ハイドランジアの幽霊師匠と植物園を散策―などといえば聞こえはいいが、実のところは連れ回しの刑である。フィガロは曇り空のもと美しく物憂げな色彩の花を咲かせるハイドランジアに目をやりながらこっそりとため息をついた。
ホワイトがやってきて「ハイドランジアの花が見頃だから出掛けよう」と誘われたのだが、あまり良い予感がしなかったので一度は断ったのだ。断ったのだが、今回の誘いはこちらに選択権がないものだったらしい。有無を言わさず連れてこられてこのとおりである。
「そなたら、また喧嘩したじゃろう」
「喧嘩とはいえませんよ、あんなの」
少し先をいっていたホワイトが戻ってきて、ごく自然に手を繋いできた。こんなことをしなくても今さら逃走なんてしないのにと思ったが、これは心配性なのではなくて物理的な束縛だ。都合の悪い話をするつもりなのであろうことは断った後の出方で何となく察していたが、切り出されるとやはり身構えてしまう。いいことでも悪いことでも、心に叩き込むようなやり方はホワイトの得意とするところなので、分かっていてもわずかに寒気がした。
「ちょっとした言い合いですね。お互い少しカッとなって、それだけです」
「そのようじゃな。手を出さなかったのは誉めてやろう」
「うんうん。偉いでしょう」
「馬鹿者。そなたら似た者同士じゃからたちが悪いのじゃ」
似た者同士だから、お互い何を言えば相手を怒らせるか、傷つけられるか知っているとでもいうのだろう。けれども、そんなことは似た者同士でなくてもそれなりの時間を共に過ごして相手のことが分かれば比較的簡単なことだ。ホワイトが言いたいのはきっとそんなことではない。
「気に障るポイントや痛いところがそなたら似ておるからのう。喧嘩も言い合いもどこか自傷めいておるぞ」
「それをホワイト様が言うんですね。似ているっていう話ならあなただってそうでしょう」
「一緒にしないでくれますぅ?」
言いたいことはわかったが、納得はいかない。でもこれ以上つついても藪から蛇を出すだけだ。都合の悪い話はさっさと終わってもらった方がいいので、フィガロは素直なふりをして謝っておいた。謝るべき相手は彼ではないのだが、スノウはスノウで今日はオズと出掛けているらしい。おそらくオズもスノウに連れ回されて八つ当たりでもされているか泣き付かれているかどちらかなのだろう。
「我は平気じゃけど、スノウはああ見えてか弱いところがあるからのう」
「分かるなあ、俺もそういうところあるんです」
「馬鹿者~」
ともあれ、そこまで説教めいたことを言われなくてよかった。フィガロは冗談めかして笑ったその後、そこかしこに咲くハイドランジアをゆっくりと縫うように見やる。青や紫の花が多いが、少し離れたところに白い花が咲いていた。
他の色の花よりもこんもりと丸くて、なんだかひとの頭のようにも見える。そう、ちょうど、傍らにいるホワイトの形のいい頭のような。
「ホワイト様、ハイドランジアの花ってこの姿のまま枯れるんです。知ってます?」
フィガロは、ホワイトの小さな頭のつむじの辺りを見ながら尋ねた。つむじの位置は、見間違うほどよく似ているスノウとホワイトの違う点のひとつである。だからといって頭ばかり見ていると怒られるし、彼らもそれを分かっていて髪の分け方を変えてきたり帽子をかぶったりといった手に出ることがあったので、これだけを頼りに判断するのは少々危険だ。
けれども、今日は小細工なしだな……などと思いながらつい見てしまう。魔法の気配もない。ここで実はホワイトのふりをしたスノウだったと分かれば、穏便にすませられる自信はなかったが。
「知らぬ。枯れる前に首を切り落とすものではなかったのか?」
「人間に管理されてるところに咲いてるものならね。結構手入れのなされていない場所にも自生してますし、そういうのが枯れてるところを見たことがあるんですけど、なんというか……」
続く言葉を少しためらって口の中に留めていると、ホワイトが見上げてきて促すような目を向けてきた。死ぬ前の彼はもう少しせっかちだったような気もするけれども、記憶が曖昧だ。
些末なことである。どうあれ、ホワイトはホワイトなのだ。生きていようと、もう死んでいようと。変わってしまったのだとしても、それに合わせて自分まで変わる必要はない。
「ホワイト様はハイドランジアみたいだなって思いますよ」
「ほほほ。何じゃそれは。枯れても綺麗だって?」
「それもまあ、ありますけど」
言いかけたところで、曇り空からとうとう雨が降りだした。先程から雨のにおいがしていたから、適当に帰ろうと言うつもりだったがうっかりしていた。
まばらだった来園客がみな急いで帰るのを他人事のように見つめて、フィガロはホワイトの手をはなすとハイドランジアの影に隠した手に魔法で雨傘を出して開いた。
「どうぞ」
「おお。気が利くのう」
「優しいって言ってくださいよ」
差し出した傘に入りにっこりとご機嫌そうなホワイトにそう返して、彼が濡れないよう大きく傘を傾けた。幽霊も風邪を引くのだ。気を付けてやらないといけない。
「……優しいのう」
「そうでしょう」
そんなわけがない。優しいと思われそうなことをして喜ばれたいだけだ。でも、スノウやホワイトに対してはそういった意識はあまりない。彼らからは優しいと思われなくても、喜ばれなくても構わないのだ。彼らは自分のことを知っているから、今さら見せたい自分などというものもない。
それでも、ほとんどのことは言わないと分からない。
ハイドランジアの花は、花の盛りそのままに色が失せて枯れる。その姿が、なんとなくあなたを思わせる―などとは、言わなければ分からない。
「優しいフィガロちゃん、さっき言いかけてたことが気になるのじゃが」
「……何でしたっけ?」
忘れたふりをして、そっと笑ってみせるフィガロの肩が濡れていくのを、曇り空のもと鮮やかな花たちだけがみていた。
<おわり>
以下tips
青や紫の紫陽花の花言葉は『冷淡』『浮気』『無情』『神秘的』『傲慢』『辛抱強い愛』など
白い紫陽花の花言葉は『寛容』『一途な愛』
何か北師弟っぽいな……(という幻覚)
紫陽花全体には『円満』というのもあって、なんか…妙な刺さり方をしてしまいました、私のなかで。ので、読んでるひとにもおすそわけします
寛容 いまのホワ様は寛容 でも分からない。まだ表に出てなくて観測できていない部分がある気がするので、『円満』というのも見せかけなのかもしれない。これは自分の書いたものへの観測ですが、フィガロはその見せかけに対して、そして枯れた紫陽花の様子をさしてちょっと皮肉った みたいな構図です。でもフィガロはそんなホワイトのために肩を濡らすことができると思うんですよね。優しさじゃなくてたぶん情によって。
tipsじゃなくなってきたので終わります。次はスノ様とオズの話が書きたいです。北師弟、年長者はいいぞ。