その林檎はとても美味しかったどれぐらいの間こいつを叱っているのか分からない。考え得る限りの正論を言い尽くしたが、返ってくるのはいつも通りの「悪かったと思ってる」と「次は気を付ける」だ。反省などしていないことは火を見るよりも明らかだった。息を吐けば無茶という文字が出てきそうなこいつだが今回は訳が違う。ここで反省させておかなければ、絶対にまた繰り返すだろう。そうして繰り返したなら、次も無事だという保証はどこにもない。
あと何を言えばいいのか。もう何を言って何を言っていないのかも分からない。思考の途中でふと、いつもより静かだということに気が付いた。何だ?こいつを叱っているときは大抵、横でヒュトロダエウスが姦しいくらいに笑い転げているはずなのに……と、横を見てしまって後悔した。
「……アゼム。流石に今回は笑えないかな」
アゼムの奴がヒッと短く悲鳴を上げる。何なら私も上げかけたが鋼の意思で耐えた。
「ワタシはキミの無茶なら大抵楽しめるという自負はあるんだよ。ちゃんとワタシたちのところに帰ってきてくれるという確信があるからね」
なんだその自負は、星海に投げ捨ててしまえ。と声に出さなかった自分を褒めたい。表情のないヒュトロダエウスは、これまで見てきたどんなものより恐ろしかったからだ。どんなに鈍いアゼムとて、この恐怖の原因は分かるだろう。……ヒュトロダエウスは怒っている。本気で。
「今回は、魂ごと消し飛ぶかもしれなかったんだ」
ぽつ、と涙を溢すように静かに呟く。
アゼムからの反論はない。無茶を承知の上で、奴はその手段を選んだのだ。結果、全てとはいかずとも守れたものは多かった。けれどその代償に、アゼムの座が空白になっていても何らおかしくはなかった。
「……絶対に忘れないで。キミが帰ってこなかったら、ワタシたちが悲しむってことを」
有無を言わさぬ圧に、アゼムはただただ頷くしかなかった。性根まで叩き直せたわけではないが、あのヒュトロダエウスに本気で怒られたとなれば少なくとも抑止にはなるだろう。
「そう、分かってくれたならいいんだ!」
ぱっ、といつもの笑顔が戻る、その乖離すら恐ろしい。というか何故私が巻き込まれて怒られたみたいになっているんだ。納得がいかない。
「ヴェーネス様がお見舞いにってりんごを届けてくださったんだ。折角だから3人で食べよう!」
ほらハーデスも、と袖を引かれて無理矢理座らされる。
───ああ厭だ厭だ。全く、本当に、納得がいかない。