花束からの逃避行例えば、ありったけの愛。髪を撫でて、愛しているのだと毎日言ってくれた。
心躍る冒険の話。この世界はこんなにも美しいもので溢れているのだと彼が語ってくれなかったら、冒険者になろうなどとは思わなかっただろう。
フルールという姓だって、あなたがくれたもの。名前を言う度にあなたのものだと感じられて、幸せな気分になれる。
それから、それから。
沢山もらった。沢山。ばかなあたしでは、数え切れないほどに。
今年のヴァレンティオンはそういう催しなのだろう。街のあちらこちらで、花束を渡す恋人たちの姿を見かけるようになった。友達かもしれないが、まあそこはどうでもいい。
はっきり言ってしまえばブランシュはヴァレンティオンが苦手だ。どんなにプレゼントをあげたくても、愛を表現したくても。それを届けたい人には永遠に届かないから。
「冒険者さんは、誰かにプレゼントをあげたりするの?」
いつだかかけられた、子供の純粋な問い。けれどそれがブランシュには、凶器にも等しかった。
愛しているのだと言って花束を贈ったら、あの人はどんな反応をしただろう。喜んでくれただろうか。それとも「俺も愛している」と抱きしめてくれただろうか。答えは永遠に手に入らない。どんなにお金を払っても、どんなに強い敵を倒しても。
あんなに色々もらったのに、自分は何も返せないのだという事実を否応なく突き付けられる。ブランシュにとってヴァレンティオンとは、そういう季節だった。
ヴァレンティオンが終わるまで、しばらくトラル大陸で過ごそうか。あそこも最近冒険者が増えてきたから、人の少なさそうな……樹海の下のほうで釣りでもしようか。きらきらした魚が釣れるかもしれない。それともアレクサンドリア?幸せから逃げるとなると、存外選択肢は少ない。大まかな不幸は大抵平らげてしまったから。
そんな風に逃避行の計画を思い描きながら、他人の腕に収まった幸せそうな花束を見て心底嫉妬した。