「——ん……朝、かぁ……」
窓から差し込む朝日で目を覚ます。
ベッドから降り、軽く身だしなみを整え外へ出る。
——少し肌寒いな……。
そう思いつつ早足で食堂へと向かう。
食堂へ入り、部屋内を見渡す。
さすがにまだ朝早いからか席には誰も座っていない。
エプロンを身につけると、今日の献立を考える。
——昨夜使った鶏肉の残りがあるしまだみんなが起きてくるまで時間がありそうだから『赤いスープ』でも作ろうかな。
そう決めて料理に取り掛かる。
まずはフライパンを熱してオリーブオイルを引くと、そこに塩胡椒をまぶした鶏肉を入れて焼く。
焼き上がったら一度取り出しておき、その間に鍋に水を張って火にかける。
お湯を沸かしてる間にトマトを潰し、キノコ、カボチャ、ニンジン、タマネギ、パプリカを炒めていく。
お湯が沸いたら具材を投入。
蓋をしてしばらく煮込んだら固形スープの元で味を整える。
——うん、バッチリだ。
後はしばらくこのまま煮込めば完成——と言うところで食堂の扉が開く。
「——あれ?」
「——おう」
シロだ。
扉をくぐり食堂に入ると、僕を見て低い声で挨拶する。
「おはよう。
珍しいね?こんな朝早くに食堂に来るなんて」
「旨そうな匂いがしたからな……。
目が覚めちまったんだよ」
そう言ってシロは席に着くと大きなあくびをする。
「あ、じゃあ食べに来てくれたってこと?」
「……おう。
お前の作る飯も悪くねえからな」
「……そっか。じゃあもう少し待っててね」
僕はつい嬉しくなって調理に戻る。
以前は街で見かける赤い実ばかりを食べてたシロが、最近は食堂に顔を出すようになった。
きっと、ステラとライトが気を利かせてくれたんだと思う。
だからこうして僕の作った料理を食べるようになってくれている。
……これは素直に嬉しいことだ。
——そんなことを考えてるうちにスープが完成した。
深皿によそうと、それをテーブルへと運ぶ。
「はい、どうぞ」
「おう。頂くぜ」
そう言うとシロはスプーンを手に取り早速口にする。
その瞬間——無愛想なシロの表情が変わる。
「——悪くねえな」
そう言いながらガツガツと食べるシロ。
——美味しそうに食べてるじゃん……。
それを見て僕は苦笑しつつ自分の分を取りに行く。
席に戻ると、シロはもうすでに完食していた。
——は、早いなぁ……。
「ごっそさん。
……な、なんだよ?
旨えんだからしょうがねーだろ」
僕の視線に気付いたのか照れ臭そうにするシロ。
それがおかしくて思わず吹き出してしまう。
自分の気持ちに嘘をつくのは苦手らしい。
「ふふっ…。別に何も言ってないじゃん?
いやでもさぁ……さっきは『悪くねえ』から食べに来たって言ってなかったっけ?
今『旨え』って言ったよね?」
「……う、うるせえな……!
……あぁ、そうだよ。
お前の作る飯はいつも旨えよ」
開き直るようにそう言うシロの顔は少し赤く、落ち着きなく尻尾も左右に揺れていた。
それにまた笑いそうになるけど、これ以上揶揄っても怒られてしまいそうだからこの辺にしておこう。
「ありがとう。
僕もシロがご飯をちゃんと食べに来てくれてすごく嬉しいよ」
「……っち。ンだよ……
バカ正直に答えやがって……」
シロは頬杖をついて顔を背ける。
その様子に微笑むと、僕もスープを食べ始める。
————
「——なあ、アルク」
空の食器を下げ、洗い物をしていると不意に後ろから声をかけられる。
振り返ると、そこにはいつの間にか立ち上がって目前にまで来ていたシロがいた。
——やっぱり、大きいなぁ……。
正直、まだ少し怖いくらいだけど、それも少し慣れてきた気がする。
「——目ぇ瞑れ」
「え?う、うん」
訳がわからないが、言われた通りに目を閉じてじっとしていると、ぷにっと何か大きな物体がおでこに当たる感触がした。
——ん?なんだこれ……。
不思議に思って恐る恐る片目を開けると、目の前にはシロの大きな手があった。
——前が見えない。一体をしているんだろう?
困惑していると、シロの声が聞こえる。
「……やっぱ少し熱があるみてえだな。
お前よ……腹の傷はもう大丈夫だって言ってたが、まだ治りきってねえんじゃねえのか?」
「え? あ、いや……そんなことは……」
そう言い、シロから離れるように後ずさった時だった。
足がもつれ、バランスを崩す。
「うわ!?」
「おい!?危ねえッ!!!」
咄嵯にシロが片手を伸ばし、僕の腰を掴むとそのまま引き寄せる。
おかげで転倒は免れた。
「言わんこっちゃねえ……!
やっぱまた無理してやがるな?」
「ご、ごめん……!実はまだ、少しだけ痛くて……。
で、でもこの程度なら——ちょっと、シロ!?」
僕がそう言うのを遮るように、シロは僕を軽々と抱きかかえ背中に乗せると食堂を出ていく。
「ちょ、どこ行くの?」
「お前の部屋だ」
それ以上は何も言わず、早足で街を進むシロ。
—————
「くそっ……!
死ぬんじゃねえぞ……!アルク!」
あの時の光景がフラッシュバックする。
状況が違うし、シロにおぶってもらった後から記憶が曖昧だけど、この温もりだけはなんとなく覚えている。
大きくて、暖かで、安心できる。
—————
あっという間に部屋へと到着すると、ベッドの上に座らされる。
「えーっと……シロ?」
「いいから大人しく寝てろ」
有無を言わせぬ口調で言われるも、今日はまだ休む訳には——
「で、でも……」
「でもじゃねーよ!
怪我人は素直に休んどけ。
熱もあんだろうが」
「いや、だって洗濯や掃除が……」
そう言い、立ちあがろうとする。
「てめえ……!いい加減にしろよ!」
「——ッ!?」
普通の人の頭など簡単に潰してしまえそうな程の巨大な手に肩を掴まれ、反射的に身震いしてしまう。
けれど、痛みを感じたのは一瞬ですぐに力を緩めてくれる。
「……無茶して倒れたらまたあいつらが心配するだろうが。……頼む。
わかってくれ」
「……ごめん、わかったよ」
僕は観念するようにそう言うと、素直に横になる。
シロは僕が布団に入ったのを確認すると、椅子を持ってきて隣に置くとそこにドカッと座り込む。
「——悪かったな」
シロは僕を見ることなく窓際を見ながらポツリと言う。
「……?」
「……怖がらせちまった」
その目はどこか、遠くを見ていて……。
なんだが、寂しそうに見えた。
「……僕の方こそ、ごめん」
「………」
普段シロが僕に触れる時、気を遣ってくれているのは伝わっている。
だから——
「シロってさ、口が悪いだけで、意外と面倒見が良いし優しいよね」
「——なんだよそりゃ……俺は……ただ……。
ライトの野郎に頼まれたから、仕方なく——」
シロは、そう言いかけて言葉を詰まらせる。
「……余計なこと言ってねえで寝てろ」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、そっぽを向き頭をガシガシと掻く。
素直じゃない事も、それが照れ隠しなのも、ようやくわかってきた。
「……ありがとう、シロ」
「……うるせえ」
そんなやり取りをしているうちにだんだん眠くなり、瞼が重くなっていく。
やっぱり、疲れてたらしい……。
とにかく、今は休もう。
起きたら——また頑張ろう。
——シロや、みんなを心配させない程度に。