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    fkm_105

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    fkm_105

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    1月23日オンリーにて頒布予定だったレン彼タル鍾小説本の書き下ろしサンプルです
    姉活(兄活)をしているタル×レンタル彼氏(?)の先生の話です
    レン彼タル鍾小説本の本編はR18ですが書き下ろしは全年齢です

    書き下ろし「今夜19時万民堂で」 どうしたらいいと思う? フライドポテトをケチャップに潜らせながら、赤毛の男はため息をつく。本当にため息をつきたいのは俺なんだけど、なんて言ったところでこのモテ男、アヤックスにはさして効果はないことを空はよく知っていた。よくある放課後のファストフード店らしく、アヤックスを見た暇そうな女子高校生たちがキャア、と黄色い声をあげている。耳障りで仕方ない。ろくな男じゃないぞ、と冷めた目でそれを見て、空は奢られたハンバーガーに歯を立てた。
     中高一貫の男子校。それでも他校の女子にモテまくったアヤックスは、バレンタインになれば校門で出待ちなんてざらで。その分トラブルも多かったな、と中等部のごく平凡な一生徒の自分と高等部の有名人、アヤックスとのひょんな出会いを思い出す。あの時も傍迷惑なストーカーもとい、他校の女子に追われているところだったはずだ。そして今回も。チラリ、と窓の外を伺えば、アヤックスに捕まった十分前と同じ影が視界の端に映る。
    「その思わせ振りなところを治したら?」
    「まさか! 六年間も男だらけの生活をしてる俺がそんな器用なことできると思う?」
    「……そう」
     嘘つけ。毎年学祭で、他校の女子が顔を真っ赤にさせて告白してるのは有名だったぞ、とは口に出さないでおく。言ったって無駄だ。高校時代から何一つ変わることのない男が、萎れたフライドポテトを口に運びながらいっそペテン師染みた笑顔で笑う。ようやく慣れてきた高校の制服を纏った空と軽薄そうな大学生のアヤックス。後輩虐めかネズミ講を持ちかける悪い先輩みたいに思われれば良いのに。頬張ったダブルチーズバーガーは、普段ならちょっぴり高くて絶対に頼まない。とはいえ、美味しいかと言われれば普通だけれど。
    「解決するかは別だけど、紹介できる人はいるよ」
    アヤックスと同じように、相談がある、と駅前の喫茶店で珈琲を啜った大人の人。枯葉色の長い髪は毛先に行くに従って琥珀色に染まっていて、きっちり着こなした服がかっこよくて本が大好きな司書さん。このお気楽大学生は覚えていないんだろうけど。
    「女の人?」
    「男の人。レンタル彼氏だよ」
    「へえ、相棒が珍しいね」
    「君が彼を必要としてるから紹介するだけ。アヤックスが知らないだけで、俺はいろんな人と話してるよ」
    「さすが仲介人だ」
     土曜の週に一度。駅前のちょっとお洒落な喫茶店で、日がな一日、空は依頼人を待つ。そこに来て、ネットの海に漂っている合言葉を言えた人間が客だ。相談にのって、紹介できる人がいれば紹介する。解決するためと言うよりは、ほとんど話し相手みたいなもので。そして空は赤い糸が見えた。ちょっとどころかかなり変わった力だったが、空には昔から道行く人の小指に絡まった糸が見えている。だから、依頼人に誰かを紹介するときは、仲介人というよりは仲人の気分だった。
    つ、と鍾離の資料を渡す。半分本当で半分嘘の『レンタル彼氏』鍾離の経歴。どれくらい騙されてくれるかな、と思いつつ、結局は鍾離先生の演技力にかかっていた。
    「ありがとう、相棒」
    にこやかなアヤックスに内心少し謝って、鍾離の目的が果たされることを神に祈る。
    あなたの人生がより良いものになりますように。

    降り注ぐ雨を見て、アヤックスはため息を零した。湿気でくるくるといつもよりも癖毛が酷くなるのも、ズボンの裾が湿るのも、街に垂れ込めた雨雲のように、タルタリヤの気分もまた、どんよりとしている。再び憂鬱を吐き出して、待ち合わせ十分前。指定された喫茶店の年季の入った木製の扉を引いた。
     しめやかな雨音に浸された店内は幽かなレコードの音を除いて静寂が満ちている。どこか葬式染みた陰気臭さが漂う。灰色に塗りたくられた店内で、ぼんやりと光るライトだけが暖かな色彩を放っていた。モノクロに満ちた中を木漏れ日のように、はたまた雲間から落とされた陽光のように穏やかな明かりが木目調のテーブルを照らしていた。その薄ぼんやりとしたなかに射干玉の、つやりと黒い髪が光る。白磁の肌、完成された絵画の造形。誰もが恋する名画のようにすらりと足の長い男が佇んでいる。
     太陽と言うよりは月だった。纏う雰囲気にすぱりと輪切りにされたレモンのような透明を、その陰に浮き立つ月の陰影と青白い月光を見る。漂う安堵と灯台のように不変的な煌めきを放つ彼はきっと鍾離その人に違いなかった。行けば分かるよ、と笑っていた空の言葉をようやく理解し、僅かに唇の端が上がる。面白い人に違いない。その予感は鬱々とした中に垂れ下がる一縷の糸だった。退屈と陰気は敵だ。呼吸をするなら愉快な道を歩きたい、ましてや通りの向こうで佇む花柄の淡い傘などは面白みがない。
     窓に張り付く水滴とその流れ落ちる様を映し出していた深海を再び鍾離へと向け、は、と微かに零れ落ちた息は陰鬱垂れ込める店内に霧散した。
    しっとりと雨の余韻を湛え、立ち込める濡れたアスファルトの匂いと白露を纏う百合のごとき風体。文庫本へと視線を落とす横顔のすらりとした鼻筋が美しい。宛ら美人画のモデルのようだ。
    「鍾離さん」
     初めまして。猫を被った笑みでアヤックスは鍾離の前に躍り出る。好奇の隠しきれない視線が姦しく、無遠慮にタルタリヤの降り積もる雪のように白い肌へと突き刺さった。
    「アヤックス、だな?」
     たとえば満たされた水槽、その中で揺らめく金魚の尾。モノクロに突如現れた赤のように鮮烈な笑みがアヤックスを迎える。完璧すぎる絵画の造形が人間としての生を纏って歪み、花開いた白百合のごとき清廉が漂って、アヤックスが引いたアンティーク調の椅子は鈍く板張りの床を軋ませた。カチコチと秒針の音。煩わしい視線はぽつりぽつりとアヤックスから外され、ご注文は、という店員の一言で店内は今までの静けさを取り戻す。ブレンド珈琲で。鍾離の前に置かれたソーサーの中身である透き通る赤茶色の液体を眺めながら、アヤックスは気も漫ろに答えた。ティーカップから上る湯気は時間の経過を表すように微かなもので、シュガーポットすら置かれていない辺りミルクも砂糖も入っていないのだろうストレートのダージリンを鍾離が口に含む。
     たとえば見合いなんかはこんな気持ちなのか、と普段の傍若無人さなどどこかに置いてきてしまった心臓はどこか心地の悪さを帯びる。アヤックスはそのどこかむずむずとした感情を誤魔化すように掌を握った。
    「仲介人(空)から話は聞いている」
     静かだった。しかし、さざ波のような雨音にかき消されることなくするり、とアヤックスの耳へと差し込んだ声に自然とため息が出る。ほとんどそれは感心の域にあって、とはいえアヤックスもまた店内の有象無象の人間たちのように鍾離の魅了に掛かったわけではなかった。食虫植物みたいな人だな、と少し思った程度である。若い男の声だったが、物腰は老人のように老成した雰囲気を醸し出す。ちぐはぐで、無理やりはめたパズルのピースのように不協和にすら見えた。本人はケロッと当たり前の顔をしてただ窓辺の席に佇んでいるだけなのが一層の異様。神秘に触れた気分だった。そわそわとした気持ちの悪さは未だべっとりと背中に張り付いたまま、それなら良かった、と思考からの乖離を僅かに感じながらも言葉は口から滑り出す。見計らったように立ち昇る湯気は苦み交じりの香りを運び、珈琲が視界の隅に置かれた。店員が去っていく後姿を横目に珈琲を啜る。軽薄を打ち消すように、どこか重々し気な店内にアヤックスもまた毒されてきたのかも知れない。または、自らの『彼氏のフリをしてでもストーカーを追い払ってほしい』などという他人へお願いするにはあんまりな相談内容を受けた男の実在を見て申し訳なさが立ったのかも知れなかった。利用という言葉がよく似合う。
    言葉少ななティータイムだったが、やがて紅茶を啜る唇が笑みを形作り、鍾離は協力しようと思った、などと宣わった。物好きで珍妙で、聖人君主の塊みたいな男だ、と知らずアヤックスの深海が揺れる。
    「対価は?」
     本物の聖人君主ならいざ知らず、大概うまく事の進むことがあるならそれは協力者にとって多大な利益がある時だけだ、と警戒を強めた瞳で鍾離を見つめた。
    「俺と食事をしてほしい」
    「……は?」
     疑念に沈むミッドナイトブルーが見開かれた。困惑が口から零れ落ち、疑問符が頭上を飛ぶ。ぐるぐると鍾離の言葉が脳内を回り、ゆったりとした咀嚼でもって漸く言葉を理解する。拍子抜けした。たったそれだけ? とより一層の不気味が胸に滲むが、それ以上に一世一代の告白でもするような真剣すぎる表情に込み上げたのは笑いだった。
    「仲介人にも言ったが……話し相手になってくれないか?」
    「ッは……ふ、ッあ、ははは!」
     そんな真剣な顔で言うことじゃないだろ、と一度転がり出た笑いは引かず、押し寄せる波は高い。アヤックスは肩を震わせ、机に突っ伏す勢いで腹を抱えて笑った。滴る雨のモノクロを鏡面のように珈琲の表面が映し出す。しめやかで、葬式のように陰気臭い。しかしその這い回るような気配は霧散して、頬を撫でるのは穏やかなティータイムの予兆。
    「ッふふ、良いよ」
     信じてみるのも悪くない。これが面白みのない奴なら裏が怖くて早々に帰っていたが、妙な奴だと十二分に分かって情が湧いたらしかった。では、いつが空いている、と人形のような硬質さを纏っていた鍾離の表情が和らぎ、システム手帳を傍らの鞄から取り出した。夏休みの予定を決める子どものような高揚感を頬に浮かべ、陽だまりのシトリンが煌めく。
     見計らったように上げ下げ窓の硝子越しに雨が光った。サッと広がった陽光に雨雫が跳ねる。晴れ間だった。雨は未だ降り注ぐが、雲の切れ間から覗く眩い昼下がりの射光が路面を照らす。
    「アヤックス」
     ハッとしてアヤックスはつまんだコーヒーカップへ目を移した。窓外へとられた意識の外、風を受けた湖面のように注がれた珈琲が揺れている。跳ね上がった心臓を撫でつけ、肺臓から空気を追い出すように深く息を吐き出した。土曜の夜なら、とスマホのカレンダーを見ながら答える。机の上に放置したそれは、冷ややかで硬い質感を掌に残す。ふ、と空気が揺れた。俺も丁度空いている、と鍾離が滲むような笑みを浮かべ、手帳を閉じる。
     些かアヤックスの方へと傾きすぎている天秤を蹴散らして、不確かであれど約束は結ばれた。土曜日の青い印の付けられた列、真っ新な十五日の空欄をタップし食事と予定を入れる。
    「十九時に万民堂、という店で頼む。予約は入れておくが、少し遅れるかもしれない」
    「鍾離さんアプリ入れてる?」
     忙しい大人だな、と妙な感慨を覚えたのは、この男にどうにも染みついた現世の香を感じなかったからだろう。つ、と画面をスライドさせてホーム画面を表示させた。メッセージアプリ――緑のアイコンを鍾離に見せる。同じのある? と小首をかしげれば、あるはずだ、と思案気な顔をした後に手帳に代わってスマホがその手に握られた。
    「アヤックス、QRコードを出してくれ」
     緩慢に冷めつつある珈琲を嚥下したタルタリヤとは対照的に、鍾離はいつの間にかQRコードのスキャン画面を表示させている。どこか現世離れした雰囲気を漂わせているがそうでもないらしい。
    「はい」
     飛んできた友達申請を許可してトーク画面を開く。適当に狐のスタンプを送った。こう見ると要らない連絡先ばかりだな、と嫌気が肌の上を這いずった気がしてアプリを閉じる。見たくないものは排除してしまえば無いのと同じだ。
    「それじゃあ、土曜日に。楽しみにしてます」
     手に取った伝票に刻印された珈琲代をテーブルに置く。カチャ、と硬貨とテーブルが触れ合った。午後からバイトだったな、と帰ってシャワーを浴びる算段を付けつつ、ちらりと窺った窓の外には未だに淡い花柄が突っ立っている。きっと大学かどこかですれ違っただけのか弱そうな女の子。帰るつもりの足はその姿を認めて、足枷が付けられたように重くなった。不要な二酸化炭素を吐き出す、その行為はアヤックスに圧し掛かる憂鬱が溢れ出したかのようだ。肺に溜まる空気を全て押し出すようなため息が、アヤックス自身の横毛を揺らす。
    「俺も楽しみにしている」
     不意に生々しく、慕情のようなものを抱いたその、くっきりとした輪郭を感じさせる声がアヤックスの横顔に投げられた。アヤックスは窓の外を眺めて無防備だった耳に入り込んだ音に驚いて肩を揺らす。一人ぼっちの繭に包まって、鬱屈と戯れる掌を捕まえられる。花に蝶が誘われるように、明かりへ虫が群がるように、その引力に抗えず鍾離の顔を見た。
     緩く微かに立ち昇る湯気は紅茶が冷めてきた証。その奥で、思わずぎょっとするような笑みがある。大輪の白菊、白百合の笑み。綻び花開いたそれは、深窓の姫のそれにも、赤子を抱きかかえた聖母のそれにも似ている。
    雪に埋もれた心臓を熱い指先に触れられたみたいだ。知らず鍾離への視線は鋭くなる。しかし、踏み込まれた心は水鏡のように穏やかさを保ち、鍾離の意図、感情のたっぷり詰め込まれた笑みが入り込む。受け入れてしまってからため息を吐き、ようやく視線を逸らすことができた。
     鍾離はと言えば、先程の笑みは鳴りを潜めている。雨でぼやけた窓ガラス越しの街路樹に縁取られた鼻筋の輪郭は美しいまま、冷めつつある紅茶に口をつけた。ぼんやりとしたライトの光を浴びた黒檀の髪がつやり、と反射し、アヤックスが現れる元の通りに。今しがた親し気に歪んだ表情は、ぴたり、と納まる絵画の造形に姿を変え、生の呼吸は再び無機物さを撒き散らす。
     歩く度に軋む床板と押した木製扉。扉を開いた途端、溢れ出した雨音にアヤックスは目を細めて傘を開く。非日常に背を向けて、リードを引かれた犬のようについてくる淡い傘を後目に雨水の跳ねるアスファルトを見つめた。アヤックスもまた、ストーカーに付き纏われている大学生の、元の日常へと戻る。相変わらず、口から出るのは憂鬱を閉じ込めたため息ばかりだった。

    「姉さん、こんばんは」
     声をかけた拍子に少しずれた感覚のする、黒いボストンフレームの眼鏡のエッジを押し上げる。駅前のモニュメントを背にしたたおやかなお姉さんの、柔らかく垂れた目元が優しげで、そのはにかんだ笑みにつられてアヤックスも笑みを浮かべた。
    「今日も時間ぴったりだねえ、タルタリヤ」
    「まあね」
     三番の客は華やいだ春の陽気がよく似合う。我儘は少なくて、どちらかと言えば自分から尽くしたい方。姉活、なんて援助交際紛いのことをする割には倫理観も道徳観もまだまともな大人の人だ。そして悪い人間には引っ掛かってほしくない、と当の悪い人間に片足を突っ込んだアヤックスすら心から思ってしまうくらいには三番のお姉さんはお人好しである。おまけにオペラの演目、公子タルタリヤからとった安直すぎるハンドルネームも面白いねえ! と笑ってくれるくらいには良い性格をしている。
     川沿いのライトアップされた桃木を横目に予約されたイタリアンの店へと歩く。川面が綺麗だねえ、と相変わらず間延びした調子で眺める横顔は穏やかな姉そのものだ。
    「……付けてくれてるんだ」
    左に寄せて括られた髪に光る髪留めの桜にアヤックスの表情が綻んだ。あげたやつだ、と嬉しさに心が満たされる。
     アヤックスは姉という人間が、兄という人間が好きだ。弟も妹もいるが、実家を出て真っ先に枯渇したのは姉や兄から与えられていた愛情だった。つまりアヤックスはブラコンシスコン(年長者に限る)を拗らせに拗らせていた。それもめちゃくちゃ愛情の種類に煩い愛情ジャンキーである。少しでも恋愛感情を寄せてくる〝姉〟と〝兄〟がいようものなら速攻で契約解除を申し出て連絡先を削除し、縁切りを得意とする神社へ赴く。その上、お試しで話して理想の姉、理想の兄でなければ丁重にお断りする、輪をかけて面倒臭い弟だった。
     夜桜に気を取られていると、白い外壁の洒落た店の前で姉が手招きしている。店先のメニューを見る限り、個人経営の少しだけお高めのイタリアンらしい。一カ月の食費並みの寿司に連れていかれたトラウマの再来はなさそうで、アヤックスは胸をなでおろした。三番は家庭的な雰囲気を漂わせながらも、隙あらば高い食べ物を口に突っ込んでくるタイプの姉である。
    「予約した■■■です」
     姉が店員に名前を告げるのを横目にメニューを捲った。三番はこの国ならたぶん一番多い苗字をいつも使っている。友人のトーマが言っていた山田太郎みたいなものだ。
     通された店内は仄かに橙の光が床やテーブルを照らし、カトラリーの銀が輝く。ファブリックの布地の張られた椅子に腰かけ、姉がメニューを手にするのを見つめる。
    「姉さん何食べる?」
    「トマト系かな」
     姉はボロネーゼのページを眺め、牛肉とブロッコリーのボロネーゼと厚切りベーコンときのこのボロネーゼに迷う仕草をする。タルタリヤはどれにする? と振られた問いに、サーモンとほうれん草のクリームパスタ、とページを捲りながら答えた。クリーム系も良いね、と笑って姉は店員を呼ぶ。
    「牛肉とブロッコリーのボロネーゼとサーモンとほうれん草のクリームパスタを一つずつ」
     店内は仕事帰りだろう若い女性たちで賑わっている。会社員の姉と大学生の弟。その雰囲気を漂わせながら会話を重ねる。次の休みの予定に大学の話、他愛もない家族の会話は心地よくも嘘交じりである。
     暫くしてウェイターが注文した料理を運んで来て、漸く嘘が途切れた。
    「いただきます」
    美味しそうだねえ、と姉が笑ってフォークに触れた。倣って手に取ったフォークを時計回しに回し、ロングパスタを絡めとる。口に含むと、とろりとしたクリームソースに絡まるサーモンが柔らかく崩れた。
    「美味しい」
     ちょっとお高めなだけあって、コクがありつつもすっきりとした後味のクリームソースがサーモンによく合っている。姉のボロネーゼも美味しいらしく、にこにこと上機嫌だ。良いお店だね、と美味しい食事にありつけたことを感謝した。
    「そういえば、ストーカーいたね」
     鮮やかさがひと際目を引く、ブロッコリーを噛み下した姉が口を開く。気付いてはいたが、はっきりと口にされるとは思わず、アヤックスはぎょっと目を剥いた。
    「タルタリヤ史上最長記録じゃない?」
    「一カ月は付き纏われてる気がする……」
     遠く離れた出入り口を見遣って件のストーカーの姿を探るが、夜に紛れて見つけられそうにない。店を出たら絶対いるんだろうな、と美味しい料理の幸福を打ち消すストレスに顔を顰める。あのストーカーに三人はダメになった。切り捨てた兄と姉の存在も共に思い起こし、姉さんは気にしなくて良いよ、と心からのお願いを溢した。
    「モテモテだねえ」
    「そんな良いものでもないと思うけど」
     やはり良い性格をした姉である。
    口にした彩りのほうれん草とクリームソースも相性が良い。スプーンとフォークで綺麗にパスタを絡めとる姉は器用だ。コーラルピンクのネイルに彩られた指先は、お洒落に余念がない。一口が多いアヤックスに比べ、少しずつの姉のペースに合わせるように、緩慢に食べ進めた。
       ◆
    「美味しかった~」
     幸せだねえ、と駅までの道のりを再び姉と歩く。花桃に紛れるようにして、しかし、ここ一カ月付き纏う異質は誤魔化すことのできない不気味さを放っている。人通りが増えた駅前になって、僅かに押しつぶされるような不安感は和らいだ。土曜になればもう少し楽になれるだろうか、と微かな希望を抱きつつ、またね、と姉と別れた。東行きの路線へと改札を通る姉に手を振りながら、改札付近の壁際に佇むストーカーを確認する。三番に目を付けなければ良いな、と楽観的なお願いを居もしない神様に願う。
    アヤックスはストーカーを振り切るのはとうに諦めて、西行きの路線の改札を通り抜けた。
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    fkm_105

    DONE1月23日オンリーにて頒布予定だったレン彼タル鍾小説本の書き下ろしサンプルです
    姉活(兄活)をしているタル×レンタル彼氏(?)の先生の話です
    レン彼タル鍾小説本の本編はR18ですが書き下ろしは全年齢です
    書き下ろし「今夜19時万民堂で」 どうしたらいいと思う? フライドポテトをケチャップに潜らせながら、赤毛の男はため息をつく。本当にため息をつきたいのは俺なんだけど、なんて言ったところでこのモテ男、アヤックスにはさして効果はないことを空はよく知っていた。よくある放課後のファストフード店らしく、アヤックスを見た暇そうな女子高校生たちがキャア、と黄色い声をあげている。耳障りで仕方ない。ろくな男じゃないぞ、と冷めた目でそれを見て、空は奢られたハンバーガーに歯を立てた。
     中高一貫の男子校。それでも他校の女子にモテまくったアヤックスは、バレンタインになれば校門で出待ちなんてざらで。その分トラブルも多かったな、と中等部のごく平凡な一生徒の自分と高等部の有名人、アヤックスとのひょんな出会いを思い出す。あの時も傍迷惑なストーカーもとい、他校の女子に追われているところだったはずだ。そして今回も。チラリ、と窓の外を伺えば、アヤックスに捕まった十分前と同じ影が視界の端に映る。
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    fkm_105

    DONE※死ネタ
    先生の首を絞めるタル
    ワンライ「嫉妬」 最初はもう、そりゃあ可愛い嫉妬だった。
     それこそ生まれたばかりの弟に母親をとられた兄、そのくらい純粋で、初めて触れたその感情は対処の仕様がなく。それはどうしようもなく、やるせなく、かと言って恨むでもなく、とはいえ受け入れられるわけもなく、ただこちらを見てほしい、その程度の可愛らしさで、タルタリヤの胸中にちょこん、と納まっていた。最も、タルタリヤの嫉妬というのは、母親でもなく、恋人でもなく、ただの仕事相手の男だったわけだが。
     往生堂の客卿、鍾離というのは馬鹿みたいにモテる男だった。語弊のある言い方だが、街を歩けば鍾離先生、鍾離さん、と呼び止められるのだから、あながち間違いでもないはずだ。
     タルタリヤと鍾離が出会った頃などは、周囲から頼りにされている先生、くらいのものだった。その程度で亀裂が入るような深い関係はそこに存在していなかった。だというのに、タルタリヤがその執着と信頼と愛情を、鍾離の素知らぬところで積み上げ始めた。積み上げられていくそれの前にいるのは、タルタリヤと、タルタリヤの頭の中に存在している鍾離の姿だけ。空しいものだ。それでも良かった。積み上げる手は止めることはできなかったし、止める気もなかったのだから。
    1009

    fkm_105

    PROGRESSレン彼たるしょの進捗
    デート途中まで~~~~
    12月までに終わらせるんだよ!!!!!!
    地獄の進捗 深海の瞬くタルタリヤの瞳が今日ばかりは濁った泥濘の色をしていた。しかし大学生らしく課題や成績に追い詰められているのではない。言ってしまえば不健全な話で、人生二度目の貞操の危機だった。正確にはお金をもらって男とデートをするのだが、なにせ相手の素性がわからない。いかにもなチンピラが来るとも、人のよさそうなビジネスマンがくるとも知れない賭けをしていた。なお一度目の貞操の危機は同じくバイトでデートすることになった年上の女性に服をひん剥かれた時だ。センスは悪くないけれど、こっちの方が似合うわよ、と女王様然とした振る舞いの彼女、シニョーラによって見事着せ替え人形にされたタルタリヤは、その日総額十三万円の服の数々をプレゼントされ、慄く他なかった。閑話休題。カーテンを引いたように暗がりが訪れ、電車はトンネルへと入る。のっぺりと塗りつぶされた車窓には、天使だなんだとちやほやされた幼少期の面影のすっかり吹き飛んだ、疲れ果てた青年の顔が映るばかりだった。タルタリヤは手持無沙汰にメッセージアプリを開いては閉じる。やがて、はあ、と大きく息を吐き出すと、メッセージアプリの開かれた画面に指を滑らせた。
    6250

    recommended works