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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    鍾魈短文「安眠」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    安眠 凡人になってから睡眠を取るようになったのは良いが、寝付きも悪ければ眠りも浅く、寝付いたと思えば悪夢を見る。と鍾離様は言っていた。
     これは悩みを自分に吐露されているのだと思い、自分に出来ることがあればなんなりと申し付けてくださいと伝えたところ、夜の間傍にいて欲しいと仰った。
     鍾離様の眠る様をただ見つめているとは、なんと贅沢な時間なのだろうか。そんな不敬なことを思いながら、夜の帳が下りる頃、寝台の傍らに立った。
    「魈。何をしている?」
    「あ……鍾離様の方へ視線は向けないようにしますので、どうぞお気になさらずお休みください」
     ゆらゆらと揺らめく灯りの傍で、睡衣をお召しになっている鍾離様を見るのは我にとって目に毒であった。雄々しい輪郭がいつもより露わである。やましい気持ちなど一切ないが、鍾離様の普段は見えない肌が嫌でも瞳に写ってしまう。
     寝台に横たわる鍾離様に背を向け、背筋を伸ばす。月の光も届かないほど暗く、静かな夜だった。鍾離様が動く度に衣擦れの音が妙に耳元へ響いて、息をするのも躊躇ってしまう。
    「俺は、お前も寝台で横になってくれるものだと思っていた」
     しんとした空間の中に、はっきりとした鍾離様の声がする。
    「我は、貴方様の寝台にあがれるような者ではありません……」
    「凡人である俺と共に眠ることについては何の問題もないな」
    「滅相もないです……どうか、ご容赦ください」
     例え鍾離様が凡人であったとしても、毎日のように血濡れで妖魔を屠っている我が傍で寝て良いはずはない。
    「……眠れないな。魈、もっと近くへ来てくれないか?」
     大きなため息を吐いた鍾離様が、身動ぎする音がした。近くとは、どのくらい近くなのか。振り返って尋ねようとすると、灯りが反射した石珀色の瞳と目が合った。咄嗟に目を反らすことができなかった。心臓がどくんと跳ねて騒ぎ立て始める。
    「あっ……」
     瞳に吸い込まれるように一歩近づくと、両手を伸ばした鍾離様に捕えられてしまった。引き寄せられて、思わず寝台へ手をついてしまう。逃げられない。
    「共に寝てくれないか、魈」
    「ふ、っ、ぁ」
     耳元で囁かれて、途端に変な声が出てしまい腕の力が入らなくなってしまった。ガクンと身体の体勢が崩れ、鍾離様に雪崩かかるような形になってしまう。抱き留められ、ぎゅう、と骨が軋むほどに抱擁されてしまい、その場から動けなくなってしまった。
    「しょ……りさま」
     なんとか腕で突っぱねようとしているのに、全く力が敵わない。当たり前だ、彼は凡人ではないのだから。
    「この願いは聞き入れて貰えるだろうか?」
     それでも鍾離様はあくまで凡人として仙人へ頼み事をされているようだった。凡人の願いなど普段なら聞く由もないが、鍾離様の願いは断れる訳がない。
    「わか、わかりました……ので、少しお待ちください」
     観念して共に寝ることには同意したが、流石に装具をつけたまま鍾離様の布団へ入るのは忍びない。
    「身を清め、着替えてから参ります」
    「ああ、待っている」
     腕の拘束が解けたので、身を起こしてすぐにその場から一度は去ったものの、鍾離様を待たせていると思うと焦燥感がつのり、ものの数分で戻ってきてしまった。
    「随分と早いな」
    「お待たせするわけにはいきませんので」
    「そうか、では……おいで」
     布団をぱらりとめくり、ここへ横になれとばかりに敷布をトントンと鍾離様が叩いた。恐る恐る身を滑り込ませ、もぞもぞと布団へ入る。仰向けになってみたが、鍾離様は横になってこちらの方を向いている。すぐ隣にいらっしゃる。緊張して身を硬くしてしまう。意識しないほうが無理だった。
    「あ、あの……」
    「これで眠れそうだ。お前も眠るといい」
    「……そうですか」
     自分の心臓が口から出そうな程音を立てているのに、鍾離様は横で静かに目を閉じていらっしゃるようだった。鍾離様の安眠の手助けになるのであれば、自分のことなどどうでも良い。胸を押さえ、深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着けた。
     最近は野宿ばかりだったので、布団で横になるのはいつぶりだろうか。積極的に休息も取らなければ、眠る場所がどこだろうと厭わない。
     眠らなければ、と思うほどに様々な思考が過ぎって眠れなくなる。それでもなんとか瞳を閉じていると、段々意識が薄れていった。


    (やっと寝たか)
     声に出してしまうと魈が起きてしまうかもしれないので、灯りを消した暗闇の中、静かに石珀色の目を光らせる。ここ数週間望舒旅館へ戻っていないとオーナーが言っていたので、理由をつけて呼びつけてしまった。
     実は数日前魈を見掛けたのだが、その時は木の上で身を隠すように眠っていた。また適当な所で休んでいるな、と叱責したい気持ちにもなるのだが、俺は神ではないので魈のやることに意を唱えることはできない。 
    「う、うぅ……」
     黒い瘴気のようなものが、魈から発せられていた。魈は魘されているようで、眉を寄せて苦しそうな声をあげている。
    「くっ……ぁ」
     呼び出したのには訳があった。数日前に見掛けた時もこのような状態だったのだ。魈を問いただしたところで彼は、大丈夫です。としか言わないだろう。放っておけず、この状態を看過できなかった、という訳である。
     悪夢に魘されているのは俺ではない。魈だ。
     魈を起こさないようにそっと腕を回し、抱き寄せる。胸を押さえている手の上から自分の手のひらを重ね、少しだけ神力を分け与えた。休息の時間に憔悴してしまっては元も子もない。起きている間にこのような行為をしようものなら、恐れ多いなどと言って逃げてしまうだろう。
     全く。手のかかる夜叉で、それが可愛らしいとも思うが。
    「……っ、ぅ」
     黒い瘴気が薄まり、苦しそうな呼吸が落ち着いてきた。朝までこうしていれば、彼も落ち着くだろう。
     魈が穏やかに眠っているのを見ながら眠るのは、俺も安眠出来ることに変わりはない。魈の生死を心配することもなく、発狂する恐れもない。みだりに力を使うわけにはいかないが、俺がどうとでも出来るからだ。
     別に魈の実力を疑っている訳では無いが、時に不安に思ってしまうのは、俺が凡人に馴染んできたからだろうか。
    「おやすみ、魈。どうか良い夢を」
     魈の額に口付けをした。緩く頭が揺れ、俺の胸元へ擦り寄ってくる。少し丸まる体躯。無意識下の行動だろうが、まるで俺が巣になった気分だった。まぁ良い。お前の帰るところになれるのなら、それも構わない。


     ふわふわと何か暖かく柔らかいものに包まれている。死後の世界のような浮遊感と、疲労感を感じない身体。ここはどこだ?
    「ん……」
     そう思ったのも束の間、瞼が開いた。どうやら夢の中だったらしい。いつもは真っ黒に塗り潰されたような世界で生きている夢を見ているばかりだったので、とうとう命が尽きたのかと思ってしまった。
     昨夜はどこで眠っていたのか、記憶の海を探る。
    「起きたか?」
    「!?」
     声の主を瞬時に耳が判断して、反射的に起き上がる。まだ酸素が脳まで届いておらず、一瞬だけ目の前がチカチカと明滅した。
    「て、し、鍾離様! 申し訳ありません……」
    「どうした? よく眠れたか?」
    「……はい……ですが……」
     ここ最近では時間も忘れて一番よく眠っていたと思う。鍾離様の安眠の手伝いをするつもりであったのに、自分が安眠してどうする。なんということだ。愚かな自分を叱責する。
    「その……鍾離様は、よく眠れましたか……?」
    「俺か? とてもよく眠れた。ここ最近では一番の眠りだった」
    「それは、良かったです……」
     先程の自分の感想と同じ答えが返ってきて、ほっと息を吐いた。
    「また共に寝るのはどうだ? お前が近くにいるとよく眠れそうだ」
    「その……毎日のお約束は出来ないかもしれませんが……」
    「そうだな。降魔で忙しい日もあるだろう。週に一度くらいでも良い。俺のところへ帰って来て欲しい」
    「……承知しました」
     望舒旅館へ戻るのは気まぐれであるが、帰るところが鍾離様の元とあらばそうはいかない。

     ──それから数回夜を共にしてわかったのだが、鍾離様と共に眠った翌日はやけに身体がすっきりしているのだ。眠っている間に鍾離様が何かしているのか。尋ねてみても彼は話をはぐらかすばかりである。
     共に眠るのは鍾離様の為と言いながら、自分もその心地良さに溺れてしまいそうになる。どちらの安眠の為の行為か、わからなくなってきているのだ。
     そんなことを考えはするものの、我は今日も今日とて、鍾離様の安眠の為にという理由の元に、彼の家へと帰ってきてしまうのであった。
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