もう落ちそうにない。
「入れ替えるか」
「うん。本、移すの手伝ってもらえる?」
木箱から木箱へ、本を順々に移していく。この本はどんな話だった、とかこの本はここが面白かった、とか。寄り道をしていくように話が逸れながら、地面に埋まった木箱は空っぽに。
「やっぱり埋めておくと砂だらけだね」
がこ、と音を鳴らして地面から離れた木箱の底には、細かい砂が溜まっていた。
「魔物から守るために置いておいたんだろ?もう必要無いんじゃないか」
「うーん、でもまぁほら!ロマンあるじゃん!」
「……そう、だな。」
「あー!今までの会話の中で1番心込めてなかったでしょ!」
ムッと眉間に皺を寄せて、グレイのことを指さした。
「そんな事は」
「あったよ!絶対に!」
ラピアは笑った。グレイは少し、分が悪そうな顔をした。
仕舞い終えた新しい木箱は、前に入っていた木箱より少しだけサイズが小さくて、元あった穴に入れたあと周りの隙間に土を押し込みながら埋めていった。
ある程度埋め終わり本を仕舞うと、もう日は傾き始めていて。
「さっ!本を読もう、グレイ!」
「…あぁ、そうだな」
名前を呼ばれて少し目を見開いたグレイに、ラピアは笑みを返す。
2人は木箱の中から思い思いの1冊を取り出した。
*
「これ、は?」
翌日、木箱にしまわれたとある1冊の表紙に目が止まった。何も描かれていない、と言うより描かれているものが全て剥げてしまったような。
「教科書だって。ここの村じゃなくて、もっと広い都市の」
歴史の教科だってさ、と言って差し出される。
表紙と相反するように、中の紙は結構無事な様子。横から見ても中の紙の白さは保たれたままだった。
1ページ目を開くと、参考資料のように写真が並んでいた。昔の人間界の、機械、文書、服、食、様々な写真のあちらこちらに目移りしてしまう。
本屋や図書館には、こういった教科書というような類は無く、物珍しく夢中になってしまった。
「どう?」
「……。」
返事を忘れるほどのめり込むグレイの姿が、なんだか急に幼く見えて、ラピアは笑ってしまった。勿論、笑い声もグレイの耳には入っていないようだった。
ラピアも本を読み始め、しばらくして。
教科書のとあるページにて、村ごとの風習を記しているコラムがあった。
惹かれるようにそのコラムに目をやる。薄々勘づいて居たのかもしれない。ラピアだけが少し離れた場所で、古びた本しか持たず、まるで隠れるように木の根元で本を読んでいた。魔物が近くに居たというのに、何故そんな所で本を読むのか、それを許されているのか。
昼の太陽はまだ南の高い位置から、この場所を照らしていた。夏本番が近付いているこの時期に、雲の合間をぬって青空に浮かんでいる。
木が大きく枝をのばし、緑の葉をつけ、直射日光を少しは和らげてくれていたはずだった。
上から降る木漏れ日に、嫌でもそのページが照らされる。
…グレイは、次のページを捲った。
綴られる歴史に目を落とすと、教科書は次の時代の幕開けを告げていた。
「ん、うぅ…。ふぅ、暑いね〜最近」
「…あぁ、そうだな」
伸びをしたラピアは1度本を閉じた。目線をグレイに向けると、グレイは未だ教科書を読むのに夢中になっていて、思わず微笑んだ。
「ちょっと飲み物持ってこようかな。グレイは何か要る?」
「…。」
反応がない。
「……グレイ?」
「…あ、あぁ。いや、俺は要らない」
「まだ名前、慣れない?」
「…あぁ、慣れない」
それに、と続きそうになった口を閉じた。自分には関係ないことだと、分かってはいても納得は出来ていない自分に驚くばかりだった。
そっか、と呟いてラピアは立ち去る。彼女が座っていた位置に置かれているのは例の『大好きな本』。
表紙に描かれた、剣を掲げる勇者の絵は、やはり自分とは似ても似つかないものだった。
*
美容院で働くのはラピアの両親2人だけ。
村もそこまで広くは無いので、お客も少なく人手は足りていた。
裏口から入り、物音を立てないようにキッチンへ足を運ぶ。食器棚の引き出しから、もうしばらく使っていなかった小さい水筒を取り出した。
「…ラピア?」
「あ、お母さん」
ラピアの手にある水筒を見ると、水分補給はしっかりね、と微笑んだ。
「うん、ありがと」
蛇口の取手を上げ、出てきた水で水筒の中をすすいだ。何回か繰り返し、最後には水筒の半分くらいまで水を貯めて蓋をする。紐の長さが短かったので調整した。
母親はその後ろで何かがゴロゴロと入ったカバンを開けていた。どうやら近くの八百屋で野菜を買ってきたようだ。じゃがいもや人参がカバンの中で転がっている。
「ラピアはカレーとシチュー、どっちがいい?」
「…じゃあカレーかな」
「分かったわ。…いってらっしゃい」
「いってきます」
真っ直ぐ裏口へ向かった。
お店の方に居るのは父親とその友人か。たわいもない話をしているのだろうけど、父親が笑って返事をしていたのが扉の隙間から見えたので、安心してそっと裏口の戸を閉めた。
*
いつもの時間になってきた頃、ラピアは空を見上げる。手元には空になった水筒が転がっていた。
「雲、出てきたね」
「雲…?」
ラピアと同じように見上げると、昼間快晴だった空は面影を失い、暗い雲が一面を覆っていた。
「雨が降るかもな」
「大雨になるかな…。明日には止むと思う?」
「…さぁな」
考えるのが少し億劫だった。
生ぬるい風が吹き抜ける。開いていた教科書のページの隅がヒラヒラと揺れていた。昼から数十ページは読んだが、あのコラム以降、風習だとかその類には一切目を通さなかった。
「明日も降ってたら、グレイどうする?雨具とかあるの?濡れちゃわない?」
「…お前は、何故こんなところで本を読んでいる?」
ラピアは目を丸くした。それは、会話のキャッチボールを拒否されたからか、脈絡のない質問に違和感を覚えたからか、その両方か。
「…ここが静かで、星が綺麗に見えるところだから」
「でもお前は夕暮れ時には家に帰るだろう。俺が来るまで魔物が近くを彷徨いていたなら静かですら無いはずだ」
ラピアはただ唖然とこちらを見ていた。次の言葉をどうやって出そうかと唇が震えている。
「国から離れたこの村で、家の手伝いは無いのか?読む本が全て古いのは何故だ?ここにきてまで本を読む意味は?一体なんでなんだ?」
自分でも驚くほど、声に感情なんて無かった。ただ疑問を質問に変えて並べて、喋って、黙った。
ラピアは部が悪そうに目を伏せると、スッと一息だけ吸って
「…聞いて、くれる?」
その日、ラピアはグレイに全てを話した。
自分の境遇の全て。生贄の制度も、自分がそれであることも、両親の行動も、周りの反応も。教科書に書かれていたものよりもずっと悲痛な、本人だから語れるそれは、物語の一部にもなり得そうな程に、持ちうるべき現実味を失っていた。
「幼馴染、居たんだけどね。…私の代わりにその家から兄弟や姉妹が連れて行かれてるの、見ちゃって。ごめんって謝っても…謝りきれなくて」
グレイは頷くことも無く、ただ目を逸らさずに話を聞いていた。
「…それが、全部か」
「そう、全部だよ」
いつの間にかポロポロと流れ落ちる涙は、拭われることなく地面についた彼女の手の甲に落ちていく。
「なんで、お前は笑っていれる」
「笑っちゃうよ…。大人の、勝手な都合で。選ばれて、龍に食べられて、死ぬの。怖いの。死にたくない。でも、これ以上私の代わりに誰かが連れていかれて死ぬのも、苦しいし、嫌。どうすればいいのか分からない」
でもやっぱり笑っちゃうのは変だよね、とぼろぼろに泣きながら彼女は笑った。悪魔は笑えなかった。
夜には雨が降り始めた。
ラピアはもう家に帰り、本も教科書も、木箱の中にしまった。
あの木の根元よりも下にある斜面の洞窟で、グレイは立っていた。
雨が降りしきる空をただぼうっと見つめていた。星なんて見えるはずも無い。見えたところで何を思うはずも無い。
何も思わないはずだった。人間とは何度も出会ってきたし、幾度となく血に染めてきた。会話なんて悪魔同士のコミュニケーションと変わらない。キャッチボールをしていればいい。
ただ静かな場所で本を読む、それを目的に歩いていただけだった。
龍の近くでなら魔物の邪魔は入らないか、と淡く期待しただけだった。
空は雷雨に姿を変えた。
不規則にチラつく光が鬱陶しくて、目を伏せる。
洞窟の奥へと歩き始めれば、音は反響して雨の音をかき消した。雷の音には流石に勝てないが。
*
翌日の昼、だと思われる時間。まだ空は雨が降るのを許していた。
メガネに水滴が着くのは嫌だったので、コートのポケットに入れた。湿気に包まれた空気を翼で切って、空を進んだ。
村の奥、民家が少なくなっても伸び続ける道を辿った先に、不自然な穴がある。村そのものより少し大きく、底が暗く見えない穴に、1つ赤い体を見つけた。
「…おい、貴様がこの村の龍か。」
龍は気だるそうに首を上げ、こちらをじっと見つめたものの、口を開こうともしない。しばらくの沈黙。
「おい、聞こえてるのか」
(テレパシー…、それでしか話せん。)
ようやく聞こえてきた声は、龍の喉が震えた音では無かった。
「お前が、この村の生贄を食う龍か」
(生贄…?あれが、生贄だとでも言うのか。人間も悪魔も、落ちるとこまで落ちたようだな)
龍はため息混じりに鼻で嘲笑した。
「…どういう意味だ?」
(毎年人間は、生贄と称した子供に大量の毒を盛らせてからワシに食わせてきよる。おかげで喉は潰れ、肺もダメになりかけておる。手足も、もうずっと動かないままだ。
…あれは生贄ではない、凶器だよ。戦う覚悟も持たぬ者の、酷くか弱い便利な道具じゃ)
「大人しく食べているのか、毒があると知っていても」
(このまま生きていて、それでどうなる?ワシも、もう耐えられん。いつかの昔、人間を助け崇められ、今は人間に恐れられ殺されかけている。死を待たぬとして何を待つと言うんだ)
真っ直ぐ見つめる龍の瞳に、グレイは目を逸らせずにいた。雨が落ちるその1粒1粒の隙間から、しっかりと2つの視線は交わっている。
(ワシを殺す気か?覚悟はあるのか?)
「ある、と言ったら。大人しく死んでくれるのか」
(天からも、人からも、同族からも除け者にされ、挙句苦しんで生き長らえるくらいなら、いっそ一思いにやってくれた方がワシも、気が楽だ)
雨足は強くなるばかり。ざあざあと鳴り止まぬ音をかいくぐるように、龍の言葉はしっかりとグレイの頭に響いた。
(ただし、【同族殺しの罪】はお前の想像よりも遥かに苦しくお前を蝕むぞ)
【同族殺しの罪】、それは莫大な力の代わりに、1つの犠牲を伴う、最大の禁忌。症状は個体差があり、腕、足などの体の一部だけに留まらず、1つにして大きな犠牲を本人へと与える。言わば呪いのようなもの。
(守りたいものの為に、覚悟があるというのなら、ワシは止めん。止める資格さえ持ち合わせておらん。…お前は、どうだ)
「…覚悟は、出来ている」
(守りたいものの為に、やれるか)
「…やる。その為に、俺はここに居るのだから」
*
翌朝、まるで嵐でも来るかのように静かな空。
葉に残る雨粒が、一つ一つ太陽に照らされて光を反射した。
「あ、グレイ。やっぱり濡れてる」
薄くピンクの色が着いたタオル2枚を片手にラピアが歩いて来る。
「髪か?…メガネさえ濡れてなければ本は読める」
そう言ってグレイはコートの内ポケットからメガネを取り出した。
「髪だけじゃないよ、コートも濡れてるでしょ!」
ほら屈んで、と言われ従うと、ラピアはグレイの頭をふわふわのタオルで拭き始めた。
「ちゃんと拭かなきゃ風邪ひくよ」
「…お前は、悪魔が風邪をひくと思ってるのか?」
「…そ、れも…そっか」
どこか腑に落ちない表情は変わらなかった。
「それにこれくらい、魔力を使えばどうにでもなる」
「グレイも魔法とか使えるの?」
「悪魔だから多少は、な。」
パチン、と指を鳴らせば雨水は音もなく消え、ふわっとコートが揺れた。
「…すごいっ!」
頭に乗っていたタオルを適当に引っ張ってラピアに返す。タオルにも水は着いていなかった。
地面は昨日の雨でぬかるんでいた。
タオルの1枚を使って木箱を取り出す。幸い箱の外が濡れているだけで、中まで浸水することが無かったようだ。
「今日は何読む?」
「お前の本、読んでもいいか?」
ラピアは微笑んで、木箱から表紙の厚い本を取り出す。
はい、と渡された本の表紙には、勇者が剣を掲げる姿が描かれていた。
ラピアは今日から新しい本を読み始めるらしい。グレイも読んだことが無い本だった。
濡れた地面にタオルを敷いて座っていた。
「グレイはさ、流星群って知ってる?」
「あぁ、何度か見てきたからな」
ラピアは読んでいたページに指を挟むようにして本を閉じ、グレイの方に振り返る。
「綺麗だった?」
「さぁな、あまり興味が無い」
「えー」
「…でも、そうだな。夜空が、夜空じゃないと錯覚するくらいには明るい景色だった」
グレイが視線を感じ振り返ると、ラピアは笑った。
「…明日ね、流れるんだって。流星群」
満面の笑みでは無かった。まるで困っているように眉を下げて笑った。
「…見たいのか?」
「ロマンチックじゃない?いつもの夜空とは違う景色って」
「…ロマンなんて、俺には縁遠いことだな」
視線を本に戻すグレイに、そうかな、と呟いた。ラピアはまた本を開いた。開いたものの読む気にはならなかったようで、それからしばらくは雲1つ無い静かな青空を見上げていた。
━━━勇者は剣を掲げます。ただ1人、自分が愛した者へ捧げる勝利でした。
その一文でこのページは終わる。
めくろうとした時、もう夕日は沈みかけていた。
まだグレイは最後まで読み終えていなかったが、時間は許してくれやしない。
グレイが立ち上がると、ラピアも気付いたようだった。
「今日は、何処か行くの?」
「…少し、片付けることがある」
「そっか。私ももう帰らなきゃだし…またね、グレイ!」
「あぁ、【また】な」
グレイは龍の元へと歩き始める。
村を迂回していると、少し寒気がした。草木は力を失ったように萎れ、進むにつれて地面には薄く霜が出来ていた。グレイの吐く息も、次第に白くなっていく。
「…起きているか」
(…ようやく、来たか。)
待ちくたびれたぞ、と龍は弱々しく顔を上げた。気高く、強い龍族の血が流れているとは思えない姿だった。昨日より目元がやつれている。
「この寒さは?」
(ワシは熱を司る龍。己の死が近付くのと同時に、熱もまた失われつつある。…さぁ、早く殺るがいい。時間は、お互い無いんだろう)
瞳だけは、未だ彼の龍族たる血筋を示していた。心の奥底まで見透かしていそうな鋭い眼光。
一瞬だけたじろぐが、怯んでいる暇は無い、と拳を固く握りしめた。
*
龍から溢れ出る血は、人間よりも鮮やかだった。マグマのようにゆっくりと流れるその血液は、落ちる度に地面を溶かし抉っていく。己の熱でか、血が蒸発するのは早かった。
湯気が立ち上る死体に背を向け、グレイは元来た道を歩き始める。
「…っ、オエッ…」
吐き気に襲われ、体の自由が効かなくなるのは予想よりもずっと早かった。末端は痺れ、視界は揺らぎ、激しい頭痛が続く。
これも同族殺し故の処罰なのか、と鼻で笑ってしまう。
自分が地を踏みしめているかの感覚さえ無くなり、浮遊感と酔いで脳が揺れているかのようだった。寄りかかったものが木なのか、それとも倒れて地面に伏せているのかも、グレイには理解できなかった。
「ラ、ピア…」
吐くように名を呼んで、グレイは意識を手放した。
*
目が覚めた時には、月が真上で笑っていた。
しかしグレイを照らしたのは、月の優しい光では無かった。
数秒ほど、「ここは星が綺麗に見える」という言葉を思い出した。嘘じゃないか、と心の奥で嘲るが、肺にくる熱で我に返る。
星の輝きを失わせる程の眩い炎が、村全体を支配していた。
「…な、なんだ…。何が…?」
揺らめく炎は、家も人も道も、視界の全てを覆っている。
逃げようと走る人間の足音よりも、家が燃え崩れる音が響いていた。
思わず走り出した。飛ぼうと思っても、未だ身体を支配する酔いに自信が無くなった。それに、こうなっては人の目についたとしても誤差の範疇。
走るなんて言っても、手足の痺れで震える足に速度なんて期待はできなかった。ただ必死に村を見渡す。
黒焦げになった人間や、人間だった塊。未だ呼吸しているものから目を背け、歩き続けた。
*
「助けてくれ!!誰か!」
燃える家の前で、1人の少年が座り込み叫んでいた。未だ幼いその腕の中には、少年よりもずっと幼い、煤だらけの毛布に包まれた赤子が見える。
もう近くに生きている大人なんて居なかった。
「…ウォン!」
ラピアは少年に向かって走り出した。
少年はウォン・デナーロ。ラピアの幼馴染であり、抱える子は去年に産まれたばかりの妹だろう。
あと半歩でウォンの元へ辿り着く、その瞬間だった。
「…く、来るなっ!お前は…!お前は触るなっ!」
妹を抱きしめ、ウォンは後退りする。家を飲み込む炎が、ウォンの後ろで窓ガラスを割った。
「…っ!?」
破片から妹を守ろうと、ウォンは背を丸める。
「ウォン!…ごめんっ、離れるから、ウォンもそこを」
「っるせぇ!どうせ、どうせこれも全部お前のせいだろ!」
「違うっ、話聞いてよ!もう…早く逃げなきゃ!」
「…お前のせいでっ、お前のせいで弟が死んだのに!お前の代わりに連れて行かれたのに!お前はまた逃げる気かよ!生きる気かよ!」
叫び続けるウォンの胸元で、妹は微動だにしなかった。毛布がずれ、できた隙間から覗く足は焼け焦げていた。
「…誰、だ」
ジリ、と近付く足音にウォンが振り返ると、そこにはグレイが立っていた。少し息を切らしたように、肩で呼吸をするグレイは、コートをなびかせながら1歩前へ踏み出した。
「ち、近寄るな!悪魔だろ…お前、なんでここに!」
龍の加護は、と叫ぶウォンの声も瞬時に消え去った。
「カ、ハッ…」
ズル、とウォンの背中から槍が抜かれる。誰に持たれている訳でもなく宙に浮かぶそれは、全てが血に染められていた。
ウォンが倒れるよりも先に、妹が転げ落ちた。
「あ…」
思わず弱々しく手を伸ばすが、届くはずもなく。ウォンはその場に力なく倒れ、ラピアは唖然と立ち尽くした。持ち主を無くした家は、壁だけを残し、屋根を落とした。中から溢れる炎は空へと背を伸ばしていた。
「村の皆は…?」
「…もう、ほとんど居ないだろう。」
居ない、の言葉の真意は、言わなくても伝わってしまった。
「私も、殺すの…?」
「……あぁ、そうだな。」
何度も言ってきたはずの返事が、何故か今は、1番苦しい肯定だった。
逃げるか、と問えば、ラピアは首を横に振る。
「死ぬのは怖い、けど…生きる気も無くなっちゃった」
そう笑うラピアの顔は、いつか見た悲しい笑顔。
「龍は…?」
「もう、居ない。」
「そっか…じゃあもう、生贄になる子も居なくなるんだね」
良かった、と少しだけ安堵が見えた。
1秒1秒、火は止まることなく迫ってきていた。時間は無い。
淡く期待した自分の、逃亡という提案さえ先程却下されたばかりだ。
「お願いが、あるの」
「…言ってみろ」
「私、またグレイに会いたいな」
「…こんな悪魔に、か?」
「グレイは悪魔だろうと、私の勇者(ヒーロー)だよ」
__赤色の髪をしたお姫様は笑います。明るく照らされた笑顔は、今まで以上に幸せそうに見えました。零れる涙は、まるで自分だけのヒーローに、最愛の人に、別れを告げているようでした。
「またね」
「……あぁ、またな」
揺れる髪と流れる血。最愛の人は、夕暮れよりも、炎よりも赤い色で染まっていった。
*
その日の夜は、いつも以上に空が明るく地上を照らしていた。
まるで星々が、何かを祝うように。
弧を描きながら、何かを笑うように。
思えば「いつも」と言葉にできる程、グレイは毎日のようにこの場所にいた。
村から離れた大樹の根元。
少女と出会ったその場所で、いつも樹に背を預けながら本を読んでいた。
「綺麗、だな」
独り言になってしまった声は、空に溶けて消えてゆく。
肩にある重みに頭を重ね、そっと息を吐いた。ぐるぐると体の中で渦巻いていた感情が少しだけ楽になったと錯覚し、また空を見上げる。目に映る鮮やかな光は、炎なんかでは消して滲むことの無い強さで自分達を照らしていた。
グレイが失ったのは、流れるはずの涙だった。