ワンライ「花言葉」 睡蓮が緩やかに花開き、その白い花弁から露を滴らせていた。格子窓から覗く中庭の池である。睡蓮の葉の下に見える水は昏い。時折、鯉の影がちらついてはその白や赤の色彩が水面に揺れた。
「先生」
タルタリヤの目の前に置かれた皿にのせられているのは、血の滴るように赤い肉でも、瑞々しさの欠片を集めた様なサラダでもなく、純白の睡蓮だった。穢れ一つない睡蓮が、白い皿にのせられている。汚れの一つも許されないような様。音はなく、淀んだ静寂に満たされた室は、まるで張り詰めた糸が目の前に張られているようだった。カチャ、と鍾離のカトラリーが皿に触れる。ようやく世界が音を取り戻し、糸はぷつり、と断ち切られた。デーブルに置かれた皿は二つ。一つはタルタリヤのもので、一つは鍾離のものだ。鍾離は、自らの前に置かれた睡蓮にナイフを突き立て、サクリ、と切り分けていく。水分をたっぷり含んだその花弁を唇が食み、白い歯が花に歯を立て、こくりと喉が上下した。喰べている。喰べ、胃の腑に落とし、そうして血肉にしている。
生理的嫌悪感。
宗教画の如き美しき男が睡蓮を食べる様は、おぞましいほどに美しく、生命の呼吸の止まったような、どこまでも無機質な空気を纏っていた。紛い物。そうであったらどれほどよかったか。しかし確かに、鍾離の肩は呼吸に揺れ、耳が痛くなるほどの沈黙にはタルタリヤともう一人、鍾離の微かな息遣いが存在していた。
花を血肉とすることに何の意味がある。
肉を食み、菜を摂る。人間らしい食とはそういうものだろう。この似非凡人め、とタルタリヤは幾度目かわからない悪態を胸中で吐く。
「睡蓮の花言葉を知っているか?」
陶磁器の白い肌に絹の黒髪が揺れる。石珀の毛先。瞳が穏やかな日暮れの海を模したように、ゆるりと弧に歪み、睡蓮を食んだ口が笑みの形をとっていた。