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    maybe_MARRON

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    左馬一
    同棲してる 三郎の成人式

    甘やかしたい男たち 二十三時。左馬刻は一人、コーヒーを飲みながら特に目的もなくだらりとスマートフォンを眺めていた。この時間に一人で過ごすのは久しぶりだったが、寂しいだとかそんな感情を抱くことは別にない。ただ、静かだ、と思うだけで。
     そんな静けさが不意に破られた。ガチャガチャと玄関の方から鍵を開ける音がして、思わずそちらへと目を向ける。この家の鍵を持っているのは自分の他にもう一人だけ。けれどその人物は、今日は帰って来ないはずで。
     リビングのドアを睨みつけるようにじっと見つめる。とすとすと足音がして、部屋のドアが開いた。
    「……ただいま」
     真っ赤なマフラーに顔を埋めた一郎は、照れ臭そうにそれだけを告げた。


     ひとまず風呂へと促し、その間に湯を沸かす。今晩は冷え込みが厳しいと朝の天気予報でやっていたはずだ。風呂で十分温まるとは思うが、真っ赤な耳たぶも鼻先も思い出すだけでこちらまで寒くなる。熱いほうじ茶にでもしてやろうと茶葉のストックを漁った。
    (…………)
     今はきっと、お茶が一番落ち着くだろう。
     今日は三郎の成人式だった。海外の大学にいる三郎と、イケブクロで一人暮らしをしている二郎、それから左馬刻とヨコハマで暮らす一郎が、今日は久しぶりにイケブクロで揃う日だったのだ。二郎が住む賃貸マンションに三人で集まって、成人祝いにと飲んで、それからそのまま昔みたいに三人で雑魚寝をしてくるのだと楽しそうに話していたここ数日を思い出す。
     楽しくなかったはずはない。仮に二郎と三郎がくだらない喧嘩をしたとしても、それを幸せに感じるのが山田一郎という男だ。それなのに、あの泣き出しそうな表情はなんだろう。
    (…………)
     一瞬で脳裏に焼きついたその表情に、なんとも言えない気持ちになる。合歓の成人式を思い出せばおそらく感慨深いだけなのだろうと予想はついたが、それでもどうしたって気になってしまうのだ。
     苛立ちにも似たような気持ちを抱きながら、左馬刻は浴室へと向かった。そこにあるドライヤーを手にしてリビングへと戻る。
     それから少しして、黒髪を濡らしたままの一郎が、おい、と不満そうに戻ってきた。
    「ドライヤー」
    「してやる」
    「は?」
    「いいからそこ座れ」
    「……」
     ソファの前を指差せば、唇を尖らせたまま一郎は渋々腰を下ろす。熱々のお茶を目の前のローテーブルに用意してから、ドライヤーのスイッチを入れた。風を当てながら湿った髪にそっと指を通す。一郎は湯呑みに手を伸ばして、縁に触れてからその手を戻した。
    「これ熱すぎじゃね?」
    「わざとだわ」
    「……わけわかんねぇ……」
     斜め上からつむじを見下ろす。表情は見えないが、声はもういつもの調子だ。
    「……どうだった」
    「ん? ああ、うん。なんだろうな、二郎の時とはなんかちょっと違う感じ……歳離れてっからかなぁ……」
    「会うのも久々だったんだろ?」
    「あー、それもあるかも」
     何かを思い出したのか、一郎はくすくすと小さく笑う。
     比較的静かなはずのドライヤーの音が部屋に響く。ふわふわと風に揺れる髪は、あっという間に乾いてきた。それでも、もう少し、もう少しだけ、と丁寧に梳いていく。
    「……泊まってこなくてよかったんか?」
    「…………うん」
     一郎は再び湯呑みに手を伸ばし、ふうふうと息を吹きかける。一口飲んだ後の、まだあちぃ、という言葉は聞こえないふりをした。
    「なんでだろうなぁ……」
     ぽすん、と。両手で湯呑みを抱いたまま、膝に頭が寄せられる。
    「…………急に、左馬刻に、会いたくなった」
     声が小さかろうが風の音がしていようが、その言葉を聞き逃すはずはない。そうかよ、と同じように小さく返事をして、髪を梳くふりをしながらそっと頭を撫でる。
     寂しくなったのか、それとも甘えたくなったのか。真実がどうかはさておき、急に会いたくなったというその衝動は身に覚えがある。久しぶりに「兄」をした反動のようなものだと、同じ兄という生き物だからこそわかる。
    「だから、左馬刻にやっぱ帰ってこいって言われたっつって帰ってきちまった」
    「はあ?」
    「へへ、嫉妬深い彼氏様でよかったぜ」
    「……別にいいけどよ」
     悪い兄貴になったもんだなぁと揶揄えば、一郎は曖昧に笑ってお茶を啜る。
     長男の嘘に、おそらく二人は気がついている。そうでなければ、一郎が帰ってくる前に、左馬刻のスマートフォンには一つや二つでは済まない大量の文句が送られてきているはずだ。もしかしたら一郎自身も本当は気がついているのかもしれない。弟たちにも何か思うところがあったのか、あるいは兄の珍しい我儘を通したかったのかはわからないが、三人とも良い判断だ、と左馬刻は笑った。
    「いちろぉ」
     ドライヤーのスイッチを切り、凭れかかっていた頭をこちらへと向けさせる。手の中にある湯呑みを奪ってローテーブルに戻し、熱の移った手のひらにそっと触れた。
    「……とびっきり優しくしてやろうか」
     そう言って誘えば、きょとんとしていた瞳は丸く見開かれる。そのまましばし見つめあって、やがてふっと吐息が零れた。赤と翠が柔らかく弧を描く。
    「ンなことされたら、俺どうなっちまうかわかんねぇよ」
    「ハハ、大歓迎だわ」
     手始めに額に口付ければ、むずむずと嬉しそうに唇が動いた。
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