Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    maybe_MARRON

    @maybe_MARRON

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 44

    maybe_MARRON

    ☆quiet follow

    左馬一
    8thジャケ写のあれを今更ながら

    プリズム 連日の雨。晴れたら晴れたで纏わりつく湿気。
    「あーウゼェ」
     おそらく大半の日本人が思っているのと同じように、隣を歩く男も六月の気候に不快感をあらわにした。一郎はそんな男の横顔を透明のビニール傘の隙間からちらりと覗く。眉間に皺を寄せた姿に、梅雨嫌いそうだもんなぁとこっそり思った。傘を差したところで斜めに降る雨は足元を濡らし、汗なのか湿気なのか顔も腕もベタベタと気持ち悪い。一郎だって梅雨は好きではなかった。
    「……あ。そうだ、左馬刻さん」
     できるだけ水が跳ねないように気をつけて歩きながら、不機嫌そうな男に声を掛ける。
    「あの、こういう時期って洗濯物どうしてます?」
    「洗濯物?」
    「一日じゃなかなか乾かなくて……家の中で干せるところも限られてるし」
     施設を出て兄弟三人で暮らし始めて、苦労しながらもなんとかやっていけてる方だとは思う。だが、天気は努力だけでどうにかできるものではなかった。できるだけ早い時間に洗濯機を回し、突っ張り棒で干す場所を作ってみたりはしているものの、三人分の洗濯物はそれなりに場所をとる。早く夏が来てくれればいいが、その後には結局冬が待っているのだ。きっとまた、同じように苦労することになるだろう。
    「あー、うちは乾燥機ついてっからなぁ」
    「……そんな気はしてたっす」
    「近くにコインランドリーとかねぇの?」
    「コインランドリー?」
     聞き返せば、赤い瞳がこちらを向いた。思わずぱちくりと瞬きを繰り返したのはこの男とコインランドリーという単語がうまく結び付かなかったからであって、決してコインランドリーを知らなかったわけではない。だが左馬刻は何を勘違いしたのか、大型の洗濯機が並んでてよ、なんて説明をし始める。左馬刻が大型洗濯機に洗濯物を詰め込み、終わるまでベンチで座って待っているところをつい想像した。その生活感に溢れる姿はなんだかおもしろくて、一郎はこっそり笑いながら「今度行ってみます」と返事をする。コインランドリーなんて似合わないこのかっこいい大人が、実際は妹のために家事全般できることを知っている。憧れも尊敬も、抱かずにはいられなかった。
     次の土曜、一郎はさっそく洗濯物を抱えてコインランドリーへと向かうことにした。ちょうど天気もよかった。気づいた弟二人が一緒に行くと言うので三人で洗濯物を分け、せっかく手が増えたからとシーツもタオルケットもスニーカーも持っていくことにする。コインランドリーの存在自体は知っていたものの、実際に来るのは初めてでなんだかドキドキした。幸い他の客はおらず、多少もたついても問題はないだろう。
    「これでいいんだよな?」
    「スニーカーはこっちだよね?」
    「やべ、小銭足りねぇかも」
    「あ、僕財布持ってきてます」
     三人でわたわた準備をし、ゴウゴウと回る洗濯物を眺め、時間潰し用に持ってきた漫画を読みながらコーラを飲む。くだらない話をしていれば乾燥までかけてもあっという間で、仕上がった洗濯物を取り出せばそのあたたかさとふわふわ感に三人とも感嘆の声を漏らした。これはなかなかいいかもしれない。量を考えると晴れの日限定にはなるが。
     三人で洗濯をしに行く、というたったそれだけのことでどうしたって幸せになってしまい、足取り軽く家までの道を歩いている最中、「一郎?」と聞き慣れた声が届いた。声がした方を振り返れば、コンビニの傍で煙草をふかしている左馬刻とぱちりと目が合う。あからさまに浮かれているところを見られたなと、羞恥心をごまかすようにぺこりと頭を下げ、山盛りの洗濯物の隙間からそっと視線を交わす。まじまじとこちらをみていた左馬刻は、不意に目を細めて笑った。
    「よかったじゃねぇか」
    「…………っす」
     左馬刻の視線は、一瞬だけだが後ろにいる弟二人を向いていた。たった一言に込められた想いを確かに受け取って、一郎はうっすらと頬を染める。
    「送ってやろうか? そこに車停めてあるぞ」
    「あー……いや、大丈夫っす」
     歩いて帰りますと告げれば、そうかと頷く口元にも薄く笑みが浮かんでいた。

       ◇

     忘れられるわけがない、と思った。
     青空が広がる中、大物を洗うために三人でコインランドリーへ行った帰り――当時とは違う車での帰り道に、運転しながら一郎はぼんやりと懐かしい日々を思い出していた。
     結局、嫌な思い出を忘れようとしたところで残るのは美化された綺麗な思い出だけだ。あの頃のかっこよかった左馬刻だけが、こびりついているのかと思うくらい強烈で鮮やかな記憶として残っている。向けられていた優しい微笑みをどうしたって思い出す。
    「兄貴、何かいいことあった?」
    「ん? ああ、いや……初めて三人で来た時のこと思い出してた」
     仕方がないのだ。これは、弟たちとの思い出だから。
     だから、これくらいは。少しくらいは、忘れなくてもいいだろうか。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works