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    RFish27

    竹本の物置です

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    RFish27

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    エルガド編。ウツシと愛弟子と、正体不明。その3。

    Changeling - 3 今日も城塞高地に朝が来る。
     薄靄に包まれた森は、ひんやりとして静謐である。慣れ親しんだ大社跡の森はもっと生命の気配に満ちていて、こんな寂しい朝を感じたことはなかったような気がする。
     冷えて縮こまった身体をどうにかほぐし、活動を開始する。なにはともあれ食糧を確保しなければ、飢えて死ぬだけだ。
     オトモたちと寝起きしているこの廃墟の近くを川が流れている。ここ何日かはそこで魚を獲って、なんとか食い繋いでいるという状況であった。
     それで足りなければオトモたちがハンター用のキャンプまで足を伸ばして、支給品の携帯食料などを拝借してくることもある。アオキノコや薬草など、食べられる野草などを齧ることもある。
     頑張ればメルクーのような草食獣を狩って肉にすることもできるかもしれないが、皮を剥いだり血抜きをしたり、はらわたを取ったりと手間がかかるし、そういう作業をアイルーに任せっきりになるのは申し訳ない。むしろ血の匂いを嗅ぎ付けて大型のモンスターがやってきたら、もうどうしようもない。
     ――そんなことをせずとも、もしかしたら自分はもう、仕留めた草食獣の血をそのまま啜り、臓腑や骨肉を貪るほうが栄養になる体なのかもしれないが、そんな自分の姿を想像するとなんとも恐ろしくて、それなら焚き火で焼いた魚で空腹を紛らわせるほうがずっとましだった。
    「おはようニャ。まずは水を汲んでこないとニャ」
     起きてきたアイルーが、廃墟で見つけた古い木のバケツを手に取る。ガルクはまだ眠そうに欠伸をしているが、彼には薪集めを任せてアイルーと共に小川へ向かおうとした。
     その時、森の奥からずしん、と重い足音が聞こえてきた。
     三人が三人、同時にそちらを見る。しかし特に警戒はしていない。
     大木の向こうで、大きな影が動いている。生き物の影である。その生き物が歩くたび、ずん、ずん、と地が揺れた。
     しばらく見ていると、靄の向こうから苔を纏った巨岩のような牙獣が姿を現した。
     剛纏獣ガランゴルム。王域三公の一角として王国の人々が恐れる大型モンスターである。
     現れたガランゴルムは三人の姿を見て、特に威嚇するでも襲いかかるでもなく、じっと沈黙を守っている。
     体格の割に案外つぶらな瞳で三人を見下ろし、少し考えるような素振りを見せ、それからまたゆっくりと来た道を引き返していく。
     この地で野宿をするようになって、既に幾度かこのような接触を繰り返していた。
    「様子を見に来てくれてるのかニャ?」
     再び地響きを立てて靄の向こうへ消えていくガランゴルムの背を見送りながら、アイルーが呟いた。
    「ま、縄張りに居候させてもらえてるだけありがたいニャ。あのモンスターを刺激するようなことだけはしないでおこうかニャ」
     そう言って、アイルーはバケツ片手に小川のほうへと歩き出した。ガルクも同意するようにうぉん、と吠えて薪探しに出かけていく。
     ガランゴルムが消えていったほうをもう一度見やって、自分もアイルーについて行くことにした。

     今こうして生き延びているのは、事実あのガランゴルムのおかげであった。
     人間の姿を失い、負傷した体を引き摺ってオトモたちと森へ逃れてきたあの日。血の匂いを嗅ぎつけて群がってきたオルギィたちさえ追い払えず、もはやここまでと思った時にあのガランゴルムが現れた。
     剛纏獣が咆哮を響かせるやオルギィたちは一目散に逃げ出していく。オルギィでさえ追い払えない身では、ガランゴルム相手に渡り合えるはずもないといよいよ覚悟を決めたが、予想に反してガランゴルムは何もしてこなかった。
     しげしげと不思議そうにこちらを見つめ、顔を寄せて匂いを嗅ぎ、それ以上特に何もすることなく森の奥へと消えていった。見逃してもらえたのだ、となんとなく感じ、自分たちもその場を後にした。
     以来、この廃墟に身を寄せて数日を過ごしているが、ガランゴルムはこちらに手出しすることもなく、奇妙な平穏が続いている。
     この辺りの森は彼(もしかしたら彼女かもしれないが)の縄張りらしく、日に何度か見回りをしているので、顔を合わせることもしばしばだが、こちらに敵意を表すことは皆無だった。
     かといって、縄張りに入り込もうとする他の大型モンスターに敢然と立ち向かう様も何度か目にしているので、攻撃性が低いというわけでもないらしい。
     特別友好的というわけでもないが、脅威としても獲物としても認識されていないので適当に放っておかれている。恐らく、ガランゴルムとしてはそういうつもりなのだろう。こちらとしても都合がいいので、傷が癒えるまでは居候させてもらおうという腹づもりだ。
     傷が癒えたところで、自分にこれから行くあてがあるかどうかわからない。むしろそちらのほうがガランゴルムよりも恐ろしかった。
     森に一陣の風が吹く。ふと頭上を振り仰ぐ。
     ざぁ、と梢が揺れ、驚いた鳥が数羽飛び立って、再び静寂が訪れる。
     故郷の森よりも寂しく、寒々しい森だが、住処があって、オトモたちがいて、ガランゴルムもいる。孤独ではなく、静かでむしろ平穏だ。
     中途半端な居心地の良さに、思わず踏み出す脚が止まってしまうほどに――。

     俺は、もう帰らなくてもいいんじゃないか?
     そういえば帰るって、どこに?



     私はその日、迷子を見つけた。
     かつて人間たちが住んでいたという石の壁の辺りで、「あの龍」が何者かと戦っている気配だけは伝わってきていた。金切り声のような咆哮が聞こえてくるたび、森の小さな生き物たちが首を竦め、身をこわばらせていたことを覚えている。
     その戦いの気配が収まった頃、オルギィたちが騒いでいるので様子を見に行くと、怪我をしているらしい人間と、それに付き従う二頭の獣の姿があった。その人間は恐らく、我々のような生き物と対等に渡り合える強い人間なのだろうが、何故か今はオルギィにも抵抗できないほどの弱り様であった。
     もしかして、龍と戦っていたのはこの人間なのではないか。そう思ってよく見ると、どうにも様子がおかしい。何やらとても混乱した様子で、動きもぎこちない。このようなところへやってくる人間は、負傷したらまず自分の住処へ帰るか、動けないならどこか安全な場所へ身を隠すかくらいはする。自分の傷を癒す手立ても持っているだろう。
     なのに、そうすることもなくオルギィに追われてふらふらと彷徨っている姿はどこか異様であった。
     思い当たる節はある。あの性悪な古龍が操る羽虫だ。あの虫に取り憑かれると、我々のような強靭な生物ですら正気ではいられなくなる。つい先日も同族が虫に取り憑かれて急に暴れ出すようになってしまい、そのまま森の外へと飛び出していってしまった。以来、彼の姿を見かけないということは、外でなにか強大な生物に襲われたか、虫に生気を吸い取られすぎて衰弱してしまったか。
     いずれ、身体の小さな人間が取り憑かれたなら、あのように自分を失ったような動きになってしまうというのも不思議ではない。不憫ではあるが、どうしようもないことだ。
     放っておいてもそのうち死ぬだろうが、せめて死に場所ぐらいは自分で決めさせてやろうと、私はオルギィたちを追い払った。森にはまだまだ彼らの獲物になる生き物が他にもいる。ここでこの人間を食いそびれたとて、彼らが飢えて死ぬことはないだろう。
     私の咆哮に、人間は仲間らしい二頭の獣たちと共にぽかんとしていた。大丈夫だろうかと一応匂いを確かめてみる。血の匂いと共に、花の匂いもした。不思議な人間だった。
     とにかく、私が手を貸すのはここまでだ。死ぬなら私の目の届かないところでひっそり死んでほしいと思い、その場を後にした。
     所詮この邂逅も、すぐに忘れてしまうもの。そう思っていたが、それは誤解だった。

     翌日、私は縄張りを巡回している最中にまた彼らを見つけてしまった。人間はどうやらまだ生きているようだった。獣たちが手当をしたり、食べ物を用意したりしてくれているらしい。しかしそれもいつまで保つやらと思ったが、予想に反して人間は丈夫だったようだ。
     次の日も、また次の日も人間は生きている。徐々に怪我もよくなってきているようで、少しずつ自分で食べ物を探しに行ったりもするようになってきた。このまま放っておけば、そのうち森から出ていく日も近いかもしれない。
     それはそれでいいことだ。こちらは戦う必要もないし、あちらも本来の住処に帰れる。
     私の縄張りの中を荒らそうというようなこともないので、そのまま放っておくことにした。

     日々、縄張りの見回りをしていると、しばしば人間と獣たちが穏やかに暮らしている姿を見かける。不思議なもので、人間が日なたで休んでいると小鳥や虫たちが集まってきて、その頭の上や肩に止まって寛いでいる様子を何度か見た。二頭の獣たちも、人間の傍にいると落ち着いて見える。人間がこんなにも小さき生き物たちに受け入れられるなど思ってもみなかったので、とても印象に残っている。
     人間とその友人たちの和やかな雰囲気は、近頃何かと騒がしい森の中で貴重な「好ましい存在」となりつつあった。馴れ合うほどではないが、通りがかりに目が合えば静かにじっとこちらを見つめ返し、なんとなく互いの存在を感じながら過ごす日常も、そう悪いものではない。彼らの存在は、日々孤独に縄張りを守って暮らす私の日常に張りを与えてくれてくれた。
     古龍が操る羽虫によっておかしくなってしまう者は日に日に増え、私のように縄張りを持つ者たちは常に侵入者に目を光らせている。特に山側に縄張りを持つルナガロンの番は最近子供が生まれたばかりということもあり、時折人間の匂いを嗅ぎつけて森に侵入しようとしてくることがある。警戒するのはわかるが、だからといってそう簡単に縄張りを荒らされては困るのだ。追い返そうとすれば当然戦いになる。
     そんな戦いに疲れた時にあの人間を見ると、実にほっとする。今日も縄張りを守ることができてよかったと、心から思うのだった。

     私は今日も見回りをする。今朝の森はとても穏やかだ。人間たちは今日は川へ行くらしい。ぐるりと縄張りを歩いて回り、川のほうへ足を伸ばしてみると、日の当たる川辺で人間と獣たちがぱちゃぱちゃと楽しそうに小魚を獲っている。長閑だ。
     しばし眺めていると、こちらに気付いた人間が魚を一匹――彼らが獲った魚の中では一番大きいものを持って、こちらへ近寄ってきた。
     何事かと思っていると、魚を私の前に置き、こちらをじっと見上げてくる。どうやら魚を分けてくれるつもりらしい。
     その意図がよくわからず、しばし見つめあう。人間には食糧を他の種族に分け与える習性でもあるのだろうか。生き物の中には育児以外で他者に食糧を与えることが求愛行動となっているものもいるが、さすがにそういうことではあるまい。
     とにかく敵意はないらしい。魚と、人間を見比べる。
     二頭の獣たちも、川辺からじっとこちらを見つめている。
     恐らく敵意はまったくないのだろう。むしろ好意を持たれているようだ。私もそう悪く思ってはいないが、本来であれば戦っていてもおかしくない相手。あまり馴れ合いすぎてもよくないと思い、私は魚を受け取らなかった。
     ただいてくれるだけでも、私は十分幸せなのだ。
     私は指先でちょん、と人間の頭をつついた。軽い愛撫のつもりだったが、大きさが違いすぎて力加減が難しい。人間は後ろにひっくり返りそうになって目をぱちくりさせていたが、怪我などはしていないようだった。
     よく食べ、よく眠り、健やかであれ。そう思いながら、私は自分の寝床へと帰った。



    「……ガランゴルムは、魚は好みじゃなかったみたいニャね」
     ぼんやりしていたら、自分の横まで近付いてきたアイルーがぽつりと呟いた。
     地面に置かれた魚をよっこいしょと抱え上げ、柔らかな手でこちらの鱗だらけの硬い体をぽん、と叩く。
     何故か、ガランゴルムにはお礼をしなければならない気持ちだったのだ。言葉では通じないので、魚を差し出した。ガランゴルムが魚を食べるかどうかもわからないのに、どうして俺はこんなことをしたのだろう。
     でもなんとなく、以前にもこういうことがあった気がするのだ。とても世話になった相手になにか食べ物をあげて、とても喜んでもらえた記憶が。
    「旦那さんの気持ちはちゃんと伝わってるニャ。この魚は僕ら三人でいただくニャ」
     きっとそうなのだろう。ガランゴルムからは敵意は伝わってこない。
     アイルーの言葉に合わせてガルクがくぅん、と鳴きながらこちらの体を頭で押す。そろそろ帰ろう、と言っているようだ。確かにそろそろ日が傾きかけている。
     アイルーとガルクに伴われ、俺は寝床へと歩き出した。まだ足が痛むが、だいぶましにはなってきた。このまま過ごしていれば、いずれ足もよくなるだろう。
     しかし、足が治ったら、俺はどこへ行けばいいんだったか――。
     何か大事なものを忘れているような、そんな中途半端な気持ちのまま、家路につく。
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