彼が最期に狩ったもの戦いの中にあって、頬が自然と緩むのを感じる。ああ、こんなのはいつぶりだろう。
いつからだろう。どこからだろう。国が、世界が、星が、終末が。そんな戦いばっかりで。無意味だったなんてことは絶対にないし、自ら望んだ旅ではあったけど、それでも苦しい道のりであったことは間違いない。けれどその終着には。こんな楽しい戦いが待っていた。
あなたは楽しいだろうか。あたしとの再戦、ただそれだけを望んで、こんな天の果てまで飛んできたこの人は。いえ、きっと楽しいはず。だってあたしがこんなに楽しいんだから。そうね、今なら確信を持って言える。
───このひとは、あたしのともだちだ。
*****
あの人がラグナロクに転移してきた瞬間のことは、今でも忘れられない。最初、その場にいたほとんどの者が、それを彼女だと認識できなかった。したくなかった、のほうがより正確かもしれない。私たちとは見え方が違うヤ・シュトラが恐る恐る名前を呼んで、そこから皆ようやく金縛りが解けたかのように駆け寄った。いつも綺麗な真白い髪は血に塗れて見る影もなく、見えるところも見えないところも傷を数えたらキリがない。けれどその惨状の中で一番恐ろしかったのは、彼女が満足そうに口許に笑みを湛えていたことだった。
何をどうしたらこんな深手を負うのか。しかし彼女はメーティオンとの決着からラグナロクに帰還するまでの空白を、頑なに語ろうとはしなかった。クルルさんからゼノスとの取引の話を聞いて、ようやっと、「ゼノスとの再戦で負った傷では」と推測が立てられた程だった。
彼女の秘密主義は今に始まったことではないが、流石に今回はアリゼーも憤りを隠せないようだった。宥めるように相手をしていたヤ・シュトラの言葉が、なぜだかよく頭に残っている。
「多分あの人は、大事なことほど自分の中に仕舞い込んで言えなくなってしまうのね」
言葉にして零れてしまうのを、怖がっているみたい。……私にはそう感じられるわ。
「あれ、アルフィノ。こっちに戻ってたのか」
「グ・ラハ!少し調べ物が出来てね。元気そうで何よりだ」
ついこの間まで皆で旅をしていたというのに随分と昔のように感じられると言うと、じいさんみたいなこと言うなよと笑われた。
「クルルさんも変わりはないかい?」
「ああ。元気そのものさ。サンクレッドとウリエンジェはアポリア本部のほうにいるから、後で顔を出しておくといいんじゃないか?」
「そうするよ。ブランシュとも会えたら良かったけれど」
「あら。なんのおはなし?」
足元から唐突に声が聞こえてきて思わず悲鳴を上げた。声の主は悪戯が成功して満足そうにけたけたと笑っている。ついこの間、暁の癒し手総出で蘇生した人と同一人物とは思えないほど元気そうな様子。だから彼女は以前と変わらないのだと思えただろう。その背なに負う武器が、禍々しい大鎌でなければ。
「ブランシュ、……その武器は」
彼女は好奇心旺盛な人だ。斧の他にもあちこちで様々な戦い方を学んでいるのを知っている。だから彼女がそれまでと異なる武器を手にしていても不自然ではない。ないのだが。
彼女の小さい手がそっと、鎌の刃先に触れる。目を閉じて……言葉を探しているようだった。慎重に、丁寧に。自分の中の想いが、溢れてなくなってしまわないように。
「たのしかったから、わすれられなくて」
そうして彼女は月夜にそっと開く花のように微笑んだ。血塗れで浮かべていた、あの笑みを。
*****
依頼の途中だからと駆けていく背を見送る。せっかくの再会だというのに、胸中穏やかではなくて、笑みを貼り付けるだけで精一杯だった。
何ということだろう。何ということだろう。あの旅路の果てに彼女の心を持っていってしまったのは、世界の敵たるゼノスその人だったのだ。無論それで彼女が道を踏み外すなんてことはあり得ないのだけれど。
この感情は何だろう。憎悪、嫉妬、憤り、どれも正解のようでどれも違う。正解なぞないのかもしれなかった。
(……どうか、)
彼女がその鎌に込めた想いが、どうかせめてこれからの彼女の力になりますようにと。それだけを、ただ祈る他なかった。