そして初代大魔道士は安堵する 師のメドローアを弟子がメドローアで相殺する。いわばそれは無慈悲な光と光の衝突だった。光の収束とともにマトリフはポップのいるであろうところへ駆け寄る。
はたしてそこにポップはいた。消えることなくそのままの姿で。マトリフはぺたんと座り込むポップの両肩に手を置く。ふっと息を吐くとそのまま回復呪文を発動させる。今のマトリフは、ポップのどこに損傷があるかを確認する時間すら惜しい。
「おれ なんともないから」
ポップが両の手をひらひらとマトリフに見せる。ポップの指は全て動いている。しかし右の手袋が炎によって黒く炭化している。手袋に覆われた手にも火傷が及んでいるのだろう。指を動かしながらポップは少し顔を引きつらせている。
「師匠」
「少し黙ってろ」
マトリフはポップの右腕を注視しながら更に回復呪文を続ける。が、咳がこみあがってきてしまって魔法力が霧散してしまう。マトリフは咳を強引に飲み込むように抑え、再び魔法力を高める。ポップはあわてて手袋を外してマトリフに素肌を見せる。魔法使い特有の日に焼けていない白い肌があらわになる。回復呪文のおかげか肌はつるりとしており火傷のあとはみられない。
「師匠!もういいって!おかげでもうなんともねぇし、あとで薬草も食うから。って、なんで睨むんだよ?」
マトリフは回復魔法の発動を中止する。それから顎をしゃくり「立て」と促す。ポップが立ちあがったことを確認すると「飛べ」「歩け」と短く命じる。ポップが言われたとおりにそれらをこなしたのを確認すると、マトリフはようやく安堵して座り込んだ。
「な?おれは大丈夫だから」
「勘違いすんな。このまま特訓続行だから体力を回復しただけだ」
であれば薬草で十分ではないか、という言葉をポップは飲み込む。さきほどまでのマトリフを思うと茶化してよい状況とはとうてい思えなかった。「消えるんじゃねぇ」という悲痛な声はまだ耳に残っている。
「ありがとよ」
「素直で気色わりぃな、おれはてめぇがびびって逃げるかと思ってひやひやしたぜ」
マトリフはいつもの口調で悪態をつくが、ポップはそれにのらずに言葉を続けることにした。
「びびったことは否定しねぇよ。でも師匠がおれのために命はってくれてんだから。そもそも師匠っておれが絶対にできないことはさせねぇだろ?そしたら”できる”イメージが浮かんでさ」
ポップは右手に氷の魔法力と左手に炎の魔法力を発動させては消す所作を繰り返す。同時に二つを発動させることも本来は容易ではないのだが、今のポップは難なくこなしている。以前からメラゾーマを片手に複数ためて放つことができたポップである。今回の特訓も成功する可能性は低くはないと予想はしていた。それでもここまでの成長はマトリフの予想を越えている。
「師匠、それにさ、それに、もし失敗したらあんたの目覚めが悪くなるって思ったらなんとかなっちまった。だからやっぱり色々と助かった」
この弟子はまったくお人好しだとマトリフは思う。あの追い込まれた状態でそこまで考えるとは甘いにもほどがある。そもそも、わずかな日数でメドローアを伝授するにはこの方法しかなかったとはいえ、逃げられても恨まれても仕方がないとマトリフは思っていた。にもかかわらず、ポップは恐怖や己の命惜しさではなく、師を慮ることでこの特訓を成功させたのだという。たしかにこの弟子にはそういうところがある。強くなるのはいつも他人のためだ。しかしそれはマトリフにとって不安でもある。生き残るのはいつだって自分のような悪党で、良い奴ほど早く死ぬ。ポップの生き方を変えさせることはできないだろうが、せめて生き延びる術をできるだけ身につけさせてやりたいとマトリフは考える。
「おまえが修業できるのは今日を含めて猶予は4日間だったか?」
「おう」
「メドローアの精度向上の合間に呪文の契約もたらふくやるから覚悟しとけ」
ドスをきかせながらマトリフはポップに言い放つ。マトリフの愛弟子は、怖い怖いと言いながら嬉しそうな笑みを師に向けていた。