白虎と獅子の聖夜「……はぁ……」
静寂な室内に本を閉じる音と深いため息が響き渡る。
——やはり、行くべきだっただろうか。
……今更後悔しても遅い。
『酒は飲まん』
『貴様の自堕落に付き合うつもりもない』
と断ったのは他でもない俺自身だ。
独りは慣れてる。
……そのはずだった。
だが、これほど寂しく、寒い夜は久々だった。
なぜか、あいつが恋しかった。
「……白虎……」
思わず、口にしてしまう。
「なんだぁ?呼んだかぁ?」
そう、いるはずのない、あいつの名を——
「相変わらずシケた面してやがんなぁ……」
————
?????
「なッ!?はあ!?!?
まさか白虎!?白虎なのか!!?」
飛び跳ねるように立ち上がり、声の主へと視線を向ける。
「おう。ま、今は白虎じゃねえ。
正確には……サンタ!トナカイ!白虎だッ!!
覚えとけよぉ?」
白い被毛によく映える、目の醒めるような赤を基調とした衣装を纏った白虎はしたり顔でそう名乗ると、ニッと牙を見せて笑う。
——着崩し過ぎて隆起した大胸筋や腹筋が丸見えだし頭にはトナカイらしき角も確かにあり、ツッコミどころしかない格好だが……
今はそんなことよりも——!
「な、なぜ貴様がここに!?
パーティはどうした!?
どうやってここに入った!?」
「あぁ〜?んなもん簡単だろーが。
俺は、サンタだからな……。
プレゼントが欲しい奴らのいる場所ならどこにだって入れちまうんだぜ?」
白虎はそう言うと得意げに鼻を鳴らし、頭や胸の被毛についた雪を落としながらにじり寄ってくる。
「答えになってないだろう!!
それに、俺は別に……プレゼントなど……
貰う歳でもないし、欲しい物など——」
「はっ、よく言うぜ……。
恋しそうな声で俺を呼んでたのはどこのどいつだよ?」
「ぬ!?ぐうぅっ……!」
白虎の指摘に反論できず、歯嚙みする。
急激に顔が熱くなり、視線を逸らしてしまう。
「ったく、ほんとにてめえは——」
「——ングッ!?」
顎をすくわれ、強制的に白虎と視線が交わる。
琥珀色の瞳に吸い込まれ、逃げ場をなくした俺に白虎が顔を寄せてくる。
「意地っ張りで素直じゃねえ。
そのくせ寂しがり屋ときたもんだ。
めんどくせえ奴だよなぁ?」
「う、うるさい……!
貴様に言われたくは——!?」
白虎から漂う酒気を帯びた吐息に思わず身体を硬直させる。
どうやら相当強い酒を飲んできたらしい。
道理で——
「そんなてめえに『とっておき』の——ガキには渡せねえ、てめえにしか渡せねえプレゼントがあんだよ」
先程から口が軽い。
「白虎……!
待っ、てくれ……!」
思わず距離を取ろうとするが、逃さんと言わんばかりに白虎の手が後頭部に回され、引き寄せられる。
「今夜だけの『とっておき』だからな。
悪りぃが再配達は受け付けてねえんだ。
……黙って受け取れや」
揶揄される時の、いつもの意地が悪そうな笑みだが、酒で赤らんだ頬と熱を帯びた琥珀色の瞳が雄々しさを際立たせ、思わずドキリと鼓動が高鳴る。
「メリー・クリスマス。
——愛してるぜ?マグノス」
聞いたことのないくらい甘く、優しい口調で愛を囁かれ、熱のこもった瞳が俺を射抜く。
「なん——ッ!?」
直後、そっと引き寄せられ口を塞がれる。
酒気を帯びた舌が荒々しく口内を蹂躙し、溢れ出す唾液が口の端から滴り落ちる。
「ッはぁ……っ!ん…、む……っ!」
息をする間もなく、牙の間を縫って入り込んだ舌に己の舌を絡め取られ、強く吸われる。
歯茎や舌の裏も余すところなく舐め尽くされ、ぴちゃりという水音が脳内に響き渡り、ぞくりと背筋が震え、尻尾の毛が逆立つ。
鼻腔にアルコールの香りが充満し、身体が芯から熱くなっていく。
酒は嫌いだが、今は……不思議と嫌な気分にはならなかった。
俺は無意識のうちに白虎の舌に積極的に自らの舌を絡める。
それに気を良くしたのか、白虎もそれに応えるようにより深く口付けてきた。
自然と身体が密着し、白虎の分厚い胸板から伝わる鼓動の高鳴りに同調するように自身の心拍数が上がっていく。
腰が砕け、思わず白虎の背に腕を回すと、そのまま強く抱きしめられる。
先程まで外にいたとは思えない白虎の身体の暖かさがじんわりと全身に広がる。
互いの鼓動が重なり合い、身体が一つに溶け合っていくような錯覚に陥る。
不思議な高揚感に包まれながらも夢中で舌を伸ばす。
いつまでそうしていたか……
「ッ……はぁ……っ!はあっ……!」
やがて、熱い吐息と共に口が離れ、銀の糸を引く。
完全に蕩けきってしまった俺の表情を満足げに眺めた白虎は、最後に唾液で濡れた口端をぺろりと舐め取った。
荒い息を繰り返しながら見つめ返す俺に、白虎はニッと牙を見せて笑う。
「今のてめえにピッタリのプレゼントだっただろ?」
「……正直、理解が追いつかん。
実はあの平行世界の白虎と入れ替わっているのではないか?」
「ンなわけねーだろうが!
あいつと一緒にするんじゃねーよ!
つーか、思い出させんなよ……」
不服そうに口を尖らせる白虎に思わず笑いが込み上げる。
不満なわけではない。
むしろ、満たされた気分だった。
そんな俺の心情を察したのか、白虎はふっと優しく微笑む。
「シケた面なんざごめんだからな。
言っただろ?今夜だけの『とっておき』だってな。
……言わせろよ、そんぐらいはよ」
顔を背けながらそう言い切ると、白虎は強引に俺を抱き寄せる。
尻尾まで背に巻き付け、何かを示すように。
「そう、だな……。
そんな日があっても……良いだろう」
下手な照れ隠しに苦笑しながらも、俺はそれに抗うことなく白虎の胸元に顔を埋める。
——素直じゃない白虎がくれた、俺にしか渡せない『とっておき』のプレゼント。
ならば俺もそれに応えよう。
俺にしかできない、俺だからできることで——。
「白虎」
「あぁ?」
名を呼び顔を上げ、白虎の目を真っ直ぐに見つめる。
僅かに眉根を上げ、俺の目を覗き込む白虎から目を逸らさずに口を開く。
「貴様が……欲しい」
「……上等じゃねえか」
白虎の双眸に獰猛な光が宿る。
その瞳に射竦められ、ぞくりと身体が疼く。
「どうなっても知らねえぞ?」
琥珀色の双眸を細め、牙を見せつつ笑みを浮かべる白虎に、俺も応えるように獰猛な笑みを向ける。
「望むところだ。
……貴様こそ、簡単に俺を満たせきれると思うなよ?」
俺がそう言い放つと、白虎は情欲を滲ませたような笑みを浮かべ、俺を抱き抱えると乱暴にベッドに投げ飛ばす。
コートと帽子を雑に脱ぎ、投げ捨てた白虎はすぐさま俺の上にのしかかる。
「言うじゃねーか。
なら、お望み通り、たっぷりくれてやるよ。
俺が満足するまでトブんじゃねえぞ?」
そう言い放ち、俺の口を乱暴に塞ぐ。
獣じみた、貪るような口付け。
それに応えるように、俺は白虎の背に腕を回す。
白虎の温もりが、俺の気鬱と孤独を溶かしていく。
——だが、今夜はもう眠れそうにない。
俺たちだけの『とっておき』の夜は、まだ始まったばかりなのだから……。