真夏の楽園(安直)照りつける太陽。白い砂浜。
遠くで聞こえる波の音と、子供たちの笑い声。
真夏のリビルドランドは、まるで楽園のように煌めいていた。僕はビーチに立てたパラソルの下、ビーチチェアに腰掛けながら、タオルで首筋の汗を拭っていた。シロと一緒に水着を選びに行こうものなら
『おっ!これなんかどうだ?』なんて露骨に際どい水着を手に取って見せつけて来たり
『ダメっつーなら—–アルク、お前が選べよ』なんて散々煽って揶揄って来るのは目に見えていて……。
だから、僕はここで待つことにした。
でも——
「——暑いなあ……」
シロのことだから、適当にパパッと決めて来るかと思ってたのに、妙に遅い……。
——そう思いつつ、パラソルの陰から浜辺を眺めていた、その時だった。
「よぉ、待たせたな」
低く鋭い、よく響く大型獣人特有の声帯から出る
聞き慣れたその声に反射的に顔を向ける。
——そして、すぐ目を逸らした。……が、逸らしきれなかった。堂々とした足取りで僕の元に向かってくる白い巨躯。浜辺の注目を一身に集めながら白銀の被毛に陽射しを浴びて輝く男——シロだった。
——見せつける気、満々じゃん!?
胸板から滲むように零れ落ちる光。その粒は星のように煌めき、僕の目を奪って離さない。
山のように隆起した分厚い大胸筋。その中心には、雪原のように白く眩しい、ふわりとした胸毛が豊かに茂り誇らしげにその存在を主張していた。
潮風に揺れるアロハシャツは本来ゆとりを持たせた設計のはずなのに余裕など微塵もなく、ボタンひとつ留められずに胸板の外側と肩に吸い寄せられるように張り付いていた。縦に流れる生地の皺が二つの峰を作っており、盛り上がった大胸筋の曲線を余すことなく浮かび上がらせ、袖口は隆起した上腕に押し広げられ縫い目が悲鳴をあげそうなほどパンパンに張っている。肩周りに至っては、大地を背負うかのような僧帽筋と三角筋の盛り上がりに生地が完全に負けており、南国柄の派手な色も白銀の被毛を引き立てる装飾に成り下がっていた。
その下に連なるのは、丸太のように鍛え上げられた両脚。シロが歩を進める度に分厚い太股の筋肉が前面を押し広げるように立ち上がり、腰から腿へと流れる筋肉のラインが濃密に浮かび上がる。
そして、それを包み込むサーフパンツは——黒。
ただの黒じゃない。シロの白銀の被毛と筋肉をイヤらしいほど際立てる艶やかな黒が腰骨のラインを余すことなく露わにする。
サーフパンツなら僕も穿いているが、シロの腰にかかるとまるで別物になっていた。深い黒の布地はどっしりした厚みと重さのある腰回りに沿って吸い付くように張り付き、そこから下へ伸びるV字ラインに視線が自然に誘導され——どう見ても『見せる』ために穿いているとしか思えなかった。
布の縫い目は引っ張られ、股ぐりは浅くなって、そこに潜む輪郭をあからさまに匂わせる。流石に言葉を選ぶけど——やっぱり「はっきりとした存在感」と言うほかない。
海風が白銀の被毛を撫で、陽光がその肉体を包む。三十路を越えてさらに厚みを増した体躯は、獣の威容と大人の色気が詰まっていた。
戦いと年月を経てなお磨かれた『生きた男の肉体』だからこそ、見る者を圧倒し、抗えぬ魅力を放つのだろう。周囲の女性達、そして男達までもが目を見張り息を呑み、感嘆の声を漏らしたり黄色い声を上げているのが耳に届く。だがシロはそんな視線を一瞥もせず、当然のように受け入れて、ゆっくりと、どっしりとした足取りでこちらへ歩み寄ってくる。
——真夏の太陽すら凌ぐ熱を纏いながら。
慌てて立ち上がり、顔を逸らしながら声をかけた。
「ちょっと……シロ……!気付いてるでしょ!?」
息を呑んだ。
顔が熱くなるのが自分でもわかる。
「あぁ? 何がだよ?」
シロは涼しい顔で腰に手を当て、わざとらしく胸を張る。盛り上がった大胸筋が呼吸に合わせて膨らみ白銀の被毛に滲んだ汗が艶を添える。光と影のコントラストが肉体をより官能的に見せていた。
表面は被毛に覆われて柔らかく見えるが、掌を添えればそこに確かな弾力と温かさがあり、次の瞬間には筋繊維がギュッと反応して力強く反発してくる事を僕は知っている。
毛並みの奥に沈む傷跡が光を浴びて星形に浮かび上がる。胸の頂点から放射状に広がるその痕跡は、幾筋もの白い光条のように皮膚に刻まれ、静かに存在を主張していた。中心は僅かに窪み、周囲の毛並みがそれを優しく縁取る。痛ましさを感じさせるはずのそれは、なぜか醜さを帯びず、むしろ誇りと重みを宿した装飾に見える。
したり顔で見下ろすシロの視線から逃れるように視線を落とす。
——これはナニ?……シロの、お腹。
いや『お腹』なんて可愛げのあるものじゃない。
腹直筋は分厚く一つ一つの隆起が確かな存在感を主張し腹斜筋は被毛越しにも割れたラインを描いている。縦横に絡む筋繊維はまるで鎧板のように胴を覆い僅かに乗った脂肪がシックスパックに厚みを与えどっしりとした重さが腰回りに生まれている。
呼吸に合わせて筋がぎゅっと収縮するたびに被毛越しでも『力』が伝わり、光と影が交互に躍る。
そこにもまた、縦横に走る瘢痕がある。
瘢痕は古く、深く抉れた窪みが暗い影を落とす。
縁はやや盛り上がり、周囲の肉と微妙な高低差を作っているが、被毛がその稜線を柔らかく縁取りふわりとした毛先が傷の輪郭をぼかし、直射光が当たると痕が淡く浮かび上がる。
僕はその傷が持つ物語を知っている。
叫びに紛れた足音、仲間のために差し出した身体、受け止めた衝撃。
その全てが、この傷跡に刻まれている。
痛みの記憶であり、怒りであり、悲しみであり
そして深い慈愛の証でもある。シロはそれを恥じる素振りもなく、胸を張って晒す。その姿に僕の胸の奥まで温かさが沁み込んでくる。
陽光に照らされる肉体。揺れる被毛。
零れ落ちる光。浮かぶ古傷の稜線。
全てが重なり合って、シロの上半身は成熟した雄の色気を放っていた。これらは見せ物のための飾りでは決してなく、猛者達と幾度も実戦を重ね、しこたま殴られては再生し立ち上がってきた歴戦の証。
剣奴として生き抜いてきた証と、積み重ねられた戦歴がそこに同居していた。気付けば僕は、その一つ一つを確かめるように見入ってしまっていた。無骨さと繊細さがひとつになったその肉体は単なる肉体の誇示ではなく、シロの核そのものを映す鏡だ。
護るために刻まれたその証と鍛え抜かれた肉体は僕にとって揺るぎない信頼であり、誇りだった。
その全てがまるでただ一人の視線を受け止めるために存在しているかのようで。陽光に照らされた姿は後光を背負っているかのように見え——僕は呼吸を忘れていた。
——いや、そんな神々しい物じゃないけど……
ただ……眩し過ぎて直視できないだけだ。
光と影の入り混じる筋肉の陰影が、生々しすぎて。ほんと、目のやり場に!困る!!
「き、キワド過ぎるかなって……
ほら、みんな見てるし……!」
つい見惚れていた事にハッとして、視線を逸らしながら口を開く。けれど、シロは真っ直ぐこちらを見据えていた。
——いや、『見ている』どころじゃない。
射抜いてくる。
「いつものことだろ?気にしてねーよ。
——それとも、アレか?
そりゃ俺がエロいっつー意味か?」
「——エッッ⁉️ロッッ⁉️」
シロの口元がニヤリと釣り上がる。
牙を覗かせ、まるで獲物を前にした獣のようなその笑みに胸の奥が跳ねた。
「図星か?ほお〜……?」
シロが一歩、近付いた。
「『目のやり場に困る』っつー顔しながらガン見してたもんなあ?」
後退り、ビーチチェアに尻餅をつく僕に大きな影が被さる。熱気を孕んだ大人の男の体温が肌を焼くように迫る。ムスクのように甘く、木質な雄の匂いが鼻腔に満ち、身体がカッと熱くなる。
「いや、その……!
とても似合ってると……思います……!」
そう口走ってからあまりの照れ臭さに俯いた。
波音が、一瞬遠ざかったような気がした。
「逃げんな逃げんな。もっと正直に言えよ。
お前のために新調してやったんだぜ?」
シロの大きな手が、自分の頭のすぐ上のパラソルの骨にかけられる。
覆いかぶさるような姿勢。逃げ場は、ない。
——分かってる。シロはみんなの視線なんて
どうでもいい。
あくまで、僕の視線と——
「——感想、聞かせろよ」
胸の奥が、また一つ跳ねた。
その琥珀色の目の奥には、ただ一人を求める熱を宿していて——
リビルドランドの波風が、二人の間を通り抜ける。すぐ側ではしゃぐ子供たちの声も、波音も、今は遠く感じた。
僕には、目の前のシロしか見えていなかった。
そして、シロもまた、僕だけを見ていた。
真夏の太陽よりも熱く。
ただのビーチが、2人きりの灼熱の楽園に変わっていくようだった。