ベルとパジャマと病 双子先生からベルを貰った。2つで1つのベルは片方が鳴らせば、もう片方のベルが鳴る仕組みの魔法のベルだ。どれだけ離れていてもベルを鳴らせば相手に届く。それを俺はアーサーに渡したのだが、そのベルが鳴らされることはなく、お揃いのモノとして魔法舎の自室に飾られている。何かあればベルを鳴らすより、ドアをノックした方が相手にすぐ会えるから。
チリン、チリン
優しいけれど、まるで緊急事態を思わせる鐘のような音にカインは飛び起きた。初めは何の音かわからなかったが、机に置かれたベルが淡く発光し揺れている。
美しい音色だと言うのに、ベルの鳴り方がカインの不穏を煽る。寝間着であったが、椅子の背凭れにかけていた上着に急いで袖を通しながら自室を出て、賢者様の部屋の前を通り、アーサーの部屋の扉をノックする。返事はない。けれど対のベルはアーサーの部屋にある。
カインは一声かけてドアノブに手をおいた。
「アーサー?」
拒まれることなく扉は開かれる。フットライトが部屋の中を淡く照らしベッドに倒れ込むアーサーの姿が浮かび上がる。
「アーサー!」
カインは慌てて駆け寄るが、頭の中で「冷静になれ」と自分を言い聞かせる。膝を付き目を閉じるアーサーの手に触れる。いつもより少し体温が高いが脈は穏やかだ。
「……カイン、休んでいる所呼びつけてすまない」
絞りだすような声に、カインは今だ目を瞑ったままのアーサーを見た。
「あんたにはいつでも俺を望んで欲しい。体調でも悪いのか?俺に出来ることはあるか?」
「隣にいて欲しい。………私が眠るまででいいから」
「眠るまでなんて言わないでくれ、俺があんたを一人にするわけないだろ」
アーサーの閉じられた瞼の端に涙が溜まる。
魔法使いは心で魔法を使う、自分の心に敏感で、疲れがたまると今のアーサーのように動けないほどの疲労を感じるのだ。
「<グラディアス・プロセーラ>」
アーサーのベッドを少しだけ大きくして、カインも隣で横になる。二人の時間を過ごす時は狭く小さいベッドを二人で重なるようにくっついて過ごすが、お泊り会をする時はこうしてアーサーのベッドを大きくするのが常だった。
アーサーの顔にかかった髪の毛をどかすように頭を撫でる。やはり少しだけ熱があるように感じる。フィガロを呼んできた方がいいだろうか。それと、明日アーサー様の公務で別日に動かせるものがないかドラモンドに掛け合ってと、俺に出来ることを考えているとその思考を読んだようにアーサーから声がかかる。
「城のものには言わなくていい」
「だが、明日も公務があるだろう。あんたの健康が一番だ」
「今、私が弱みを見せるわけにはいかない、私の悪い所が全て魔法使いのせいになる」
「人間だって体調を崩すこともあるさ」
「それでもだ」
アーサーの瞼が開き、端に溜まっていた涙が流れ落ちる。
「そんな顔をするな。ふふふ、カインのシュガーをちょうだい」
「あぁ」
作り出したシュガーをひな鳥のように口をあけるアーサーの唇に触れながら指先に掴んだシュガーを与える。
今にも泣きだしそうな、何かを耐えるような顔をしていたアーサーの顔がほぐれるようないつもの柔らかい表情に近づきカインはそっと胸を撫でおろす。
「カイン、ベルはもう1つないのか?そしたら城の自室にも置いておくのに」
「双子先生に聞いてみるよ。他には?」
「他?」
「他に何か欲しいものはないか?して欲しいことだってなんだっていい」
「………お前がいてくれればそれでいい」
「光栄です」
「お喋りはこれまでにしてもう寝よう。明日フィガロに診てもらって」