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    ogusareutyouran

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    ogusareutyouran

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    書きかけ

    リオガイ「へえ、その茶葉に興味があるのかい?」

    騎士団の用事を終え、土産の品を見繕っていたガイアの背中に声が掛けられる。振り向いた先に居たのは、赤い外套を着た黒い髪の男だった。

    「ああ、土産に良さそうだと思ってな」
    「土産か……参考までに聞きたいんだが、いつ頃帰るつもりだ?」

    いつ帰るのか、という質問にガイアは瞠目する。茶葉は乾燥させたものが多いから比較的長持ちするものだが、どうやらガイアが買おうか悩んでいた茶葉は足が早いものらしい。

    「困ったな、どう頑張ってもモンドに帰るまでに鮮度が落ちそうだ」
    「そういうことだ。いきなり声をかけて悪かったな」
    「いや、助かった。ありがとう」
    「どういたしまして」

    そこで一旦言葉を区切ったガイアは、しかし次の瞬間目の前の男にジトリとした警戒の視線を向ける。
    赤い外套かと思ったそれは内側が赤で外側が黒のようだ。黒を基調とした服の男は、しかしその体つき、そして立ち方から相当な手練であることが伺える。
    服の上からでもわかるくらいに鍛えた肉体の男に、もしも肉弾戦に持ち込まれてしまえば勝ち目は無いと判断したガイアは、彼の意図を探るために低い声で問いかける。

    「それで、俺に何の用だ? 何か用があって話しかけてきたんだろう?」
    「そう警戒すんなって。単純な話、俺の目当てがその茶葉だった、それだけの話さ」

    肩を竦める男を眺めて、それが偽りでは無いことを確認したガイアはフッと肩の力を抜く。

    「疑ってすまなかった、仕事柄敵を作りやすいもんでな」
    「いや、構わない。どこにだってそういう奴はいるし、俺もそのクチだ」

    水色の瞳の彼は笑うと少し幼い印象になるらしい。困った様子を見せない男に対して抱いていた警戒心は少し薄れていた。

    「っと、これだけ話しておいて名乗ってなかったな。俺はリオセスリだ。あんたは?」
    「俺はガイアだ。お詫びとアドバイスの礼をしたいんだが、なにか希望はあるか? リオセスリさん」
    「なら、この茶葉で一杯。フォンテーヌ自慢の水中でご馳走しよう」

    そんなことでいいのかと目を瞬かせるガイアに、そんなことでいいんだとリオセスリは返す。

    「あんたに興味が湧いたんだ、落ち着いた場所で話をしたい。もちろん、急いで帰らなきゃならないとかやらなきゃいけないことがあるならそっちを優先してくれ」
    「用事は既に終わっているから良いんだが……それじゃあ俺がもてなされていないか?」
    「ハハッ、そう言ってられるのもきっと今のうちだけだ。なんたって水の中、いや、水の下は法の外だからな」

    水の下、という言葉には聞き覚えがあった。フォンテーヌ邸での任務中、何度も聞いた言葉だ。ある場所をそう呼称していたはずだと記憶を辿り、そして目の前の男の正体に気がつく。

    「ああ、なるほど。メロピデ要塞の公爵様ってのはあんたのことか」
    「おっと思っていたよりバレるのが早かったな。もしかして、なにか噂話でも聞いたか?」
    「そんなところだ。だが、俺は何もここで法を犯していない。水の下とやらに行っても堂々としていればいいってことだろう?」
    「そう言えるのはよっぽど豪胆なやつくらいだよ」

    嬉しそうに八重歯を見せながら笑ったリオセスリは「で、どうする?」と改めて訊ねる。

    「公爵様のオススメなんだろう? ぜひ味わいたい」
    「なら決まりだな。水の下へ案内しよう」

    ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

    まさか旅人のように水中からメロピデ要塞に入るわけにも行かず、彼らは地上のルートを使って向かうことにした。
    フォンテーヌ邸からナヴィア線の巡水船に乗ってエリニュス島へ移動し、さらにエピクレシス歌劇場の裏手から水中に向かう。水の中に敷かれた水路を船で移動すれば、そこはもうメロピデ要塞の中だった。

    入口となる受付エリアにはフォンテーヌが誇る美しい水中が眺められる窓がある。大きな窓から陽の差し込む水中を見たガイアは感嘆の息を漏らした。

    「モンドの海や湖とは随分と違うな」
    「そうだろう? この景色、結構好きなんだ。太陽も眩しすぎないしな」

    目を細めるリオセスリは水の上に思うところがあるのだろう。地上には眩しいものが多すぎるという気持ちは、ガイアにとって分からないものでは無かった。

    曲がったことが嫌いでどこまでも一直線な上司や後輩、世界が全て輝いたもので構成されている幼子、夜の闇を照らす炎の鳥――。

    「……ああ、確かに眩しいな」
    「さ、もう少しだ。俺の部屋まで案内しよう」

    ガイアの小さな呟きに気付かないフリをしてエレベーターに乗り込む。長い下りエレベーターを降りて幾度かの曲がり角を過ぎた先、中心に大きな柱のある広場に出る。
    リオセスリは迷うことなく大きな柱へかかった橋を渡り、目の前にそびえる大きな扉を開けて中に入っていく。
    さあどうぞ入ってくれと言わんばかりに扉を開ける彼の隣をすり抜けて柱の中に入っていくと、囚人たちの視線を遮るように扉が閉められた。
    柱の外縁に沿って作られた螺旋階段を登ると、まず目に入るのは三つ首の犬を模した大きな壁飾りだろうか。その下には彼のものだろう机がある。机の上は随分と片付いていて、業務量が騎士団のそれと比べて少ないんだなだとか、それでも目に入ったティーセットに本当に紅茶が好きなんだなだとか、取り留めのないことを考える。

    「適当に掛けておいてくれ。すぐに準備しよう」
    「いいのか?」
    「ああ。よく飲むから淹れるのも得意なんだ。特にこの茶葉はコツがいる」
    「なら、とびきり美味しいのを期待しておくぜ」
    「ああ、きっと目から鱗が落ちるだろうよ」

    手際よく茶葉を蒸しながらコイツに合うお茶菓子は〜とどこからか小さなケーキのようなものを用意する。
    晶蝶マドレーヌというそれは、言われてみれば確かに晶蝶の晶核に似た形をしていた。
    しっかりと味を抽出した紅茶をカップに注ぐと、冷めないうちにどうぞと手渡してくれる。

    「いただきます。――美味いな、これ」
    「そうだろう? この深い味は鮮度が落ちると味わえなくなる。それだけが欠点なんだ」
    「それに、この晶蝶マドレーヌとの相性もいい。深みと苦味にこの甘さはちょうどいい」
    「お気に召してもらえたようで何よりだ」

    会話もそこそこに静かなティータイムを楽しむ。
    どうやらリオセスリは甘いものが好きらしく、ミルクも砂糖も入れていた。

    「あんたは? 砂糖とミルク」
    「いや、このままでいいぜ」
    「そうか。また振られちまったな」

    砂糖が入った小瓶を指先で撫でながら呟く彼は、こうして度々誰かと相席しているのだろうか。ふとそんなことを考えて、誤魔化すように紅茶に口をつける。
    ――このささやかなお茶会が心地よいからと、考えてはいけないことを考えてしまった。
    その考えを振り払うように、代わりに疑問に思っていたことを尋ねる。

    「改めて思ったんだが、俺がもてなされてちゃお礼にならないんじゃないのか?」
    「なんだ、そんなことを考えてたのか。いいんだよ。俺とお茶会をするためにここまで来てくれる人は中々居ないんだ」
    「そういう問題か?」
    「そういう問題だ」

    本人がそういうのであればいいか、と考えて少し冷めた紅茶を一口飲む。冷めてもなお風味を損なわないそれはガイアの心を少し落ち着かせてくれた。
    紅茶が少し冷めるほどの時間が経っていたことに気付いたのはその時だった。

    「っと、随分と長居しちまったな。迷惑じゃなかったか?」
    「ああ、俺の今日の業務は終了済みだ」
    「なら良かった。ごちそうさん、この紅茶を持って帰ることが出来ないことが残念だよ」

    しかし、リオセスリはその言葉を聞いてキョトンとした表情を浮かべる。そうして告げられた言葉は非常に驚くものだった。

    「この時間になると、巡水船の航行は終わってるよ」

    肩から外していたファーを掴んだ体勢のまま、顔だけをリオセスリの方に向ける。

    「それと、エリニュス島で泊まれるような場所もない」
    「そいつは困ったな。宿はフォンテーヌ邸で取っていたんだが」
    「分かってて時間を教えなかったのは俺の方だ。あんたさえ良ければ、ここに泊まっていけばいい」

    イタズラが成功したような、少し意地悪そうな笑顔を浮かべたリオセスリの様子に、最初からそれが狙いかとボヤく。
    悪かったってと言いながら外套を手に取ったリオセスリは、晩飯に行こうぜとガイアを手招きした。


    まだ大半の囚人たちは就業中なのか、特別許可食堂と呼ばれるそこは人がまばらだった。しかし全く居ない訳でも無く、チラチラと視線を向けられる。
    大方、リオセスリと一緒にいる見たこともない男に興味があると言ったところだろう。

    「すまないな、視線がうるさくて」
    「見られることには慣れているからな。気にしなくていいぜ」
    「へえ? どんな視線だ?」
    「私怨のたーっぷりこもった熱い視線だよ」
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