恋は空模様のように最初に気付いたのは……
あいつの焼いたクッキーを食ってた時だ。
味はまぁ、いつもと変わらねえ。
旨かったな……。
だが、どう考えても量が多過ぎた。
「ちょっと作り過ぎちゃって……」
なんつってたが、“ちょっと”どころじゃねえ。
“めちゃくちゃ”作り過ぎてんだろ。
おやつのクッキーをどんぶりで出して来て、2回も「おかわり、いる?」じゃねーよ!
……まあ、残さず全部食ってやったが……。
挙げ句の果てに、食うに食った後に淹れてくれた紅茶がしょっぺえときたもんだ。
堪らず文句の一つでも言ってやろうかと思った直後、皿の割れる音が響き渡る。
咄嗟に音の方向に振り向くと、あいつの足元に割れた皿が散らばっていた。
幸い怪我はねえようだが……。
クッキーを焼き過ぎる。
紅茶に塩を入れる。
皿を割る。
——どう考えたって異常だろ。
明らかに様子がおかしい。
「ご、ごめん……すぐ片付けるから」
そう言って苦笑するアルクの目からは、今にも涙が溢れそうになっていた。
思わず言葉に詰まったが——
「おいバカ!危ねえだろ!」
割れた皿の破片に素手で触れようとするアルクに気付き、咄嗟に腕を掴み引き寄せる。
「——ッ!」
ハッと我に返ったように顔を上げたアルクと一瞬目が合うが、すぐに視線を逸らされる。
……なんだってんだ?
「……お前、疲れてんだよ。
俺が片付けとくからよ……ちょっと休め」
「……うん」
いつもなら「いや、でも……」だとか
「大丈夫、僕がやるから」だとか言うはずのアルクが、俺の言葉に素直に頷くと、とぼとぼと食堂を出て行く。
……マジで、どうしちまったんだ?
割れた皿を片付けながら、あいつのらしくねえ様子に頭を捻らせたのが……2週間ほど前だったか?
それからは、傍から見りゃあ普段と大して変わらねえ。だが、ステラやライトと笑い合いながらも、俺と2人切りになるとどこかよそよそしい。
それが日に日に悪化して……
目すら、合わせなくなっちまった。
目を合わせようもんなら、慌てて逸らしやがるしよ……。
他愛もねえ話は普段通りするし、あいつはいつも通り振る舞ってるつもりなんだろうが……バレバレなんだよ。
——気に入らねえ。
もう、我慢がならねえ……!
芝生から身体を起こし、首をコキコキと鳴らす。
いつまでもウダウダと考え込んでんのは性に合わねえしな……。
——言うつもりがねえなら聞き出すまでだ。
芝生を割り、足を踏みしめながらゆっくりと立ち上がると、アルクの匂いがする方へと足を進めた。
……空は、いつの間にかどんよりと曇り始めていた。
◆◆◆
「——おい」
食堂の扉を開け、アルクに声を掛けると、ビクリとその肩が跳ね上がる。
「……もうお腹空いちゃった?
ごめん、まだもう少し時間がかかりそう……で——シロ?」
振り向き、苦笑混じりに答えるアルクに応えずにズカズカと歩み寄る。
「お、お酒かな?昼からはちょっと——」
「——なあ。
それ、いつまで続けんだよ」
「え……?」
少し怒気を含ませ問う俺に、アルクが目を見開く。
「な、なにを……?」
「お前な……。
嘘も大概にしろよ?」
アルクの肩を掴み、ぐいっと顔を近付け
睨みつける。
「べ、別に嘘なんて——」
一瞬、アルクの顔に動揺の色が浮かび、咄嗟に視線を逸らされる。
「目ぇ逸らすんじゃねえよッ!!」
「——ッ……!」
この期に及んで隠そうとした事に苛立ちが募り、つい怒鳴り声を上げてしまう。俺の声にビクッと肩を震わせて怯えたような表情を見せるアルクに、慌てて手の力を緩める。
……落ち着け。
怖がらせてどうする……!
フゥーッ、と深い溜息を吐くと、ガシガシと頭を搔きアルクから手を離す。
「ご、めん……」
俺が口を開く前にアルクが小さく呟く。
——そうじゃねえだろ……!
「……なんの、『ごめん』だよ。
お前に謝ってもらう事なんてねえよ。
ただな——」
俯いていたアルクが顔を上げ、俺の言葉に耳を傾ける。
「『いつも通り』を装うのはやめろ。
……見てらんねえんだよ、その面」
真っ直ぐアルクの目を見据え、そう告げた直後——
「あ……」と声を漏らしながら、アルクの目から大粒の涙が溢れ、頰を伝って流れ落ちる。
「お、おい……!
何も泣くこたねえだろ……!」
狼狽えながらポケットを漁るが、ティッシュやハンカチなど気の利いたものなんぞ持ち合わせちゃいない。
「ごめ、ん……!」
「あぁクソッ……!謝るんじゃねーよ!」
「ちが、う……!ちがうんだよ……!
シロは……っ……わるく、なくて……!」
喉の奥から込み上げる嗚咽を飲み込み、涙を拭うアルクが何かを伝えたい事に気付き、口を噤む。
——俺が動転しちゃあ、いけねえよな……。
「……落ち着け。ゆっくりでいい」
そう告げ黙って見守る中、涙でグズグズになりながらもようやくアルクが口を開く。
「シロが嫌いになった訳じゃないんだよ……!
ないんだけど、でも……
それが、なんなのかわから、なくて……」
たどたどしく、しかし必死に言葉を紡ぐアルクに黙って頷きながら、震える背中を叩いてやる。
ぐすっ、と鼻をすする音と共にアルクが顔を上げる。
「ンなこたぁわかってるよ。
……大丈夫だ、話してみろよ」
不安に揺れるその瞳をしっかりと捉え、努めて優しく声をかけ、続きを促してやる。
「……シロの、匂い」
「……あぁ?」
——匂いだぁ?
予期せぬ言葉に、眉間に皺が寄るのを感じる。
「その、普段のシロってさ……
獣臭いと言うか、野生的と言うか……
正直、ちょっと臭いかなって思う事があって——」
——おい!
と言いかけるが、以前も『獣臭い』と言われた事を思い出し再び口を噤む。
……言うほど臭えか……?
「えっと……シロの匂いが嫌いな訳じゃなくて……。
むしろ落ち着くし、安心する……」
脇のニオイを嗅ぐ間抜けな俺をフォローするように、アルクが苦笑混じりにそう呟く。
……その紅潮した頰と、潤んだ瞳に混じる色に妙な胸騒ぎを覚える。
——こいつのこんな目は、今まで見た事がねえ。
「………」
——いや、まさかな。
「でも、最近のシロからは……
変わった匂いがしてさ。
ステラは『良い匂いです』って言うし、ライトも感心してたけど……」
——『いつもの俺の匂い』と
『変わった俺の匂い』……?
戸惑いながら言葉を選び、話すアルクが何を伝えたいのかようやく理解する。
——そう、か……。
気付いてたんだな。
「……違うよね?
だって、星見の街にはない高級そうで、甘いシャンプーの匂いなんて……シロらしく、ない……」
そこまで言い切り、言葉に詰まりながら震える唇を噛み締めるアルク。
俯きがちのその瞳には、再び涙が溜まり始めていた。
——『らしくない』、か……。
何で、気付いてやれなかったんだ……!
こんな側で、苦しんでたっつーのに……
俺は——!
「……やっぱり、変……だよね?」
拳を握り締め、黙る俺に不安を覚えたのか、アルクが顔を上げる。
「いや——」
そこで言い淀み、口を噤む。
——その先を、言ってやるべきなのか?
応えて、やるべきなのか……?
「おかしいんだよ……!
自分でも、変だって思うんだ……」
再び、堰を切ったようにアルクの目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「シロが、誰と会って何をしてようがシロの勝手、なのに……。シロ、から……っ……知らないニオイがする度に、胸が張り裂けそうになって、苦しくて……!」
——応えて、どうする?
その先は、どうなる?
嘘で塗り固めた関係なんざ、ごめんだろう?
「そんな自分が、嫌、でっ……!
意味が、わからなくて……!」
——そうだ。
俺もこいつも、それは望んじゃいねえはずだ。
しゃくり上げる度に跳ねる肩と、震える身体を必死に抑えながら、それでも言葉を紡いで行くアルクに……俺は何もしてやれず、ギリッと牙を噛み締める。
「シロは仲間で……ッ……友達なはずなのに、でも、止まらな、くて……!
どうしたらいいのか、わかんなくて……!」
——なら、どうする?
俺はこいつに……なにをしてやれる?
泣きじゃくり、涙で顔をぐしゃぐしゃにするアルクに自分でも制御できない感情が沸き上がり、爪を掌に食い込ませる。
——頭で考えたって、わかんねえよ。
こいつの望むものに、俺が応えられる保証もねえ。
……だが、それでも俺は——
「こんな気持ち、まちが——ッ!?」
——こいつのシケた面を……
これ以上、見てなんざいられなかった。
どう声をかけりゃあいいかなんてわからねえまま、自然と身体が動いちまって……気付けば、その言葉を遮るようにアルクを引き寄せていた。
「……っ、シ、ロ……?」
狼狽するアルクの背と腰に手を回し、その身体を包み込むように抱き締める。
小刻みに震えるその身体はいつもより小せえように感じ、少しでも力加減を間違えれば砕けちまいそうで……それが、今のコイツの心そのもののようで——。言葉の代わりに心臓の音を聞かせるようにしながら、背中をそっと摩ってやる。
「……アルク」
ようやく発した声は、自分でも驚く程に静かなものだった。
俺の腕の中に収まったアルクがビクッと身を震わせるのがわかり、その強張る身体を解きほぐすように軽く背中をポンポンと叩いてやる。
——俺は、大馬鹿野郎だ。
こいつを、守ってたつもりが——こんな、傷を抉るような真似までしちまって……。
「……悪かった」
「——っ! なんで……!
なんでシロが謝るんだよ……!
シロの方こそ、謝る必要なんか……っ……
ないじゃんか……!」
「……そうかもな。
だがよ……こうすりゃ、落ち着くんだろ?」
嗚咽を漏らしながら俺の胸を力なく叩くアルクを宥めるように、深く胸元に押し付けてやる。
「——ッ! ——っ……、ぅ……!」
アルクが息を詰める気配が伝わってくる。
俺の胸元に頭を埋めたまま小さく肩を震わせるアルクの背中をそっと撫で続けてやると、次第にその嗚咽も落ち着いていき、アルクの身体から力が抜けていく。
「……うん。
なんで、かな……?安心、する……」
胸元に寄りかかったまま、そう呟くアルクに
「そうだろ?」と笑い掛けてやると、アルクも顔を上げ、頷きながら笑みを返す。
「その気持ちに、嘘はねえんだな?」
俺の言葉に、アルクがこくりと頷く。
頰を赤らめながらも、じっと上目遣いに俺を見据えるその眼には、嘘の色はない。
「……なら、お前は間違ってねえよ。
『そいつ』をどうするかは、お前が決めることだけどな?」
意地の悪い笑みを浮かべ、挑発するようにそう告げてやるとアルクの頰に赤みが増し、視線が泳ぎ始める。
「なに、言ってるのか……わかんないよ……」
「……そりゃ、わかるように言ってねーからな。
……だがよ、もうてめえの嘘で誤魔化すのも、やめにしようぜ?」
俺の言わんとする事の理解半分、戸惑い半分といった顔のアルクにニヤリと笑いかけ、指先で軽くその額を弾く。
「——いてっ!?」
「ほれ、もう喉まで出かかってんだろ?
さっさと吐き出せよ」
そう言って、強情なコイツが逃げちまわねえように強く抱き寄せ、透き通った青い瞳を覗き込む。
「うぅ……」と唸り、暫く視線を彷徨わせた後——俺の眼を見つめ返しながら、アルクが小さく口を開く。
「……側に、いて欲しい。
は、離れないで……欲しい……」
耳まで真っ赤にしながら、小さく、自信なさげに声を震わせるアルクに、思わず笑みが漏れちまう。
「ンだよ、それだけか?
……ったく、お前は本当に欲がねえなあ?」
「そんな——ッ!?」
揶揄い混じりの俺の言葉に抗議の声を上げようとするアルクの頭を、胸に引き寄せ強引に黙らせる。
「バカがよ……!
ンなもん、てめえに言われるまでもねえよ」
そのまま包み込むようにアルクの身体を抱き寄せてやると、それだけでアルクから伝わる鼓動が早まり、縋り付くように泣きじゃくり始める。
だがそれは先程とは違う、嬉しさを含んだ涙だと……その面を見ていなくともわかる。
降り頻る雨音と嗚咽が、静寂な室内を支配する。
……耳に残るその音と、胸にこもる熱い感情に身を委ねながら、俺は——ただひたすらに、アルクを強く抱き締め続けた。
——多分、間違ってるのは俺の方だ。
こいつの望み通りにしてやれる保証なんてものもねえ。無責任かもしれねえ。
だが、例え間違ってようが……シケた面のダチを黙って見過ごせるほど、俺は器用じゃねえんだ。
ただ、こいつの側に居てやりたかった。
……それだけだ。
◆◆◆
次に気付いたのは……
またあいつの焼いたクッキーを食ってた時だ。
味はまぁ、いつもと変わらねえ。
旨かったな……。
量も……普通だな。
「ちょっと作り過ぎちゃって……」
なんつってたが、特別多くはねえな。
……先週、もう見るのもうんざりするくらい食わされたからな……。
紅茶も普通に旨え……。
俺好みの、いつもの味だ。
ま、普通が1番だ、普通が。
普通と言えば——あの日以来、あいつも
『いつも通り』に戻ったな。
——いや、まあ……
元通りっつー訳でもねえんだが……。
紅茶を飲みながらそいつに視線を向けると、案の定目が合う。慌てて目を逸らしたかと思えば、暫くしてまたこっちを窺うように視線だけ寄越してくる。
シケた面してるよかよっぽどマシなんだけどよ……。目の色が変わったっつーか……。
……なあ?
ステラとライトがいねえ日に、中途半端な時間に俺を起こし特別多くもねえクッキーを食わせる。
——要するに、こりゃただの口実だ。
ったく、焦ってえことしやがって……。
しょうがねえなぁ?
「——おい、アルク」
「——ッ!? な、なに……?」
俺の声にビクッっと跳ね上がり、妙に裏返った声で返事をするアルクが面白くて仕方ねえ。
……まさか、バレてねえとでも思ってたのか?
「その皿、いつまで拭いてんだよ」
笑いながらそう告げると、ハッとして皿を拭く手を止める。
「やあ、ちょっと今夜の献立を考えててさ……」
如何にも取り繕ったような返事をしながらそそくさと皿をしまうアルクにニヤケ面が抑え切れず、つい揶揄いたくなっちまう。
「なら、肉にしようぜ、肉。
久々にアレが食いてえ。
あー、なんだ?肉がどっさりのった丼のヤツ」
「……アレ?あぁ、『アレ』ね!
アレかあ……。うーん……。
それを作るには……ちょっと、足りないか?」
——とかなんとか思案するアルクに口角が上がるのを感じ、席を立つ。
「うし、なら買い出しに行こうぜ。
付き合ってやるよ」
「へ?今から??——うわっ!?」
ようやく俺の接近に気付いたアルクが驚き距離を取ろうとするが、意に介さず手を伸ばし、肩を寄せる。
「おう。——『2人っきり』で、な?」
「ふたっ——!?」
耳元に息を吹き掛けるようにそう囁いてやると、露骨に動揺し足をもつらせる。
「——おっと。
おいおい、気を付けろよな?」
そのままバランスを崩し、すっ転びそうになるアルクの身体を苦笑しながら抱き止めてやる。
「ご、ごめん……」と呟き上げたその面は、あからさまに俺を意識しているのが丸わかりで可愛くって仕方ねえ。
「……いや、って言うかさ!
シロが変なこと言うからじゃん!」
クツクツと喉で笑いを堪えている俺に気付いたのか、アルクが俺から離れようと腕の中でもがく。
「あぁ〜?どこが変なんだよ。
2人で買い出しに行くなんざ
『いつも通り』のことだろ?」
揶揄うように鼻で笑い返し、顔を覗き込んでやる。
「〜〜〜ッ!!!いや、そうだけど!
そうだけどさあ……!」
茹蛸みてえに顔を真っ赤にして、拗ねたように目を逸しながらぶつくさと呟くアルクに、また自然と笑みがこぼれちまう。
——つい揶揄い、弄り倒したくなっちまう、俺好みの面だ。
「ったく、まだるっこしいことしやがってよお……」
それを誤魔化すように溜息を吐き、ぐいっ、と抱き寄せる。顔面が俺の胸にぶつかり、「んぶっ!?」とくぐもった声を漏らすアルクに口端が上がるのを感じる。
——多分、今の俺は相当悪りい面してんだろうな……。
「最初から素直に言えってんだ。
——ほれ、これで良いんだろ?」
抱き竦めながら耳元でそう囁いてやると、ビクッっとアルクの身体が跳ねる。
——図星かぁ?
「し、シロに言われたくないし!
って言うか、臭いよ!?」
「あぁ〜?一昨日入ったばっかだぞ?」
「毎日入ってくれないかな!?」
あーだこーだと文句を垂れながらじたばたと腕の中で暴れるが、少し力を込めてやると途端に大人しくなりやがる。
本気で嫌がってねえのはバレバレだってのに、往生際が悪りぃ。
「『シロの匂いが嫌な訳じゃない』
『落ち着くし安心する』——だったか?」
「な、なんで一語一句そのまま覚え——!
い、いや!言ってないし!
捏造だろ!?もう!離してよ!!」
「ほぉ〜?そーかそーか。
なら、『側にいて欲しい』っつってたのも……
俺の捏造か?」
慌てたように顔を上げ反駁するアルクに、ワザとらしく首を傾げながらそう返してやる。
「ッ〜〜〜〜!!」
その瞬間、羞恥心が臨界点を突破したのか、耳まで真っ赤にしながらぷるぷると震え出す。
「うるさいバカ!!
バカ!バーカ!!!」
「へいへい……悪かったよ」
俺の胸をポカポカ叩き出しガキみてえにキレ散らかすアルクを宥めるように抱き寄せながら、頭をポン、ポンと軽く叩いてやる。
「……また、子供扱いしてる……」
俺の胸に顔を埋めながらそうボヤくアルクを見下ろしながら、苦笑いを返す。
「そう思うか?だったら、さっさと大人になって見返してみろよ。
……待っててやるからよ」
「……なんだよ……それ……。
ズルいよ……」
俺の胸に顔を埋めながらもごもごと反論し、胸毛をぎゅっと掴んでくるアルクに名状しがたい感情が込み上げて来るのを感じ、また苦笑する。
「あのなあ……お前も相当ズルいと思うぜ?」
「……へ???」
言葉の意味を理解出来なかったのか、キョトンとした顔で見上げてきやがるアルクに「お互い様っつーことだよ」と鼻を鳴らし、誤魔化すようにわしゃわしゃとその頭を撫でてやる。
「やめてってば!
って言うかそれ、答えになってなくない!?」
「そりゃ答えは言ってねえからな。
てめえで考えろってこった」
むぅ、と不満げに唇を尖らせるアルクに今度は意地悪く笑い返してやる。
「………」
しばらく不満げな面を晒していたアルクだったが、少し考え込むような仕草をした後——
「なら、さ……」と上目遣いに俺の目を覗き込み、意を決したように口を開く。
「間違って……ないんだよね?
このままで……いいんだよね……?」
不安げに視線を揺らしながら、そう呟くアルクに軽く肩を竦め、フッと笑いかけ——
「——いったぁっ!?」
デコピンをかましてやる。
——全く、世話の焼ける野郎だ。
普段の我の強さは一体どこに行っちまったってんだよ?
「阿呆。
ンなもん、いいも悪いもあるかよ」
眉を顰め、額を押さえながら恨めしげに見上げてくるアルクの肩を抱き寄せながら、真っ直ぐその目を見据える。
「……それはてめえのもんだろ。
俺が決めるもんでもねえ。
——そうだろ?」
「——!!あぁ、もう……!
ほんとに、ズルいし、意地悪だよね……」
小さく目を見開き、フッと笑い返すアルクに自然と俺の頰も緩んでいく。
「っは、いつもお前が言ってることだろ?だから——」
「『俺も好きにする』——でしょ?」
一本取ったと言わんばかりにしたり顔で笑うアルクに一瞬面食らうが、すぐに俺も笑みが漏れる。
「わかってんじゃねーか」
吹き出すように笑い合い、どちらからともなく拳をぶつけ合う。
——もう、迷いはねえみてえだな。
なら、俺がやる事も変わらねえ。
「——んじゃ、とっとと買い出しに行こうぜ。
腹減っちまったよ」
「今クッキー食べたばっかじゃん……」
「あんなんじゃ足りねーよ。
おやつは別腹っつーだろ?」
やれやれと溜息をつくアルクに鼻で笑って返しながら外に向かう。
「なんか微妙に使い方間違ってない……?」
アルクも肩を竦めながら俺の横に並び、苦笑を漏らす。
「細けぇこと気にすんなよ。
余計に腹減っちまうじゃねーか……」
わざとらしく腹を摩りながらそうぼやき肩を竦めて見せる俺を「はいはい」と雑に流し、呆れた風に笑ったアルクが俺の手を取る。
「じゃあ、お米も肉もどっっさり買わないとね。『いつも通り』、頼りにしてるよ?」
意趣返しのつもりか、悪戯に笑いながら俺の指をそっと握るアルクに思わず口端が上がっちまう。
——ったく、繊細なんだか図太いんだか、わっかんねえ野郎だな……。
「……おう。任せとけ!」
力瘤を作りながらニヤリと笑い、肩を抱き寄せてやる。
「にゃあっ!?」
「なんならお前も担いでやったっていいんだぜ?」
素っ頓狂な声を上げるアルクの耳元でそう囁いてやると、湯気でも出るんじゃねえかってくらいアルクの頰が紅く染まっていく。
「だ、ダメだってば……!
目立つし、恥ずかしいし……」
「——ほぉ〜?つまりなにか?人前じゃねえならイイっつー話か?」
「ッ〜〜〜!!もう〜ッ!!!
シロってほんっっとに——!!」
ワタワタと反論してくるアルクに揶揄うように笑いかけると、俺から飛び抜けるように距離を取り身体をわなわなと震わせる。
「冗談は言ってねーぞ?
お前が望むっつーなら俺は——」
「……シロ」
「……あぁ?」
俺の言葉を遮り、ジト目で睨みつけてくるアルクに間の抜けた声が上がる。
「それ以上続けるなら、シロのは肉なしだから」
冷たく言い放ち、俺に背を向けスタスタとワールドフリッパーへ歩き出すアルクに冷や汗が流れる。
——やべえ!調子に乗り過ぎた!!
「お、おい!そりゃペナルティがきつ過ぎだろうが!肉なし丼はねーよ!!」
慌てて追いかけ弁明を始めるが、下を向き歩くアルクの背中からは怒りのオーラが迸って見えてすらきやがる……!
「なあ、悪かったって……!
少しくらい——あ?」
「——ふ、ふふ……ふ……!」
小刻みに肩を振るわせるアルクの顔を覗き込むようにしながら詫びる俺の声に被せるように、くぐもった声が聞こえてくる。
——クソッ、やられた!
「あは……!あははははははっ!!」
顔を上げ、その顔をくしゃくしゃにしながら大口を開けて笑い始めるアルクに悔しさと安堵が入り混じった複雑な感情が込み上げ、顔が熱くなる。
「お前なあ……!」
「っはー……はあ〜……!
ご、ごめん……!だってシロ、肉なし丼なんて冗談に決まってるのに、あまりにも必死だったから……!」
目の端に浮かんだ涙を親指で拭いながら、まだ笑いが収まらないのか震える声で弁解するアルクに「うるせーよ!」と怒鳴り返し、わざとらしく舌打ちをしてやる。
「まあ、これでお相子ってことにしようか?」
「へいへい……ありがとよ」
したり顔で笑うアルクにガシガシと頭を掻きながら溜息を吐く。
——怒りより安堵が勝っちまってる時点で、俺の負けだ。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、クスリと笑うアルクに小さく鼻を鳴らすと今度は俺が手を差し伸べる。
「いつまで笑ってんだよ。
ほら、さっさと行こうぜ」
「うん……!」
力強く頷き、俺の指をしっかりと握り返すアルクを確認、手を引こうとしたその直後——
「あの、さ……」
か細い声を漏らすアルクに振り返り、立ち止まる。
「あぁ?……今度はどうした?」
何かを言い淀むように俯いているアルクに首を軽く傾げ、続きを待つ。
「………」
暫く口をもごもごとさせ悩む様子を見せるが、意を決したように顔を上げ、俺の目をしっかりと見据え、口を開く。
「——いつもありがとう。
……シロが友達で、良かった……」
真剣な表情で、だが優しげな声でそう言い放つアルクにまたも面食らい、誤魔化すように「ふん」と鼻を鳴らすと——
「……おう」
見据え返し、一言だけそう答える。
飾り気なんざない、無愛想な返事だ。
……だが、今の俺達には……
ただそれだけで、十分だった。
——てめえの気持ちがわからねえこいつも、いつか大人になり、答えを出す時が必ず来る。
……だが、こいつは俺のダチで——相棒だ。
それは今も変わらねえ。
だから……俺のやってる事は、こいつと2人でぬるま湯に浸かってるようなもんだ。
……間違ってると思うか?
残酷だと思うか?
構わねえよ。
俺は俺のやりてえように好きにやる。
例え間違ってたって、文句なんざ言わせねえ。
ぬるま湯に浸かりながらでも、こいつの側にいてやれるなら——こいつの笑顔が守れるなら、それで十分だ。
それで、いつか——こいつがてめえの気持ちに答えを出した時、強情に『そいつ』を持ち続けてたっつーのなら……俺はそれに、応えてやりてえ。
『間違ってなかっただろ?』
——と、でけえ面して笑い飛ばして、『そいつ』ごと、抱き締めてやる。
柄にもなく、そんな思考を巡らせながら——
ワールドフリッパーの放つ光に包まれる。
互いに顔を見合わせながら笑い合い、並び立つ俺達を、煌々と輝く太陽が見下ろしていた。
——Fin——