ジャック・オー 兄貴、とすっかり馴染んだ呼び名で声を掛けられて、俺は手元の資料から顔を上げる。声の主は、携帯を片手になんとも言えない顔をしていた。
「あのさ、ダチから変な画像が送られてきたんだけど……」
「……変な画像?」
なんだか嫌な予感がして、つい声が硬くなる。ダチと言うからには、一瞬浮かんだその手のアダルト画像ではないと思いたいが――などという心配を他所に、パッと見せられた画面に映し出されていたのは愉快なかぼちゃの被り物をした強面の男の集団だった。
「……はあ?」
まあ、たしかに、変な写真ではあるけれど。
そういえば、と今日が十月三十一日であることを思い出す。偏見を持ってはいけないと思いつつ、こういう男たちが集団でハロウィンイベントに乗っかるのは意外で、まじまじと見てしまった。よく見れば小さい子どもにお菓子を配っているようで、ただのコスプレというわけではなくきちんと行事として行っているらしい。
「…………あ?」
その中心に、見慣れたシャツ姿の男がいた。二郎がわざわざ見せてきたのは、こいつがいたからか。
「俺、これどっかで見たことあると思ってたんだけどさ、前に白膠木簓がテレビでやってたんだよね」
「簓さんが?」
「うん。左馬刻もそれ見たのかなぁ……にしてもなんでヤクザがこんなことしてんのかわかんねぇけど、合成写真とかでもなさそうだし……」
「…………」
「……兄貴……?」
真っ先に思ったことは、意外にも「よかったなぁ」だった。
知らない間に、左馬刻と簓さんは和解していたのだろうか。まあ、簓さんはあの日のことをよく覚えてないとか言ってたし。もともとあんなに仲の良かった二人だ。なんとなく、本気で左馬刻を嫌っているようには思えなかった。
それから少し遅れて、羨ましいという気持ちがふつふつと湧いてきた。だって、俺はまだ、空却とも左馬刻とも嫌な形で別れたままだから。
あの日、勝手に左馬刻も自分と同じような傷を負ったと思っていたけれど、実際のところ詳しい話は聞いていない。自分のことばかりで左馬刻を気にかける余裕はなかった。護ってくれた大人だった。がっしり肩を抱いてくれた手のぬくもりは、今だって忘れられずにいる。
「二郎、ヨコハマ行って本物揶揄ってこいよ。たぶん、お菓子もくれるぜ」
「えー? 俺もう高校生だぜ?」
「十七の俺も左馬刻と簓さんからもらったんだよ」
本当は、空却も一緒に。簓さんはハロウィンのお菓子をくれる側で、誕生日プレゼントをもらう側でもあったのを、たった今思い出した。
さすがの二郎でも俺の言葉を本気にはしなかったけれど、もし本当にヨコハマに行ったとしたら。あいつはきっと、十七歳の無邪気な高校生に弱いから。散々ムカつく言葉を浴びせてきたあとに、結局お菓子を放り投げてくれるのだろう。
「……兄貴は優しいね」
「ん?」
「ううん。なんでもない」
変なの見せてごめんね、と二郎が部屋を出ていく。それを見送って、ギィ、と背もたれに身体を預けた。四人でいた頃を思い出していた俺に、一人残された事務所は静かすぎた。