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    even

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    遅刻の七夕のお話。北斎と玲央の、会いたいひと。

    幸の降り注がんことを* ┄ ┄· ┄
    ┄ ┄*・゜




    今夜も星なんて降りっこない。まあ流星なんてたぶん生きている間に一度観れるかどうかだし、そもそも期待していない。なら、流れなくてもいいからせめてもっと眩しいくらいに光ってくれたら良いのにと思う。深すぎる青の空はもう濁っているようにすら見えて、小さく点々とした星粒は写真映えもしない。不満たらたらで空を見上げた。顔を包みにくる熱気を追い払おうと目を細める玲央の頬に、ひたりと何かが落ちる。
    「あ」
     思い出す。それは過去に一度だけ、こうして降った。
     あの日、今日みたいに北斎の隣で。



     商店街に立てられた笹がアーケードの出入り口を潜り抜けてやって来たぬるい風にあやされている。さらさ、なんて囁き声はまさかしないが。背の高いそれが一際大きく揺れて北斎の頭を撫でた時には、どこかファンタジーな効果音が玲央の頭を過ぎった。北斎といるとたまにとぽんと夢幻に突き落とされるような心地になる。
    「そう言えば七夕、だね」
     風流を重んじる人種か、小さなイベントをも逃さず楽しみたい心の豊かな大人か。そんな人達が商店街の入口に用意した細長い笹とカラフルな短冊やペンを置いた机を見て、ようやくそんな名前がつく日のことを思い出した。夏祭りの魁のような小さな一日。
    「そっか。七日だったね」
     事前の大々的な準備がある訳でもSNS映えする催しがある訳でもないから当日になるまで意識にも登らなかった。通ってきた道を振り返れば柱に結えられた金銀のテープが風鈴と共に夏の音を奏でている。
     頭を振って笹の葉から逃れた北斎は楽しそうな顔をしている。若葉の色はやたらと彼との親和性が高い。
    「今夜は晴れたから。織姫と彦星…会えるね」
     純粋に嬉しいんだと分かる、そんな顔をできるのが彼のすごいところだと思う。七夕ってあまりお祭りっぽくない日だしななんて無粋な考えを持っていた事をつい申し訳なく思ってしまうような。
    「 あったね〜。そういう話」
     幼さゆえ色恋には関心が…なんてご意見には反論したい。願い事をする日というイメージが強すぎて元々のロマンチックな?物語が話題性として負けてしまっているのだ。
    「じゃあ一年ぶりに会ってるのかな」
     織姫も彦星も別に信じてはいないけれど街のムードや北斎に合わせてみる。商店街の屋根の切れ目から空を覗くと晴れだか曇りだか判別のしにくい藍色が見える。少なくとも雨ではないからまあ、逢瀬はできているんだろう。
    「昨年も一応、晴れてたっけ」
    「…晴れたよ。一昨年も」
     そう言えば本当に本当に小さい頃に、七夕に向けててるてる坊主なんかを作ったような記憶がなくもない。二人が逢えるように。自分の願い事だけじゃなくて、祈ってあげようかなんて言われて。素直に晴れを祈ったものだ。単純に雨ばかりで外で遊べないことに嫌気がさしていた少年が、七夕に託けたかっただけかもしれない。
    「神さまってけっこう残酷だよね」
    「…うん」
     美化された物語だけど。雨が降ったら二年でも三年でも再会は延期されるというのだからなかなかの悲劇なんじゃ、と今でも思う。
    「一年に一度しか会えない状態でよく想い続けられるよね」
     冷めちゃわないのかな。素朴な疑問のようで、フィクションの恋人たちを想い晴れを祈っていた頃への気恥しさを隠すような小さな棘を織り交ぜて。唇を尖らせる。
    「僕は好きな人とは毎日会いたいし」
    「なんなら一緒に住んじゃうくらいがいいのに」
     ね、北斎。今日の散歩でもたっぷり甘えて買ってもらったお菓子の袋を下げた腕を、ぎゅうと絡める。
    「…うん。家族は毎日いっしょがいい」
     否定をしない青年の。いつもの優しい、甘やかす声で。普段から惜しむことなく口にする慈しむ言葉。
    「…年に一度は。俺も耐えられない、かな」
     暑いのに、ぴったりと玲央が寄せた腕にさらに身を寄せて北斎は言った。こんなに近いのにもっと近くを望んでくれてるみたいで嬉しい、のに。息を飲んだ。見上げた横顔は満ちきってはいなかった。今もまだ渇いているみたいだった。その乾きが自分にも、兄貴にも。たぶん悪漢奴等の誰にも癒せない類のものだと直感で分かった。
    (……ああ)
     透明な過去が見える。自分にもある。北斎にも当然ある。
    いや…かつてはあった大切な記憶の箱庭。綺麗なままで鍵をかけられなかった宝箱が時折勝手に開いて、手招くのだ。会いたかったはずの人たち。今はもう、割り切ってしまったはずの記憶。

     年に一度。
     その言葉は玲央とは違う時の波を漕いだ北斎の前に立ち塞がる大きな壁なのだ。悲しげに笑う北斎と向き合いガラス越しに座る誰か。遠くて、滅多に会えなくて、罰によって引き離された誰かの影が見えた。
    「………」
     きらりと何かが光った気がした。
     前にそれが光ったのは確か、二年前の今日だ。
     星なんか降らないと諦めた夜に。ひと粒流れて落ちたのだ。



     あの時の玲央は荒んでいた。家と家族を奪われて、泣いて、疲れて、下を向いていた。壊れた涙腺と突然押し寄せる寂しさの波をいなせない心が擦れて、沈んでいた。最年少の玲央にも裏で動き回って疲弊している兄貴たちに泣き顔ばかり見せたくない意地はあって、それでも強い自分を繕うこともできなくて。一人の時には下ばかりを睨んでいた。天の川なんかが天と地を繋いでくれないことも、盆だろうが七夕だろうが年に一度だって奇跡は起こりはしない、誰もここに降りてきてはくれない事も。分かりきっていて。今まで大して気にもしていなかった夏の一日と晴れを祈るニュースの声から目を背けて、拗ねて。

     外に、出ない? 晴れてるよ。

     かけられた声に、布団の上で丸まったまま曖昧な返事を返した。渋々夜の散歩に出てからも空模様なんて正直どうでも良くて、夜空を塞ぐ商店街のアーケードに逃げ込んだ。なのに店の軒下にはあいつが、軽くたなびく願い事たちに彩られて得意げに立っていた。
    「星なんか見えないよ」
    「晴れようが、雨だろうが」
     関係ないよ。へそを曲げて、七夕コーナーの番をしているおばちゃんに聞こえないような小声で零す。もう行こう、腕を引いても北斎は動かなかった。
    「北斎…?」
     ただでさえ高い視点をさらにどこか遠くに向けていた彼はゆっくりと玲央に視線を合わせるように顔を俯かせた。
    「…うん。でも」

     会いたいね。


     その時。綺麗な星が降った。その星は虹色をしていた。青、ピンク、黄色、緑。たくさんの短冊の色を吸って光りながら北斎の白い頬を滑り落ちた。
     気づいた。
     社長になりたいとかサッカー選手になりたいとか、しあわせな結婚をしたいとか。漠然として遠い遠い子供たちの願いの中で。自分たちが一番、遠くて手の届きようのない願いを。抱いてしまったこと。祈ること自体が最早こんなおままごとと区別のつかないようなキリのない、夢幻地味たものになってしまったことを唐突に理解してしまった。

    「………っ、」
     こんな細い頼りない枝に吊るせる願いじゃないのに。やけくそでペンと短冊を取った。おばちゃんの嬉しそうな声にうるさい、そんなんじゃないと心の中で返しながらただ思った事を綴る。
    「…玲央?」
     手汗が、淡い色の紙に滲んでいる。汚ったない字だ。真っ直ぐにも書けてない。
    「北斎!一番上に結んで、お願いっ」
     あっけに取られる北斎の手に短冊を押し付ける。ツリーのてっぺんの星じゃないのに、低いところにある子供たちの短冊を見下ろすような、大人気ないお願いだった。
     子供みたいな字で書きなぐった。衝動的で、かつ多分一生願い続けること。

     会いたい。

     あの惨劇からまだ一度だって言えていなかった。口にしたって誰かを消沈させ、憎しみをかきおこすだけの願いだった。声にしたらもう、逆に本当に逢えなくなるような気がして。天に祈る事であの人たちを、高い所に送ってしまうような気がして、怖くて悲しくて認めたくなくて、ずっと抱え続けた願い。北斎が言ってくれた。そのおかげで、そのせいで溢れてしまう。
    「会い、たい」
     晴れてよ、笑ってよ。
     俯いた玲央の隣で静かに動き出した北斎が背伸びなんかしなくても高いところに短冊を結んでくれているのが分かった。伸ばしていた腕が降りてきて、ぽんと頭を撫でた時。自分も北斎と同じものを降らしていることに気づいた。



    何処かで見た夏が視界の後ろへ、通り抜ける。
    たぶん。僕らが前に進んだんだ。忘れたわけじゃない。抱えた重さに慣れて、歩けるようになっただけ。



    「…泣いてるの?」
     思わず聞いてしまったけれど。光った粒は気のせいだった。
    「泣いてないよ。ありがとう……玲央」
     力が抜けて離れかけた玲央の腕を北斎はもう一度引き寄せる。これだけ側にいて。毎日一緒にいられて。まだ願うことがあるなんてわがままだと北斎は思う。会いたい。その一言が指す世界は今の家族の誰にとってもひとつじゃない。大事な弟と手を繋ぎながら違う所を見てしまうことを申し訳なく思うし、かの人に本当にもう一度会いたいのかは正直分からない。思い出すだけで胸が痛む記憶になってしまったのに実像を結ばれてしまったら堪らないかもしれない。
    「…ごめん、」
     せっかく、綺麗な夜なのに。雰囲気を壊して。そう謝ろうとした。
    「逢いたいね」
     手が、握り返される。
    「やっぱり冷めないよね。一生」
     えへへと下手に笑う玲央は、苦い薬を、自分のためと信じて飲み込む時に小さい子が振り絞るような勇気をもって。口角を引き上げていた。
     誰に、とは聞かない。兄の、弟の。自分には分からない世界があることを分かって、そこをぼかしたままで。ただ行き着くところは同じなのだと、帰るところは同じなのだと。そういう、強引に丸めて飲み込んだ大人の味の雫が。伝うのが見えた気がした。

    「おねーさん、短冊貰ってもいい?」
    「ええもちろん!そちらのお兄さんも書いてく?」
     玲央はペンをとり二年前のように迷いなく、すらすらと願いを書いていく。それを見てから北斎もまた、まず桃色の短冊をとってペンのキャップを開けた。
     書きたいことはもう決まっている。




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