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    RFish27

    竹本の物置です

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    RFish27

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    エルガド編。ウツシと愛弟子と、正体不明。その4。

    Changeling - 4 調査拠点エルガドは今日も活気に満ちている。メル・ゼナがおとぎ話の悪魔ではなく、ただの討伐可能なモンスターであるとわかった今、騎士も調査員も、船乗りもハンターもその他も人員もやる気に満ち満ちている。
     何よりエルガドには英雄がいる。誰もが彼の活躍に心を躍らせ、血が沸き立つのを抑えられない。今は負傷して一時的に休養をとっているが、夜が明ければ太陽が再び昇るように、英雄が再び立ち上がりメル・ゼナを討伐して凱旋する日は近い。
     人々の心は希望に満ちている。もはや一片の曇りもないほどに。

    「おはようございます、フィオレーネ様」
     騎士団の指揮所に入ると、入り口近くにいたルーチカが恭しく一礼した。
    「おはようルーチカ」
    「今朝もトラマル様のところに行ってらしたのですか?」
    「あぁ、だんだん日課のようになってきていてな。メル・ゼナの追跡調査のことや、エルガドの中での動向を話し合ってきた。そうだ、お前から借りた歴史の本、読み終わってしまったから続きがあればまた借りたいそうだ」
     そう言うとルーチカは僅かに目を見開く。ごく僅かに表情が綻んだように見えるので、きっと嬉しいのだろう。
    「まぁ、あの分厚い本をもう読み終わってしまったのですか。さすがの集中力ですね」
    「王国の歴史について興味はあったが、詳細な文献を読める機会がなかったからついつい読み込んでしまったそうだ。ルーチカも、これからは狩り以外に本の内容についてもトラマルと語り合えそうだな」
     はい、と頷いた彼女の顔は、いつも通り表情に乏しいもののやはり嬉しそうだった。勉強熱心なルーチカにとって、同じ本を読んだ者同士で語り合うことができるのは楽しいのだろう。今日の勤務が終わってから続きの巻を持っていくと言って、ルーチカは仕事に戻っていった。
     怪我をして休養を余儀なくされたとはいえ、熱心に報告を聞き、勉強にも力を入れているあたり、トラマルの英雄としての資質はさらに磨かれている。フィオレーネも騎士として負けてはいられないという思いと、心強さが湧き上がってくる。
     提督との軍議が終わったら、今日の余暇は自己鍛錬に時間を費やそう。そう思って、再び歩き出す。
     ――歩き出そうとして、また足を止める。
    「…………うん?」

     でも、何故だ。どうしてか、何か大事なことを忘れているような気がするのだ。

    「……フィオレーネ」
     急に呆けたように立ち止まった部下を不審に思ってか、提督ガレオスが静かに呼びかける。
     厳しくも穏やかな表情のガレオスと、その肩に止まっている白フクズクの両方から見つめられていることに気付いて、フィオレーネははっとする。
    「し、失礼致しました! 提督、おはようございます」
     速やかに姿勢を正し、敬礼を取る。
    「うむ……まだ、本調子ではないか?」
    「いえ、そのようなことは。傷はほぼ癒えておりますゆえ、本日より本格的に調練に入ります」
    「あまり、根を詰め過ぎるなよ。姫も心配召される」
    「は。騎士の誇りに懸けて、同じ轍は踏みません」
     誇りを重んじるあまり、自分の命を二の次にして提督から叱責を受けた記憶も未だ新しい。それでもついつい誇りを真っ先に口にしてしまうのがフィオレーネのさがだ。
     とはいえ、二度とチッチェ姫を心配させるようなことはすまいと固く心に決めていることも事実。ガレオスもその気持ちは理解しているので、これ以上の説教は不要と軽く頷いてみせる。
    「……よし、では今後の方針について話し合うとしよう。調査員たちを招集してきてくれ」
    「畏まりました」
     綺麗な一礼をして、フィオレーネは調査隊の主なメンバーを集めるべく歩き出した。



    「まるで、妖精の取り替え子のようじゃの」
     歴史学者のパサパトの言葉に、ウツシはぱちくりと目を瞬かせた。
    「ようせいのとりかえこ、とは?」
     広場の団子屋の傍ら。いつものように日の当たるテーブルに書物を広げている老学者の対面の椅子に座り、ウツシは真剣な面持ちでその言葉に耳を傾けている。
    「北方の民間伝承にある話でな。人間の子供とこの世のものではない存在が取り替えられてしまうという伝承なんじゃが、今お前さんが話してくれた内容がとてもよく似ていてなぁ」
     パサパトは顎髭を撫でつつ、軽く目を閉じた。愛弟子トラマルの豹変と、その変化に誰も気が付かないことに耐えきれず、ウツシはとうとう古老のパサパトに悩みを打ち明けたのだった。パサパトもここ最近のウツシの元気のなさを気にしていたようで、ウツシの語る突拍子もない話も否定することなく聞いてくれている。
    「妖精は、人間の子を自分の子にするために連れ去り、代わりに妖精の子を置いていくのじゃ。その妖精の子は元の人間の子とそっくりじゃが、次第に本性を現していき、怖ろしいほどの賢さをみせたり、逆に手が付けられない獣ような性格になっていくとも言われるの」
     老学者の話は、確かに今ウツシと愛弟子の間に起こっている現象に酷似していた。
    「連れ去られた子供を取り戻す手段はあるんですか?」
     思わず前のめりになりながら質問するウツシに、パサパトはあまり明るい顔をしなかった。
    「いろいろな解決法が伝えられているが……よくあるのが、折檻じゃな」
    「えっ」
    「妖精への見せしめとして、子供を折檻するのじゃ。それで妖精が音を上げれば子供を返してくれるかもしれない、という話じゃ。実際に自分の子供を取り替え子と疑い、虐待して殺してしまった親の事例も、百年以上前じゃが……あるにはある」
    「そんな……」
     残酷な昔話に、ウツシも顔色をなくす。
    「ここまで聞けばわかると思うが、ようするにこれらの伝承は障害のある子供への仕打ちの歴史でもある。こんな子供を産むはずじゃなかった、本当の自分の子供はもっと素晴らしい子供だったはずだ……そんな暗い感情が子供への虐待を正統化する伝承を生んでしまったのじゃな」
     子供好きのウツシにとっては想像もしたくない話だが、里のある地域でもこういった話が全くないわけではない。障害や不具があって人前に出せないような子供が生まれた場合、家の奥で隠して育てたり、生まれてすぐに殺してしまったりする集落もあるのだそうだ。
     障害のある子供を育てて養うのは大変なことだ。それが貧しい家庭となればなおさらである。そういった子供たちを余すことなく育てようとするなら、もはや一つの家庭だけでどうにかできる問題ではなくなってくる。
    「……と、いうのは人間社会の問題じゃ。妖精の子と思われていた子供は社会全体で救うことができる、と結論がついておる。お前さんの言う愛弟子の変化は確かに不可解じゃが、いろいろな角度から分析していけばやがて原因がわかってくるかもしれんな」
     調子を変えて、パサパトがウツシを励ます。しかしウツシの表情はどうにも晴れない。
    「そう、かもしれませんね……」
    「本当はもうちょっとまともな分析をしてやりたいところじゃが、なにぶん儂はお前さんの愛弟子が帰ってきてからまだ顔を合わせておらんからなぁ」
    「いえ、パサパトさんのおかげで視点を変えて原因を探ってみるのはやはり大事だと思いました。引き続きいろんな人に話を聞いてみようと思います」
     少し無理したように微笑み、パサパトに頭を下げる。いつもより力なく立ち上がるウツシを、何かあったらまた来るといい、とパサパトも気遣わしげに見送った。

     妖精の子と忌み嫌われていた子供は、障害があるだけのただの人間の子供だった。視点を変えて物事を見てみれば、根本的な原因が見えてくることもある。パサパトの言うことはもっともだ。ただ、原因がまだわからない。
     ウツシは広場を歩きながら考える。
     根本的に視点を変えてみるとどうなるだろう。今、ウツシは「愛弟子の性格が変わってしまった」と思っている。この前提を変えてみるとどうだろうか。
    (……本当に別人が愛弟子になりすましている……?)
     その割にはウツシと本人しか知らないようなことも知っているのが不可解だ。今このタイミングでトラマルと成り替わる利点もよくわからない。ただの人間がすることにしては手が込みすぎているし、その割に利が薄い気がする。
    (まさか、本当に人ではないものがなりすましているとか?)
     そこまで考えて、さすがに推理が飛躍しすぎたと頭を振る。この世の中には古龍のように常識はずれた能力を持っているモンスターや生物もいるにはいるが、人間になりすますなんて芸当をするものなんて聞いた事がない。それはもう、妖怪や化け物の領域だ。
     しかし……。
    (まだエルガドでの騒動は解決していない。まだまだ愛弟子が倒さなければいけない強敵がいるのに、愛弟子そのものに成り代わることで利が一番ある存在……)
     常識を一旦置いて、考えてみる。あまりにも突拍子もないことではあるが、物事には大概利害関係が絡む。そうでないことも無論あるが、まずは誰に一番利があるかを考えた。
    (まさか……?)
     愛弟子に成り代わり、この王国での騒動を収める作戦を停滞させて誰が一番得をするかといったら、無論狩られる側に決まっている――。



     バン、とテーブルを叩く大きな音が響いた。
    「おい! 人が団子食ってる横で虫を潰すんじゃねぇよ!」
     モンスターも泣いて恐れる地獄の兄弟の片割れ、赤鬼は両手に団子を持ったまま相方の黒鬼に怒鳴った。大きな音に団子屋のアイルーや、近くを歩いていたカムラの里の若い教官もこちらを振り返ったが、すぐにそれぞれの仕事や役目に戻っていった。
    「悪ぃ悪ぃ。今にもその団子に止まりそうだったからよ」
     口ではそう言うが、少しも悪びれた様子もなく黒鬼がテーブルを叩いた手をぱっぱっと払う。赤鬼は相棒を軽く睨みつけ、再び団子を頬張った。
    「まったく、最近は虫が多くて敵わねぇな」
    「外で食ってりゃ仕方ねぇわ」
     皿に山盛りの団子を次から次へと胃袋へ納めていく相棒を尻目に、黒鬼も温かい茶を啜る。酒もいいが、ここで提供される茶もなかなかに美味い。目を細め、視線を広場の向こうの船着場へと移す。
     大地に開いた大穴と、穏やかに広がる海。その間に挟まれた拠点エルガドは、今日も活気に満ちている。騎士もハンターも船乗りも調査員も、生き生きと仕事に精を出している。
    「……この拠点、あとどれぐらい保つかねぇ」
     そう言って、黒鬼は小さく息を吐いた。
    「さぁてな。これだけ飛んでて誰も気付かねぇんだ。もう結構ヤバいのかもわかんねぇぞ」
     食べ終わった団子の串を指先で弄びつつ、赤鬼が意地悪い笑みを浮かべる。
    「ここが駄目になっちまったら、また別の拠点を探さねぇとな……王国もどうなるかわからねぇし、思い切ってカムラの里にでも行ってみるか?」
    「それも悪くねぇな! この団子の本家本元の店があんだろ?」
    「お前は本当に食うことばっかだな……」
     ドハハハハ! と赤鬼が豪快に笑う。黒鬼は苦笑を浮かべつつ、もう一口茶を含んだ。
    「ま、カムラの里に移動すんのは本格的にここが駄目になってからでいいだろ。ここで団子が食えるうちは、俺はここから動かねぇぞ、っと」
     ひゅ、と赤鬼の手首が翻る。音もなく放たれた串が、空中にいた何かを貫いた。
     キィ! と小さな断末魔を上げ、串に貫かれた一匹の噛生虫が大穴へと落ちていく。
     そのことに気が付いた者は、二人のハンター以外に誰もいない。



    「あっ」
     ミノトの手から数枚の書類がするりと落ち、床に広がった。
     日差しもうららかなカムラの里。集会所の奥、ギルド関係者だけしか出入りのない書庫の中。書類の片付けに来たはずのミノトは、小さく声を上げたまま石像のように固まってしまった。
     集会所のほうから人々の話し声が聞こえてくる。外からは商いの声やたたら場での作業の音が聞こえてくる。鳥が囀り、花は風に揺れ、川は滔々と流れている。いつも通りの里の空気の中で、ミノトだけが静止している。
     中空を見つめたまま呆然と立ち尽くすミノトの背後に、何者かの足音が近付いてくる。
    「ミノト」
     鈴を転がすような甘やかな声が、ミノトを呼ぶ。
    「 ミ ノ ト 」
     くすくすと笑いながら近付いてくるその声は、間違いなくミノトの一番愛しい人の声で。
     油の切れたからくり蛙のようなぎこちない動きで、ミノトがゆっくりと振り返る。
    「ねえさま」
     書庫の入り口に、ヒノエが立っていた。たたら場の前の辻にいるはずの姉が急に姿を現したのに、ミノトは特に疑問を口にすることもなくじっとヒノエを見つめる。
    「……私たちの願いは叶わなかったのに」
     優しい笑顔を湛えたまま、ヒノエがゆっくりと近づいてくる。
    「私たちの願いを潰えさせた者が、今度は空まで奪おうとしていますよ」
     ヒノエであってヒノエでないものが、ミノトであってミノトではなくなってしまったものの手をそっと取る。二人の姿を見る者がいれば、彼女たちの瞳に常ならざる怪しい輝きが宿っているのがわかっただろう。
    「空が奪われたら、今度は海も奪われてしまいますか」
    「そうね。そうなったら、私たちの居場所さえなくなってしまう」
    「空も海も奪われたら、もう私たちは悲願を果たすことができない……」
     口惜し気に呟いて、そこで初めてミノトの表情が歪んだ。
     憎い。憎い。普段温厚なはずのミノトが、憎悪に顔を歪めている。普段の彼女を知るものであれば、にわかには信じられない光景である。
    「大丈夫。今ならまだ間に合うわ」
     殊更優しい声音で慰めながら、ヒノエがミノトの手を両手でしっかりと握る。
    「お花を集めましょう。お花を集めて、エルガドに行きましょう」
     歌うように、ヒノエが囁く。
    「エルガドへ……?」
     両目の端に涙を浮かべながら、ミノトが小首を傾げる。
    「今は嵐のせいで、船が出ないと聞きました。だからフクズクもウツシ教官も帰ってこれないと」
    「嵐など止ませてしまえばいいのよ。簡単なこと」
     ミノトの疑問に、ヒノエは事もなさげに笑って答える。
    「船はロンディーネさんにお願いしましょうか。立派な船だから、きっと多少の波があっても大丈夫。さぁ、お花を集めに行きましょう……私の対よ」
     ヒノエの、異様な迫力のある笑顔に、ミノトがこくりと頷いた。
    「ええ、参りましょう……対よ」
     手に手を取り合って、足音も軽やかに。二つの影が、集会所を飛び出していく。

     その日、里から二人の姉妹が忽然と姿を消した。
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