夢--
身体がふわふわしている。
夢を見るような感覚を持て余したまま、ショウはエルモートに覆い被さっていた。
「先公……いいのか?」
問うと、金色の双眸が笑った。いつもの子供を見る笑みではない。どこか妖しげで、悪いことをしようと誘っているようだった。
「いいぜ」
いいわけないだろう、とショウは思った。
そもそもダメだと言い続けてきたのは相手のほうなのだ。なぜ急に許すと言い出したのか。
疑惑は胸から離れなかったが、目の前に投げ出された肢体にショウは抗えなかった。白いシーツを彩る赤い髪が正気を掻き乱す。細い腰を見ては、壊れはしないかという不安と、今すぐ滅茶苦茶にしたいという欲望が、同時に頭を揺さぶった。
「先公……」
頬に触れても殴られない。それどころかエルモートはその手が気持ちいいとでも言うように、掌に擦り寄ってきた。目眩がしそうだ。
「ショウ」
名を呼ぶ湿った声。その甘い余韻に重なるようにして、頭上で別の声が響いた。
――ショウ、ショウ!
よく知っている声だ。その声に、エルモートの声が掻き消されてしまう。
「うるせぇ!!」
思わず怒鳴り、ショウは“目を開いた”。バチリと声の主と目が合う。視界の様子が突然変わって、目の前がチカチカと明滅するようだった。
「誰がうるせぇって?」
相手の額には青筋が浮かんでいた。ツバサだ。彼は堪えるように息を吐いた。
「……ま、許してやんぜ。寝ぼけてただけだろうしな」
ショウは視線を左右に揺らす。グランサイファーの自室、ベッドの上だ。ツバサはベッドの隣に立っている。思考が追い付かない。ショウは混乱したまま身体を起こした。
「おまえ、魔物の魅了を食らって寝てたんだぜ」
ツバサがそう説明しながら、コップに注いだ水を手渡してくる。ショウは呆然としたまま、それを受け取り、しかし口を付けることを出来ずにただ視線を落とした。
「……魔物?」
呟くと、ツバサはニヤニヤと笑った。
「魅了にもいろいろあるって話だけど、魅了を掛けた敵が大事な人に見えて攻撃できなくなるってのが多いらしいな。それで、おまえの場合は――」
寝起きの頭でうまく理解できずにいるらしいショウに、ツバサは今にも笑い出したい気持ちを抑えた。
「すげェいい夢見てたみたいだな?」
「夢!?」
叫んだショウに、ツバサは大笑いした。
「はははは! どんな夢見てたんだよ?」
言えるわけがない。頭を抱えて、コップを握り締める。夢見心地とはよく言ったものだ。本当に夢だったのだ。
「最悪なnightmareだ……」
「いやいや、いい夢だったンだろ?」
明らかに面白がっている悪友に、ショウは顔をしかめた。非情に腹立たしい。看病されていたのでなければ、左ストレートフルスロットルだ。
「……おまえも同じ夢を見りゃ分かる。おい、敵は討伐できたのか」
ツバサは肩を竦めた。
「先公が焼いちまったぜ。灰も残ってねえから、俺は同じ夢は見れそうにねぇな」
――先公が。
脳裏に蠱惑的な笑みが蘇る。
「ああ、クソッ」
ショウは頭を振った。コップの水が零れる。ツバサが「あ~あ」と言いながら、そばにあったタオルを取った。マメな悪友である。ショウは水をこれ以上こぼさないよう、ぐいっと飲み干した。
ツバサは水を拭いたタオルをデスクに投げると、ベッドに腰かけた。
「最初は先公がおまえの面倒見るって言ったんだ。生徒だからってな。でも断っといたぜ」
ツバサの言葉の意図を察し、ショウは息をついた。
「……恩に着る」
エルモートの配慮は嬉しいが、さきほどの夢を見たあとでは、とうてい彼に合わせる顔がない。それどころか、夢と現実の区別がつかないまま、とんでもないことをしでかしていたかもしれない。
いずれにしろ、思春期の少年には刺激の強い攻撃だった。エルモートに限らず、大人の顔など気まずくて見れたものではない。それをツバサも分かっていたのだろう。
「ま、オレも同じ目に遭ったら、そんときは頼むわ」
「心得ておく」
ショウは神妙に頷いたが、ツバサはすぐに切り替えてもう一度笑った。
「で、どんな夢だったんだ?」
興味津々と訊いてくる顔に、ショウは拳をぶち込む想像をして耐えた。
《終わり》