魔法使い達の契約 新しい呪文の契約を終えたポップは近くに置いていた羊皮紙を開く。精霊との契約の為に上半身を外気にさらし、装身具も金属の類は避けている。アバンの印を除いては。それは護符にもなるからというマトリフからの指示だった。
「さってと だいたい終えたかな」
その羊皮紙には呪文名と、横に〇と×と-が記載されている。〇が契約できたもの、×が契約できなかったもの、-は今はまだ契約をするなと彼の師匠マトリフに厳命されたものだ。数枚にわたる羊皮紙に数多く記された呪文名の横に何も記されていないのはもう僅かだった。
「契約はできたけど使えないのもそこそこあるなぁ」
そう零しながら、契約して使えたものを◎に変えていく。回復系の呪文は○のままだ。つまり、契約できたが使えはしない。
「しかしおれが回復系の契約ができるたぁね。僧侶じゃないのに、いや、メルルも使えたっけか。でも思ったよりは簡単に契約できたんだよな」
「オレがおまえに教えた契約方法がそんだけ洗練されてたってことだな」
ポップから少し離れた平たい大岩の上で寝そべるマトリフが応じる。
「まぁそうなんだけどさ。師匠が教えてくれた契約の祝詞のいいまわしとか細かい工夫ってやつ?あれのおかげで契約が前よりちょっと楽だったし。でもなんかこの言い回しの方向性ってなんか物腰が低いというか……。そっか一緒か?」
「ポップ、思考を整理しながら言語化しろ」
思考に沈むポップにマトリフは声をかける。魔法使いは常にパーティーで一番クールでなければならない。つまりいかなる時も思考は明瞭であらねばならない。それを信条にするマトリフは、ポップに何かを伝える際は出来る限り明確に筋立てて説明をし、ポップにも同じことを求めた。
「おれの経験からの言葉になるけどいい?」
「かまわん」
「おれんち、武器屋なんだけど。たまに武器の売り込みにくる商人がくるんだ。うちの武器屋に仕入れして欲しいから。で、いきなり売買がはじまるんじゃなくて。商人がまず挨拶にやってきて、こういう値段でこれだけの数の仕入をしてもらえませんかって話をして、契約が成立してから売買がはじまる」
ポップがちらりとマトリフの顔を伺う。あきれた様子はない。どうやら的外れではなさそうだと安心しながら言葉を続ける。
「契約がないと商人と親父の間で売買はまず発生しない。これは精霊との契約と呪文の発動も一緒」
「で?」
「挨拶に来たのが無礼な商人だったらうちの親父は追い返してた。物腰が丁寧だと契約もとおりやすい。これが師匠の祝詞が丁寧だって話」
「そういうこった」
どうやら合格を貰えたらしい。ポップは軽く安堵の息を吐く。
「そっかぁ、しかし師匠が”頼みごとは丁寧に”って発想になるとはねぇ」
「おまえ オレを何だとおもっている」
傲岸不遜な大魔道士である。しかしそれを正直に言えばバイキルトで底上げされた腕力で殴られるであろうことを知るポップは口を一文字にする。
「まぁ、何を考えいるかわかるが」
「え、傲岸不遜な大魔道士って考えたことが?!」
杖で殴られはしなかった。ただ小さなメラを軽く投げつけられただけで。
「あっぶねえ」
「チッ避けやがった」
避けられる速さで投げたくせに、と言えばますますこの大魔道士がふざけだすのを知るポップは苦笑した。
そう、確かにこの大魔道士は自分と同じくふざけるのが好きで、なのに自分と同じく臆病だ。自分のメドローアで自分ではなく仲間が全滅するのは恐れてメドローアを使うのを避ける。メドローアは相殺もできることを知っているのに。師匠と自分は意外と共通点があるのかもしれない。同じ魔法使いだから当然なのかもしれないが。つまりそれが魔法使いの才能あるいは素質というものだろうか?そのあたりのことが精霊との契約の可不可にも関係するのかもしれない。
「なぁ、師匠。魔法の契約できるできないについてなんだけど」
マトリフは手をひらひらと動かして続けろと促す。
「おれが契約できるのはおれがよわっちぃから?」
「何故そう考えた」
「おれ、マホカトールを使えたんだ賢者じゃないのに、一回だけだけど。あれって魔法石で五芒星をつくった、つまり必死になってできる限りの準備して願ったから精霊がおれの必死さに応えてくれたんだと思うんだよ。一回だけですよって」
「かもな」
「おれはおれがよわっちぃから、精霊の力を借りないと戦えない。だから精霊には助けて欲しいって必死になって頼みこむ。そりゃもう心の底から。だから契約を結ぶことができるし条件が整えば呪文が使える。でも戦士とかそういうヤツって、自力でなんとかする性格だから、そりゃ精霊も『アタシの力は要らないんでしょ』ってなるんじゃねぇかなって……?」
ポップは己の師匠の回答を待つ。
「……だいたいあってるな」
「だいたいかぁ。まぁ師匠はよわっちくねぇからちょっと違うのかな」
ポップ自身が己を弱いと思っていることは肯定するが、今のポップが本当に弱いかはまた別の話だ。精霊は弱いから助けようとするのではない。強かろうと弱かろうと真摯に助けを乞うものに力を貸す。自分一人で事を成し遂げようとするのではなく、あらゆるものの力を借りたいと必死なものに力を貸す。だが「おまえは弱くない」と伝えたとて、本人に実感がないのならば伝わらない。
「そういや確かダイも結構な数の呪文の契約ができてたっけ。でもあいつの場合は竜の騎士だから精霊も無条件に力を貸すことにしてんのか?」
ポップは改めて羊皮紙に目を落とす。そういえば話のはじまりは回復呪文の契約はできたが発動できないことだった。
「師匠、俺が回復系の呪文は使えないの、なんで」
「うるせぇ、こっちが聞きてぇよ」
契約がすんなりいったのだから、ホイミぐらいなら発動するだろうとマトリフはにらんでいた。が、発動しない。自らポップに回復呪文をかけてやり、力の流れと回復をイメージする特訓を何度かしたにもかかわらず、だ。
「ったくよぉ。魔法は集中力とイメージだって前から言ってんだろうが。おめぇが”できねぇ”と思っている間は契約できても使えねぇ」
「だっておれ、僧侶でも賢者でもねぇしさぁ」
「僧侶は回復呪文が使えるものってイメージがあってあいつら自身もそう思っているから使えるやつが多いんだよ。あのメルルって占い師の嬢ちゃんもできてんだから僧侶じゃなくてもできんだよ。あとはおまえのイメージ次第だ」
「ちぇ…まぁおれ以外にもうちには回復できるやつがいるから後回しでいいか」
その甘さも回復呪文が発動に至らない要因であろうとマトリフは考える。が、もともと”できる”と思えばフィンガーフレアボムズもメドローアも扱ってしまえるポップだ。きっかけ一つでできるであろう。或いは己が回復呪文を使わねばと思うときがくれば。
しかしそんな局面は来ない方がいいのだろう。使えなかった呪文が使えるようになる局面なぞ本当は来ない方がいい。
「ところで師匠、デイン系は契約も発動も無理だろうからさ後回しにして。このあたりの師匠がダメって言ってる呪文の契約したいんだけど。イオナズンとかべギラゴンとか!」
羊皮紙をひらひらさせながらポップが問う。
「おめぇには早いっつってんだろうが」
「えー?魔法使いの憧れの呪文だからさぁ。試しにちょっと契約だけ!無理かもしんないけどできそうな気がするから!」
「……ったく。そういうことじゃねえよ。使えそうだから早いって言ってんだ」
「え?」
どうやら契約できないから早いと言ったのではなさそうだ。しかもふざけた様子は無く至って真面目な様相だ。こういう時の師の言うことは素直に従った方がいい。
「てめぇにはもうメドローアがあるから充分すぎるだろう、あれはイオナズンやベギラゴンよりも充分に強い」
寝そべっていたマトリフが体を起こしあぐらをかいたのをみたポップは、少し長くなるだろうと察してその場でマトリフと同じ姿勢になった。
「契約だけで使わなくてもダメ?」
「そこの信用は全くねぇよ、このメガンテ小僧が」
ポップは黙り込む。今の自分がメドローアではなく代りにイオナズンを使う局面なぞ想定できない。しかし絶対に使わないと信じてもらうには、あまりにも自分には前科がありすぎた。
「おまえはまだ身体が成長しきっていない。だからまだ早いと言ってるんだ」
「でもよぉ」
「いいから聞け。基本の話だ。たとえばイオ、イオラ、イオナズンとその違いは力を貸してくれる精霊の数の違いだ」
それはポップも知っている。
「しかし同じ使い手でも威力が違う。何故だ?」
「魔法力の絶対量ってぇのもあるけども。それに加えて精霊が貸してくれた力をいかに効率的に扱うか、その力をいかに場に留めながら収束して発動させるか、そのあたりの差だろ?その辺の差配に自分の魔法力をめちゃくちゃ食うのがメドローアだよなぁ。でも力を借りる精霊の数の割に威力がバカでかくて効率的だけど」
発現した呪文を場にとどめ続けてとりまわすには魔法使いとしての高い技量や魔法力が求められる。多くの魔法使いはその技量を得ることもできずに一生を終える。5つのメラゾーマを5本の指に留めて放つフィンガーフレアボムズを使える魔法使いはそういない。メドローアも同様で、両の腕にそれぞれ異なる呪文を発現させ、それを合成してから放つ。そんなことのできる魔法使いなどこの世には2人しかいない。
「そうだ。おまえはそのあたりの勝手が馴染みつつある。おまえならイオラでもその辺のやつが使うイオナズンの威力はあるだろう」
「それはわかってるけどよぉ」
マトリフの前にいるのは憧れを胸に家を飛び出した少年だ。憧れの呪文が手に届きそうならばそう簡単には引き下がらないだろう。
「イオナズンやベギラゴンのために呼び出す精霊の数を考えろ。成長途中の身体には負荷が高すぎんだよ。あと2、3年待ちやがれ。勝手に契約したら破門だからな」
途端にポップが喜色満面となって身を乗り出す。マトリフは嫌な予感を覚える。何か頼みごとをしてくる気配が漂っているからだ。
「じゃあ師匠」
「なんだ小僧」
「2、3年後に契約するから、契約にたちあっておれが約束を破ってねぇかちゃんと見てくれるよな?」
「たちあえっておまえ」
口元が緩みそうになるのをマトリフは抑え込む。長く生きるのは億劫でもあったが、悪くないと思えることがここ最近何度もある。しかしそれを素直に知らせるのも癪で、なんとか雑な口調を作り上げて言う。
「わかったよ」
「やった!」
精霊の代わりに師匠との契約を得たポップは再び羊皮紙に目を落とし、次に契約する呪文の選定を再開した。