汽水域やぁ、どうぞ、こんな辺鄙なところまで。
だいぶ薄暗くなってきたね。今明かりをつけてあげよう。
今どきろうそくが珍しいって?
そうかい。風情があると言ってほしいなぁ。結構明るくなるでしょう。
もうじき川を渡る船がくるさ、少し待っといておくれよ。
この川は渡らなきゃ向こうへいけないんだ。そして、ここは海と川の交じるところ。少し特別な場所さ。
こんな話があるんだ。暇つぶしに聞いておくれよ。
ある時、川の上流からある漁師が魚を獲りにやってきた。黒髪の青年だったそうな。
仕掛けた網を引き上げてみると、これまた珍しいものがかかっていた。人魚さ。金の髪をしていた。
人魚は売れば高値になると思って、青年はとっ捕まえようとしたが、人魚は泣いて喚いて命乞いした。
泣いた涙は真珠になった。
命の代わりに真珠をあげるから、と言って人魚と青年の奇妙な取引は始まった。
あくる日、青年は川べりに蝋燭を立てた。川面にチラチラ揺れる光を見つけて人魚は顔をだすのさ。それが合図だ。
蝋燭の火が消えると、二人は別れた。
人魚はなんでわざわざ顔を出すんだって?
人魚は寂しかったのさ。川と海の間でしか生きられない、どこへもいけない生き物だからさ。
いや、それ以上聞くのは野暮ってもんだ。
ある時から、青年はぱったり現れなくなった。人魚は寂しがって、今までに溶け落ちたロウを集めて幾つも灯した。ここにいるよと教える為に。
まるで天に続く道標のようだった。
しかし人魚は川の水には馴染めない。灯りの道は途中までしか続かなかった。青年のいるところまでは続かなかった。
そんなある日、大きな大きな嵐が襲った。
上流からたくさんたくさん土砂が流れ込んできた。
川と海に土砂と石くれに水が濁ってせき止められて、まるで生き物は住めなくなった。
なんでそんな嵐が来たのか、だれも知らない。
遠くで大きな大きな落雷があったらしい。
人魚は土くれに埋まってしまったのか、それから蝋燭を灯す者はいなくなった。
しかしね、それじゃあんまり二人が浮かばれないと、再び蝋燭を灯すようにしたんだよ。
ここにいるよと教える為に。また会いに来いって伝えるために。
うふふ、誰がその二人を知っていたのかって?
誰が再び蝋燭に火を灯し始めたのかって?
そして、黒髪の青年とは、また会えたのかって?
ここは、川と海が交じる場所。
夢と現実が交じる場所。
この髪は何色に見えるかい?
幽霊?そうかもしれないね。もう涙も出ないから、人魚ですらなくなってしまったのかもしれないな。
さあさ、船が来たよ。お乗りなさいな。そして、もう戻れない。蝋燭の明かりを頼りに極楽浄土までいってらっしゃい。
俺はずっと待っているんだ。黒髪のアンタがまたやってくるのをね。
あの世とこの世の間で、蝋燭に火を灯しながら。
ーー―ーー
適当世界観。
人間獪(黒髪の青年)と人魚善(語り部、幽霊?)。
黒髪の青年と人魚は仲良く(意味深)なりましたが、何らかの理由で二度と人魚に会いに来なくなりました。
嵐が来たのと関係しているのかもしれません。
青年は嵐を呼び寄せ土砂ごと人魚をさらっていくつもりだったのかもしれない。
人魚は汽水域に住めなくなったかもしれないし、潰れたかもしれない。
そもそも汽水域がこの世のものではなかったのかもしれない。
残された善は、狭間の世界で三途の川渡しみたいなことをしている。これはモブ魂に語っている感じ。
どちらにしろ、会えなくなった片割れを、ずっと待つ片割れの話。