芸能界たるしょ タルタリヤ。
職業:アイドル、現役高校生。
平積みの雑誌表紙で、テレビの宣伝で、そこそこ目にする五人組アイドルグループの青色担当。アイドルのノウハウなんて微塵もない、俳優専門の芸能事務所所属、デビュー三年目のアイドル業は思ったよりも軌道に乗っている。
吐いた息が、マフラーの隙間から白い靄になって零れ出る。入り込んだ冷ややかな空気に肺が軋む気がする。ふと目にした、十八時を回った師走の空を明るく染め上げた大型ビジョンに映る男に釘付けになった。
『鍾離』
子役時代から現在まで、落ちることのない人気と実力。そもそも業界の違う、しがないアイドルでは届くことのないその人が、どんな凄い俳優や別事務所の先輩アイドルよりも、俺にとって変わることのない一番星だった。
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絹糸のような髪、頬に影を落とす長い睫毛、一本一本の先までもが洗練された宗教画のように綺麗だった。すう、と通った鼻筋の美しさが横顔だと一層際立つ。画面越しであっても一際目を惹く、暁の淡い空を閉じ込めた様な瞳。それは隔てるもののない今、その引力はより強く蠱惑的だ。それに加え、骨格から綺麗な人間は声の響きも良いらしい。どことなく甘さを含みながらも確かに低い男の声は、すっきりとした聞き取りやすい発音で、一音一音を紡いでいく。
アイドル、タルタリヤの顔をしながらも、いや、顔良っっっっっ、と心のなかに飼っているもう一人、アヤックスは咽び泣いていた。
アイドルとしてデビューして早三年。そこそこ顔が売れてきて、そう易々と舞台公演だの試写会だのに一ファンの振りをして出かけるのも至難の業だ。その上最近、ついに事務所から禁止令が出た。絶望を人間の姿にしたならまず間違いなくタルタリヤの姿をしていることだろう。
「タルタリヤです。アイドル業以外のお仕事はほとんど経験がありませんが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
初めてステージに立った日、事務所のオーディションを受けた日。そんな日々とは比べ物にならないくらい、今が一番緊張している。
ほんの少しの居心地の悪さと感情の入り交じった視線に曝されている。視線のなかに、一つだけキラキラと光った暖かいもの。軋む心をさらりと撫でる、その視線の主がいるであろう方向を見た。
バチッ、
例えるならそんな音で、鍾離さんと目があった。脳みそが処理落ちするような感覚。ぶちり、と脳みそが切断されて、ふわふわと夢を見始めた気がする。
潮騒のような拍手の音に現実に引き戻された。
なんだあれ。なんだこれ。頭のなかは疑問符で埋め尽くされて、二五〇グラムの心臓が、パンパンに膨らませた風船にすげ替わってしまったみたいに苦しかった。ミキサーで無遠慮にごちゃごちゃと掻き乱されたみたいな心の中。アヤックスはといえば、既に天国に旅立っていた。