だから今、この世界で「オレ、ラズベリーパンケーキセット、アイスコーヒーで」
「ぼくも彼と同じものを。飲み物はホットカフェオレでお願いします」
かしこまりました、と軽く頭を下げ、店員が去って行く。テーブルの向かい側のソファ席でカブさんがほっとしたように息を吐いた。
「疲れちゃいました?」
水の入ったグラスを手にしたカブさんは、ううん、と首を振る。
「とても楽しかった。映像がすごくて少し目が回っちゃったけど」
ふわりとした笑顔に今度はオレがほっとして息を吐く番だ。映画館を出てからカブさんの口数が少なくてちょっと、かなり心配だった。退屈だったかな、チョイス間違ったかな、と内心冷や冷やしていたのは内緒だ。
「別の世界があんなにたくさんあったら、色んなぼくもいるのかな、って考えてたら頭もぐるぐるしちゃったよ」
なにそれ可愛い。だからカフェに来るまでずっと難しい顔してたのか。にやけそうになる顔を必死で抑え、
「色んなカブさんって、例えば?」
興味本位で聞いてみる。うーん、と目を宙に泳がせ、カブさんは楽しそうに笑った。
「みずタイプのポケモンでバトルするぼくとか」
「青いユニフォームで?」
「うん、そう」
「意外と似合うかも」
「でんきタイプも試してみたいなあ」
なんでもまずポケモン基準なのがカブさんらしい。
「カブさん自身に変化は?」
「女の子のぼくとか?」
「あ、それめちゃくちゃ見てみたいです」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「あとは……キバナくんより年下のぼくとか」
「うっわ」
待って、それはちょっとヤバイ扉が開いちゃう。見せられない顔になりそうで、さりげなく、それでいて素早く手で顔を押さえる。
「破壊力すご……」
「ん?」
「いえ、なんでも」
笑顔を作り、それから?と続きを促すと、カブさんは恥ずかしそうに肩をすくめ、
「チャンピオンのぼく、とか、どこかにいたりするのかな」
なんてね、と茶化すように、照れたように言う。
「未来にいるかもですよ。この世界の」
オレがそう言うと、カブさんは一瞬目を丸くして、穏やかに目を細めた。
「うん、……ありがとう」
「まあその前にオレが王座かっさらいますけど」
「言ったね、負けないよ」
「上等」
目を合わせ、二人で笑う。
そうしているうちにパンケーキと飲み物が運ばれてきて、オレは写真を撮り、カブさんは早速生クリームとソースとパンケーキを一口頬張り、目を輝かせた。
「分岐点、っていうのがあって」
パンケーキの皿を空にし、コーヒーを飲みながら、オレはテーブルに指を置く。
「そこを基準に色んな世界が生まれていくんです。イエスノーの答えで結果が分かれるフローチャートみたいに」
カブさんもカフェオレの入ったカップを持ちながら、うんうん、とオレの説明に頷いてくれている。
「例えばカブさんがカフェオレじゃなくてハーブティーを頼む世界とか、オレが映画を観た後にカフェじゃなくてがっつり肉とか食べられるレストランに誘う世界とか」
「それだけで世界が変わってしまうのかい?」
「今からカフェに車が突っ込んで来たとして、レストランに行ってたらケガとかしないで済みますよね?」
「ああ、なるほど」
「何も起こらない場合もありますけど、もしかしたら些細な選択が未来や世界自体を大きく変えるかもしれない」
こく、とカフェオレを飲み、カブさんが感心したように息を吐く。
「ぼくがガラルにいない世界もあるのかな」
「……あるかも」
あまり考えたくないけれど。
あなたに会っていないオレなんて想像がつかない。想像したくもない。
「今、ここにぼくがいるのは、たくさんの選択の結果の一つなんだね」
真剣な顔でカップを見つめている。映画の話から随分と真面目な話題になってしまった。笑い飛ばしてもいいけど、オレはカブさんのこういうところがとても好きで、この時間を大事にしたいと思っている。この時間を、この世界を、今を、大切にしたい。
「どうしても変えられない分岐点もあるんです。あの映画だと主人公のおばさんが亡くなるのがそれ」
首を傾げるカブさんに、
「主人公のおばさんはどの世界でも死ぬことになってるんです。おじさんのときもあるけど、どの世界でもあの人は絶対に死ぬ」
そう言うと、わかりやすく顔が曇る。
「そういうの、オレやカブさんにもあるのかな、なんて」
「……例えば?」
「カブさんは絶対ガラルに来ないといけない、とか」
「君は絶対にジュラルドンくんを手持ちにするとか?」
「そうそう」
笑って見せると、カブさんも少し表情を和らげてくれた。
「そうだね、ぼくは多分、絶対に、ここに来たと思う」
穏やかな眼差しをわずかに下に向け、口元は優しく微笑んでいる。
「ここにいないぼくなんて、想像できないから」
うん、オレも。さっき同じことを思ってた。あなたがここに来てくれて、今ここにいてくれて嬉しい。
だから、オレは。
「カブさん」
名前を呼ぶと、すぐに顔を上げて視線を合わせてくれる。嬉しい。あなたがここにいてくれることが、こんなにも嬉しい。
だから。
「今から世界、分岐させるね?」
きょとん、と丸くなった目を真っ直ぐに見つめ、
「あなたが好きです。オレのこと、カブさんの特別にして?」
ほどよくざわつく店内で、他の人には聞こえない声で、確かに届いたその言葉は、
「イエスノー、どっちでもいいよ」
オレとあなたをどちらの世界に連れて行くのだろう。
固まった後、瞬きをしたカブさんが口を開くのは約十秒後。
世界はそこで、分岐する。