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    maybe_MARRON

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    左馬一
    頭撫でられるの嫌いじゃないかもって思う一郎を書きたかった話なんですが、最終的に思っていたのと違う方向に行ってしまいました……まあこれはこれで……
    珍しくタイトルが気に入ってます

    透明な境界線 成人を迎えてからというもの、左馬刻とは時々酒を飲みに行く間柄になった。好きな飲み物はと聞かれれば迷わずコーラと答えるのだが、酒も別に嫌いではない。特別強くはないが飲めないわけでもなく、左馬刻が連れていってくれる店は飯も美味いため、断る理由もなかった。
     アルコールの力は不思議なもので、飲んでいる最中に喧嘩をすることはない。それどころか、会話はほとんど途絶えることなく昔のようにポンポン弾む。普段なら言わないような素直な言葉を吐いてしまうこともあった。
     今日も今日とてほどよく頭が回らなくなっていて、考えるより先に口走ってしまうことがすでに何度かあったのだが、左馬刻は左馬刻で楽しそうに笑うだけなので気にしないことにした。
     ――そう、飲んでいる時の左馬刻はよく笑うのだ。
     機嫌がいいというか、いつもより少しだけ和やかな空気を纏っているような気がする。勢いよく飲んでいるわけでも顔を赤くしているわけでもないため、アルコールのせいではないのだろう。飲み始めてまだ三十分ほどだ。この程度で酔うような男ではない。
    (……まあ、好きなんだろうな)
     碧棺左馬刻という男は、基本的に人間が好きなのだと思う。面倒見の良さを知っていることもあり、人が集まり楽しそうにしている酒の場が好きなのだということは想像に難くなかった。
    「お。そろそろいいんじゃねぇか?」
     そう言って、左馬刻は目の前にある鍋の蓋を持ち上げた。ぶわっと湯気が広がって、それから、たっぷりのモツと色鮮やかなニラが姿を現す。ごとごとぐつぐつといい音がして、冬だなぁ、なんて呑気なことを考えていた。
    「おら、皿寄越せ」
    「あざーす」
     特に遠慮することもなく、取り皿を隣に渡す。
     今日来ているのは鳥料理の店だ。横並びに座ったカウンターには、もつ鍋と焼鳥、最初に出された前菜三種盛りの皿が置いてある。煩くはないが静かすぎることもなく、大人が好みそうな店だが特に緊張することもなく過ごせている。
    「そういやどうだった? この前の」
     ことん、と取り分けた皿を置きながら、左馬刻は言った。モツもニラも山盛りによそってくれたのを見て、ついにんまりと笑みが浮かぶ。いい匂いにつられて早速皿と箸を手にしながら、ああ、と頷いた。
    「いい感じだったぜ。前にやったフェスと比べりゃ規模は小さかったんだが、それでもかなり盛り上がった。ジャンルが違う人たちが集まるってのも面白いもんだな」
    「ほーん」
     先日、知り合いから相談があって、再び音楽フェスを主催することになった。主催といっても会場や警備の手配、演出等は他の人が担当しており、頼まれたのは声がけだけである。音楽業界の様々なジャンルで前線を走る人たちに、参加してほしいと交渉する役目だ。世話になっている人からの相談だったことと、音楽の可能性に挑戦したいという意気込みに賛同したため、一郎は迷うことなく引き受けた。
     今回はディビジョン・ラップバトルの参加者に声を掛けるわけではないため、相手は初対面の人ばかりだった。声を掛けた全員からいい返事をもらえたわけではなかったが、それでもそれなりの人数が集ったとは思う。当日、会場は相当な熱気に包まれた。
     面白かったのは、見に来てくれた観客がお目当て以外のアーティストの曲もきちんと聴いていってくれたことだ。ヒップホップ、アイドル、メタル、ジャズ、フォークソング、ロック、アカペラ、アニソン等々。これだけ多様なジャンルが集まれば、正直、目当てのアーティストが終われば帰るという人も多いだろうと踏んでいた。ところが、実際はそういった人の姿はあまり見られず、会場は終始人に溢れていた。Buster Brosとしてステージに立った際に見た、わからないながらも腕を振っている人、雰囲気で声を上げている人、そしてもちろん、前方で慣れたレスポンスをしてくれる人。視界いっぱいに広がる多様な人たちの光景が、今も脳裏に焼き付いている。
    「……人脈ができたのもよかったけどさ」
     はふ、と柔らかく大ぶりなモツを頬張りながらぽつりと告げる。
    「やっぱ、なんつーかな……楽しいんだよな、単純に。やってる自分が楽しくて、それを見てる人も楽しんでくれてるのがわかって……結局『楽しい』しか残んねーの。準備が大変だったとか覚えてねぇや」
     そう言って笑えば、左馬刻も隣で微笑んでいる気配がした。
     中王区主催の興行に出ていたこともあり、「Buster Brosの山田一郎」はそれなりに世間に知られているとは思う。しかし、それとフェスの主催スキルはまったく別物だ。年齢的にもまだ若く、明らかに舐めた態度を取られることだってもちろんある。それでも、音楽の力を信じているからこそやってこれた。やってよかったという想いばかりが残っていることが、なによりも音楽の力の証明のように思えた。
    「お疲れさん」
     そんな短い言葉とともに、ぽんと頭の上にあたたかい手のひらが乗る。わしゃわしゃと豪快に髪を掻き混ぜられて、ぼんやりと思いを馳せていたフェスから一気に現実に引き戻された。横並びの距離の近さは知っていたつもりだが、なるほど、こういうことができてしまう距離でもあるらしい。それはどこか懐かしいような感覚もあって、なんとも言えずにただ口をもごもごと動かした。
     ビールが入ったグラスを片手に目だけで合図を送ってくる左馬刻を見て、一郎も同じように、おもむろにグラスを手にした。本日二度目の乾杯は、なんだか無性に照れくさかった。
    「……左馬刻ってさぁ」
     コークハイを一口飲み、グラスの結露をなんとなく指でぬぐいながら、ぽつりと呟く。
    「根っからのお兄ちゃん気質だよな」
    「は?」
     オニイチャン……、と呟きながら左馬刻は目をパチクリとさせた。そんなにおかしなことを言っただろうか。わりと昔から思っていたことなのだけれど。
    「……ンなのお前もだろ」
    「いや、俺は……なんか、撫でられんのも好きかもって、最近ちょっと思った」
    「………………」
     頭の中で考えていたのは「このモツ美味いな」などというくだらないことで、また余計なことを口走ってしまったかもしれないと気づいたのは、モツの弾力を充分堪能してごくんと飲み込んでからだった。なんとなく隣を見ることはできないまま、言い訳のような言葉を続ける。
    「俺のこと撫でんのなんて左馬刻くらいだけどさ。嫌じゃねぇなーって。少なくとも今は子ども扱いされてるわけでもなさそうだし」
    「まあ子ども扱いじゃねぇけどよ……」
    「……あ。左馬刻の頭も撫でてみていいか?」
    「は?」
     一方的なのはフェアじゃないだろう。同じようにしてみれば何かわかることがあるかもしれないと、いいことを思いついたとばかりに提案してみたのだが、返ってきたのは冷めた返事のみである。左馬刻だって案外嫌じゃないと思うかもしれないのに。それともされたことがあるのだろうか。たとえば、MTCの年上の二人から、とか。
     ぐるぐると考えているうちのどれが声に出ていたのかもわからないままじいっと見つめていれば、左馬刻はやがて、舌打ちとともに渋々「……好きにしろや」と呟いた。意気揚々とする一郎に向けて、僅かに頭を傾ける。カウンターの向こう側にいる店員だとか、二つ椅子を空けた先にいる他の客のことは、もうすっかり頭から抜けていた。差し出された白銀の髪にそっと触れ、思っていたよりも柔らかな毛先にちょっとした感動を覚える。
    「俺、酔ってんのかなぁ」
    「そうだろ」
    「だよな」
     頭を撫でられながらも、左馬刻は気にせずビールを呷る。どうやら本当に好きにしていいらしく、そろそろいいだろと静止がかかることもない。だんだんこちらの方がくすぐったくなってきて、徐々に手を止めた。
    「……満足したか?」
     存外柔らかな声で尋ねてくる左馬刻にどきりとする。思わず手を引っ込めてしまったのは、先程まで見入っていたはずの隣の男を、今はもう見ていられなかったからだ。
     それでも。声を掛けられたまさにその瞬間、一瞬だけ見えた表情が、今までの微笑みとは少し違うように見えたのは、気のせいだろうか。
    (……酔ってんのかな、マジで)
     熱くなった頬を誤魔化したくてもコークハイを一気に呷るわけにもいかず、ああ、うん、と適当に頷いて箸を取る。次々とモツを口に入れていけば、あれだけ山盛りだったはずの皿の中身が一気に減っていった。
    「ハハッ、自滅してやがる」
    「自滅?」
    「まあいい機会だ。そろそろ真剣に考えてみろや」
    「? さっきから何言って……」
     左馬刻は残っていたビールを一気に飲み干し、日本酒を注文する。一郎の前にはまだコークハイが半分ほど残っていたのだが、猪口は二つ頼んでいた。頭に疑問符を浮かべながら左馬刻の横顔を眺めていたのだが、不意にその顔がこちらを向く。予想していなかった真剣な瞳と、ぱちりと視線が絡んだ。
     一郎、と。
     低くも柔らかな声が、名前を呼ぶ。
    「なんで俺がお前を甘やかすのか。なんで俺に頭撫でられても嫌じゃねぇのか。つーかそもそもなんで何回も誘ってんのか。お前、考えたことねぇだろ」
    「……どういう意味だよ」
    「だからそれを考えろっつってんだよ。次誘う時までに答え出しとけ」
     わかってんなら今でもいいけどな、と表情を緩めた左馬刻に、返せる言葉はない。ないのだが、なんとなく沈黙も気まずくて、のろのろと重たい口を開く。
    「…………」
     一度は開いたものの余計なことを口走ってしまうのは明白で、結局そのままゆっくりと閉じた。隣から視線が突き刺さっていることには気づいているが、そんなものは当然無視だ。
     左馬刻はふうと小さく息を吐いて、カウンター越しに出された日本酒を受け取る。トクトクと音を立てて透明な液体が二人分注がれていくのをぼんやり見つめながら、つくねの串を手に取った。くるくる回して丸いフォルムを眺めているうちに、近くに猪口が一つ置かれる。揺れる水面。少しだけ考えてから、ちびりと舐める程度に口をつける。
    「……ヒントは?」
    「ヒントだぁ? あー……そうだなぁ……」
     左馬刻はこくんと喉を鳴らして日本酒を飲みながら、串を片手にしばし考える。大きく口を開けてぱくりと頬張り、それから、ふと何かを思いついたのかニヤリと楽しそうに笑った。
    「お前、コークハイ一杯で酔うほど酒弱くねぇだろ。さっきはああ言ったけどな、酔ってねぇんだよ、俺もお前も」
    「………………」
     酔ってないと言い切る左馬刻に、一郎はあんぐりと口を開くことしかできない。もうずっと、うまく頭が回らないから。
     もしも本当に、左馬刻の言うとおりなのだとしたら。じわじわ熱くなってくる頬も、ふわふわ楽しくなって会話が弾むのも、アルコールのせいではないのだとしたら。左馬刻から目を離せないことに、意味があるのだとしたら。
    「……これ、正解したらどうなるんだ?」
    「さあ? 好きにすりゃいいだろ」
     それはまるで、好きにできるのだと――どのようにでもなれるのだと言われているかのようで、もうほとんど答えを告げているも同然に思える。それでも、誘導されるがままに答えるのはなんだか癪で、どうにかうまく返せないものかと考えながら、ひとまず注がれた日本酒に手を伸ばした。
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