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    even

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    CANDYのやんちゃな客の前に顔を出す依織。オーナーを出せと聞かないから善たちを退かせてついと歩み寄る。払えもしないほど高い酒を入れていた男が瓶を逆さに、酒を依織に引っ掛ける。
    というワンシーン

    落蝶ごぼ、ごぼと肥えた瓶が空気を孕みその芳醇な体液を依織へまとわりつかせる。耐えかねて間に入ろうとした善の足を一歩も前に踏み出させないのは当の依織だった。
    肩へ、肘を伝い屈強な腕、厭らしいほど派手な装飾をさらに酒池に沈めゆく。血管の浮き出た手はただ下がれと変わらぬ指示を発し続けている。
    オーナーであれど怒りの最中にいる客相手。垂れているように見えないでもない、浅く俯いた依織の頭に最後の一滴までを浴びせてから男は引き攣るような音を出した。高笑いにもなりはしない醜い虚勢に、静まり返った店内で音を交えるものが。
    「…っ、ッは、はッ、ヒぃ、っハハ…!」
    それは粘着を通り越し男の喉に絡みつく。前に流れた艶めく髪から覗く陽気な唇が真横に、陰惨に裂けているのだ。
    「…ひ、?!」
    「…ソレ、良い酒やねん。ホントなら支配人ごときじゃ手ぇ出せへんのやけど」
    顔を上げ、濡れたチェーンを中指で押し上げながら襟を思い切り開け放つ。ゆるりと首を傾けると鎖骨に溜まった黄金の海が溢れまた新たに肌に散った。
    しとどに濡れた前髪をかきあげながら、酒の伝う手首に舌を這わせる。陶酔と恍惚を赤い舌の奥に隠していたのか、彼がそれを引き出しているのか?皮膚に吸い込むアルコールをじっとり舐り取る合間にも髪から滴は落ち続ける。
    「……ええもん恵んで貰ったわぁ?」
    不規則に乱暴に波打たせる。誰かの、腹のずうっと底にいるなにかを。
    細かな金色の滴が睫毛に絡みながら弾ける。膨らんだ胸筋の上をしゅわぁ…と音をたててゆっくり流れ落ちていく白い泡。陰影を濃くしたシャツに飲まれ、下へ。
    「お礼、させてもらわなアカンやろなぁ?」
    たあっぷり、な。おニーサン。
    ぴちゃり、ぴちゃりと依織の全ての挙動に伴う水音と淫靡な乱反射が男の五感を貪っていく。膝を着き、ただ依織を仰ぐ男は思う。
    何かも過ぎれば畏怖の対象たりえると。何であったか。……美? そんな生温い形容が出来るか?
    この。翠石依織に。


    転げながら逃げ出した男に興味を失くし支配人はひらりと手を振る。あとは任せた。噎せ返るような香りを残して立ち去る依織を呆然と従業員一同は見守る。見守る、などと言うのもおかしい。
    一切の被害のなかったキャストのドレス達はスパンコールの歓声をすっかり潜め善もまた自失。客は上げた盃を力なく下ろす。

    嗚呼。何せもう鼻が効かぬのだ。
    絢爛は蝶も落とす毒に染まり、忘我の一夜へ。
    沈みゆく。
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