一人残らないと先に進めないダンジョンって何なんですか?!3「……お前は、一体、何を望む?」
抑揚のない、淡々とした問いに、男は浮かべていた笑みを更に深くした。
「決まっている。勿論――」
「後生だからこの依頼を受けてくれ」
朝一でギルドを訪れたとあるパーティが見たのは、メンバーの一人・ナパームの土下座だった。
「……私達何度も言いましたよね? ナパームには、特に単独で来た場合決して依頼を見せるなと」
クリスタルが受付を睨みつける。
「そんなこと言われても無理ダスよ~!」
睨まれて半泣きの受付がそう叫ぶ。実際、一度決めたらテコでも動かないナパーム相手に依頼書の束を守り切るのは難しい。恐らく受付は頑張ったのだろうし、他の冒険者が閲覧しているところから目ざとく見つけたのかもしれないので、あまり責めるのも可哀相ではある。
「で? 今回は何じゃ。遺跡発掘の護衛か? それとも墓荒らしか?」
チャージが土下座しているナパームの手から依頼書を取る。
この魔物学者のナパームという男は、曲者揃いの8人の中でも屈指の変人である。そもそも、彼の中では魔物学者という本業――魔王が討伐された平穏な世において、需要のない職業である――も、資金稼ぎの冒険者業も、ある目的のための手段でしかない。
「以前からここは目をつけていて……今度こそ! 今回こそは見つかる筈なのだ!」
古代兵器が!
そうナパームは叫ぶ。この男の行動原理は、古代文明が作ったと言われる兵器を見つけ出すことだ。
「そう言って何度僕達にしょっぱい依頼をやらせたっけ? ねえナパーム」
チャージから依頼書を渡されたスターがそう微笑む。クリスタルにスター、顔が整っている者の怒りは、それ故に怖さがある。
「朝っぱらから人間どもは元気だな……」
ジャイロの肩に止まっている、このパーティのマスコット枠2号・ジュピターが欠伸を噛み殺す。勝手にリベンジの為についてきたが「割と便利」であると判断されてそのままにされている。とは言っても、ちょっとしたことでジャイロと口論以上になることは少なくない。
「ってか……おい、ネプチューン」
肩で依頼書を見たジュピターがウェーブの腕の中のネプチューンにこれを見ろと示す。
「あー……ここは……」
「どうしたの?」
ネプチューンは一瞬考えたものの、口を開く。
「有りますね、古代兵器」
古代文明とは、遥か昔、今のように魔物が存在せず、人間同士で争っていた時代に栄えていた文明の事を指す。現文明とは完全に断絶した、歴史のブラックボックスとも言えるような代物だ。それ由来の物品は現代では有り得ない性能を誇ることが多く、専門で探すトレジャーハンターも存在する。
だが、古代文明は潰し合いの果てに全滅したとの見方が濃厚であり、それの原因となった古代兵器なぞまず残っていないというのが通説である。
だが、ナパームは「古代人が滅びても、耐久力に優れる古代兵器が全滅している筈がない。今も当時の配置場所にて眠っている!」と主張して憚らない。
パーティ一同も、世間と同じくそんなものはないという意見であった。
「アホの世迷い言だと思ってたんだが……」
「お前な、もうちょっとオブラートに包め」
ストーンの咎める声も、ジャイロにはどこ吹く風だ。
結局一行は、ナパームの差し出した依頼書に記されていたダンジョン・地下空洞への道を歩んでいる。無駄足にならない且つ及第点の報酬金額だったので、感情論を抜きにすれば却下できる理由があまりなかったからである。
「でもどうして、この先にあるって知ってたの?」
ウェーブがネプチューンに問いかける。元々ダンジョンマスターであるからして、人間では知る由もない世界の様々の事柄を知っているのは頷ける。しかし、それにしても古代文明の兵器の所在まで知っているとは予想外もいいところだ。
「昔、あの方が『見つかったら戦力増強に使えそうじゃないか?』と各地に調査隊を派遣していたことがありまして」
「……あの方?」
「所謂魔王、その人ですね」
久しく聞かなかった単語に、7人がネプチューンの方を見る。ナパームは只管前しか向いていないし、こちらの話は一切聞いていない。
「私これでも魔王直属ですし、それなりに生きているので。……で、ですね。その調査隊の一つが見つけたのがここなんです」
「でも前回の大戦の時、そんな兵器が出てきたなんて記録は残ってないと思うけど」
気だるげに歩いていたグラビティーが問う。
「流石お詳しい。見つかったそれを解析していくと、人間じゃないと操作が出来ないと判明しまして。壊すにも壊せないし、取られると面倒だから隠しとこう、となってたんですよ」
「そうそう。目隠しの魔術張って、入り口塞いでな。怪しいっちゃ怪しいが、人間なんて単純だから、他のダンジョンが美味いとわかりゃ、こんなとこまで来やしねえ」
「……なんでお前まで知った口聞いてんだ?」
ジャイロがジュピターを胡散臭げに見る。
「俺も直属だぞ」
「……四天王の中でも最弱、とか言うやつか」
「ぶっ殺す!!」
もう見慣れた程度の低い喧嘩を横目に、ウェーブはどこか不安げな顔をしている。
「どうしました?」
「いや……ネプチューンってやっぱり凄いんだなって……」
「肩書や力があっても、貴方にそのような顔をさせてしまっては意味がないんですがねえ……」
くるり、とネプチューンが身を翻す。するとマスコットサイズから元通り――そもそも、最初の巨大な姿と今の人間程度のどちらが本来のものなのか誰も知らない――に変じる。
「貴方の方が凄いんですよ。力でねじ伏せるよりも、ずっと凄いことを貴方は私にしてしまったんですから」
「ネプチューン……」
「……いちゃつくのはもうどうでも良いんですが、せめて邪魔にならないサイズでやってくれます?」
白けたクリスタルの声も、一人と一匹には届かない。
随分と賑やかになったものだと呆れつつ、一行は下へ続く緩やかな坂道を降りていくのだった。
そうして、野宿をしつつ2日ほど下った頃、遂に目的地へと辿り着いた。光なぞ届かない地下であるに関わらず、ぼんやり明るい。
「おお、劣化しているが古代の照明技術だ!」
ナパームが嬉しそうな声を上げる。元々あまり見目に頓着しない彼だが、この2日はろくに寝れてもいないようで、更に酷いことになっている。街にいたら通報されるタイプのヤバさだ。
流石に何があるか分からない暗闇に解き放つわけにもいかないので、ストーンが押さえつけている間にグラビティー・スター・クリスタルの3名で照明魔法をばら撒く。
「あー……」
「これは」
そうして空洞が野外程度に明るくなると――確かにそこにはあった。古代兵器、としか言えそうにないものが。
恐らく金属と思われる巨大な外殻に、大小様々な砲身。一対腕のように可動するのであろうものもある。こんなものが魔王側に取られていたら、人間側には勝ち目がなかったかもしれない。
「素晴らしい!」
解放されたナパームが古代兵器に走り寄る。危険極まりないが、今の彼を止められる者は誰もいない。
「全く素晴らしい! 数少ない文献にあった特徴と一致する素材と見た目、多数の砲身も現在使用されている魔具以上、いや足元にすら及ばないものだと一目瞭然だ! ……うむ? もしや下部が埋まっている? ならばまだ見ぬ構造が……!?」
ヒートアップするナパームを横目に、7人は今後の相談を始めた。
「で、どうするんじゃこれから。依頼書にあった納品物はここには無いようだが」
「深度が足りないんじゃない? あれって結構深いとこじゃないと採れなかったような」
「まだ歩くの? ちょっとクリスタルさ、移動陣とかないのか占って」
「私の占いは盗賊のスキルとは違うんですが……。でもそうですねえ、やりますか」
クリスタルが呪文――何故か毎度違うし、時折謎の動作が入る――を唱えながら、透き通った水晶玉を覗き込む。彼以外ではただの水晶玉に過ぎないのだが、彼はそれから何かを読み取っている。それは曰く「神の示す最善」だそうなのだが、彼が何かを信仰している様子は全く無い。
「……出ました。有ります」
「あるのか……」
「ただ、どうやら……今は稼働していないらしくて……?」
「稼働? もしかして」
7人が古代兵器の方を見る。好き勝手にされているが、動く様子はない。よくよく見ると、地面に何やら紋様のような線が多く引かれている。それらは全て、古代兵器の方へと集まっていた。
「それっぽいな……。だが、どうする? あれって起動していいもんなのか?」
「さあ。というか、どう考えてもそのうちナパームが動かす。絶対やる」
容易に想像が出来る未来に、7人が項垂れる。下手をしたら全員崩落で死亡という事態になりかねない。だが、これ以上労力をかけるというのも御免被りたい、というのが正直なところである。
「まあ、なるようになります。多分。今回もバッドイベント無しですから。多分」
「二言目には多分つけないで欲しいんだけど……」
「まあまあ、崩落しても私とジュピターに魔力を回していただければ脱出は出来ますよ。ですからウェーブ、心配なさらず」
「君がそう言うと、ウェーブだけは大丈夫なんだろうなって思うね」
グラビティーの呟きにウェーブ以外は声に出さず同意しつつ、7人は古代兵器へと近づく。遠目から見ても迫力があったそれは、近づくと更に威圧感がある。
「ナパーム、おい、それ起動できそうか」
「……んん、起動? 勿論するつもりだが?」
「ならちゃっちゃとやっとくれ。それで移動陣が起動するらしいんでの」
「移動?」
「依頼の内容を君が覚えているわけがないよね……。深地鉱石はもっと下じゃないと出ないだろう?」
「……?」
「コイツ、マジで何にも覚えてないぞ。とにかく、俺達は奥へ行く。お前は……残るよな、まあ」
「何故移動する必要が?」
予想通りの返事に皆呆れつつ、起動を急かす。一体どうしたら起動するのか検討もつかない代物であったが、どうやら現代の魔具と似たようなものらしい。ナパームは延々とその理論だの何だのを述べていたが、慣れた一行は全てを聞き流している。
そうして暫く試行錯誤の後、魔力を注ぎ込まれ起動した古代兵器とそれに繋がる線上に赤い光が走る。それの中から移動陣らしきものを見つけ、ナパーム以外のはそれで更に深層へと向かってゆく。
さて観察と分析を再開しよう、と向き直ったナパームが動きを止める。先程まで微動だにしなかった古代兵器が「こちらを見ている」
無論、起動したのだから動くのは当たり前といえば当たり前だ。だが、魔具にしろ古代兵器にしろ、魔力と共に命令――主に呪文という形で行う――を与えてやらねば動作はしない。先程の起動は魔力を流しただけで、命令は一切行っていない。
「……お前が、俺を再起動させたのか」
抑揚の少ない、淡々とした低い声が発せられる。
「しゃべ……った?」
勿論命令なぞ与えていない。つまりこれは、古代兵器が自立思考を有しているのだとナパームは気づいた。
「喋るとも。そうか、また俺の出番という訳か。人間は懲りん」
「……?」
「当代の使用者、まずは聞こう」
何を望んで、俺を起こした?
そう、古代兵器は問いかけた。
「――連れ帰りたいので手伝って欲しい」
たんまりと納品物を持ち帰ったパーティが見たいのは、デジャヴのあるナパームの土下座だった。
「犬猫じゃないんですから……」
頭痛を覚えながらクリスタルが声を絞り出す。多少予想はしていたが、本当にやられると文句すら出てこないものである。
「だがここに一人残していくなど」
「無茶を言うな。下埋まっとるんじゃろ? 掘り出して動くように整備してなんて、それこそ発掘の専門家でも連れて来んと無理じゃて」
「けれど」
「そもそも掘り出して大丈夫なのか? 今度こそ崩落とか」
「しかし」
「というか、荷物増えてるし登りになるしで、今から出発しても依頼期限ギリギリでしょ?」
「そんな!」
悲嘆に暮れるナパームの肩に何かが触れる。振り向くと、何か金属製のものが浮いている。
「これでどうだろう」
古代兵器と同じ、抑揚のない声だ。
「これは、一体?」
「ビット……偵察用の小型端末だ。これならお前に同行できる。……お前の望みは『共にいること』なのだろう?」
「!! なんという……ええと……」
「俺の正式名称は長い。頭文字を取ってMARS、マースと呼べ」
「ありがとう、マース殿!! ひひ、これで四六時中……一緒……」
「勿論この場への即時帰還機能も追加しておいた」
「なんというお心遣い……! それならば時間はかかるだろうが、地上へお連れ出来そうだ!」
どうやら元気になったナパームを横目に、グラビティーがそっと彼のステータスを見る。
「……『最後の破壊権利者』ねえ。確かにアレの持ち主?ってことになればそうなんだろうけど……」
まあ、そんな真似はしないのだろうな、と皆知っている。
なにせ古代兵器に、その武装に興味はあっても、それで世界征服がしたいなんて微塵も思っていない男なのだから。