ワンライ「嫉妬」 最初はもう、そりゃあ可愛い嫉妬だった。
それこそ生まれたばかりの弟に母親をとられた兄、そのくらい純粋で、初めて触れたその感情は対処の仕様がなく。それはどうしようもなく、やるせなく、かと言って恨むでもなく、とはいえ受け入れられるわけもなく、ただこちらを見てほしい、その程度の可愛らしさで、タルタリヤの胸中にちょこん、と納まっていた。最も、タルタリヤの嫉妬というのは、母親でもなく、恋人でもなく、ただの仕事相手の男だったわけだが。
往生堂の客卿、鍾離というのは馬鹿みたいにモテる男だった。語弊のある言い方だが、街を歩けば鍾離先生、鍾離さん、と呼び止められるのだから、あながち間違いでもないはずだ。
タルタリヤと鍾離が出会った頃などは、周囲から頼りにされている先生、くらいのものだった。その程度で亀裂が入るような深い関係はそこに存在していなかった。だというのに、タルタリヤがその執着と信頼と愛情を、鍾離の素知らぬところで積み上げ始めた。積み上げられていくそれの前にいるのは、タルタリヤと、タルタリヤの頭の中に存在している鍾離の姿だけ。空しいものだ。それでも良かった。積み上げる手は止めることはできなかったし、止める気もなかったのだから。
「鍾離先生」
鍾離を慕う輪の中に、旅人が加わり、おチビちゃんもといパイモンが加わり、それに比例してタルタリヤが鍾離を食事に誘う日も増え始めた頃。鍾離がタルタリヤの誘いを断った。
些細なことだ。往生堂の仕事がまだ残っていた、たったそれだけの理由で嘘でないのもわかっている。だというのに溢れた嫉妬心は制御を失って、蓋をすることもできないまま積み上げた塔は崩壊した。
「こ、しどの……」
「……は、」
グ、と柔い首筋に手を掛けた。人間らしい肌色の下に、何が詰まっているのか分かりやしないけれど、このイキモノが愛おしいのは確かだった。
力を込めた。
頸椎が歪む。カヒュ、と酷い音が鍾離の喉から零れ落ちていく。やがて濁った声を出して、タルタリヤへと伸ばされたその腕が崩れ落ちた。漸くその男が死んだと気が付いたのは、それから日が昇って、再び日が傾いて、雨戸の隙間から鍾離の瞳によく似た夕日が差し込んでからだった。
呼吸が楽だった。脳髄に染みついて、いつまでも姿ばかりが浮かぶこの男を、ようやく捕まえられた気がした。そうしてまた、鍾離への愛情と、執着と劣情とを積み上げ始めるのだ。