春の訪れ一年中雪に覆われている冬の国にも、ほんの短い期間だけ雪が溶け草花が咲く季節があった。
しかしここ数年、冬の国は大寒波に見舞われており、雪が溶けることはなく、草花も咲くことがなかった。
春の国からネロが嫁いでくるまでは。
数ヵ月前、冬の国では王位の継承が行われた。先代の王である双子のスノウとホワイトが王位を退き、第一王子であるミスラが新しい王様となったのだ。
しかし、このミスラは国の政治には全く興味がなく、王とは名ばかりで、実権を握るのは先王のスノウとホワイト、そして第三王子のブラッドリーであった。
スノウとホワイトは事実上退任した身であるため、王としての仕事のほとんどはブラッドリーが担っているようなものであった。
ブラッドリーもいろいろと文句を言いたいところではあるものの、双子とある取引をしているため、渋々従っているのであった。
そんなブラッドリーの元に嫁いできたのが春の国から来たネロである。
二人はお互い望んで結婚した、という訳ではなく、春の国と冬の国の友好の印として、婚姻関係を結んだのだった。いわゆる政略結婚である。
ネロとしては春の国のために嫌々決めた結婚であったが、二人の結婚は国を挙げて祝福され、多くの人から喜ばれた。
それは結婚自体が喜ばしいことであるのはもちろんのこと、ネロが冬の国に嫁いできた日からあんなに毎日降り続いていた雪がぴたりとやみ、晴れの日が続き、冬の国の雪が溶け始め、春の訪れを感じたからであった。
人々は春の女神の奇跡だ、とネロに感謝をし、同時にネロを妻に迎え入れたブラッドリーの評価もどんどん上がっていったのだった。
ネロとしても、冬の国の人々がこんなにも喜んでくれるならここに来たのも悪くなかったかな、と思うくらいには、冬の国に馴染んできていた。
ただひとつ、夫であるブラッドリーとの関係を除いて。
冬の国にきてはや1ヶ月、ネロは数えるほどしかブラッドリーと会話をしていなかった。
王位継承が行われたばかりの王宮はとても忙しいようで、様々な引き継ぎ作業があるのかブラッドリーはほとんど帰ってこなかった。
一応、夫婦になるためネロとブラッドリーの寝室が用意されているのだが、ブラッドリーがその寝室で寝たことは、まだ一度もなかった。
ネロがここに来た日、ブラッドリーと同じ部屋だと聞かされてすごく緊張していた。
ネロは男の人と同じベッドで寝たことなどない。結婚って、具体的に考えていなかったが一体何をすればいいんだ?まだ会って間もないのにまさか初日にその、男女のあの、、そういう行為を迫られたりするものなのだろうか…
ネロの浅い知識でも結婚した男女が行う行為のことは知っていた。
でも実際にそれを自分がすることは全く考えていなくて、一緒に寝ると知った今になってようやく現実味がわいてきたのであった。
ぐるぐるぐるぐる、ネロは考え込んでいた。しかし、一向にブラッドリーがやってくる気配がない。
日付を越えてもやってこないためネロは大人しくベッドに入って就寝することにした。
朝目覚めてもブラッドリーの姿はない。きっと仕事が忙しくてどこか違うところで寝ているのだろう。
そうやってブラッドリーがいない夜を過ごしていたのだった。
顔を合わせないのは夜だけで、昼間は普通に会っていた。
ブラッドリーの正妻としていろんな所への挨拶回りに駆り出されていて、ブラッドリーほどではないにしろ忙しない日々を過ごしていた。
昼間に会うブラッドリーはどこか疲れている気もする。ちゃんと眠れているのだろうか。
寝室に来られても、どう対応していいかわからないが、ちゃんと寝られていないならベッドで休んだ方がいい。
「寝室で寝ないのか?」と聞いてみようか。でも、それを聞くことで、ネロがブラッドリーと一緒に寝たいと思っている、と勘違いされても困る。
「あんたのこと心配してるだけだ」それも結局ブラッドリーのことを気にしているのでは、と思われるのが嫌で口には出来なかった。
「笑った顔も、あの日以来見てないな…」
二人が出会った日、啖呵を切ったネロに「おっかなぇな」とケラケラと笑っていた顔を思い出す。
はぁ…、と思わずため息がもれた。
「おい!ネロ!」
ある日、特に公務もなく居間でのんびり過ごしていたネロの元にブラッドリーがやって来た。
「今から移動するぞ。」
「は?」
「冬の国で一番、春の国に近い街に城を建てた。俺たちの住む城だ。」
「え?」
唐突な話にネロはついていけない。
「双子も住んでるようなこんな城にずっといられるかよ。ちょっと時間がかかったが、ようやく完成した。」
「な!?そんなこと…!勝手に一人で決めてんじゃねえよ!」
「あ?!お前ここにずっと住みてえのか?」
ネロにとってはここも、ブラッドリーが建てたという新しい城も、冬の国という時点で大差はない。まあ、春の国に近いならここよりましかもしれないが…。いや、そういう問題ではなくて!
「こっちがいいあっちがいいとかいう問題じゃねえよ!お前一人で勝手に決めんなって言ってんだよ!」
「なんでだ?ネロだって春の国に近い方がいいだろ?」
「そうだけど!相談しろよ!俺たちのことだろ?!」
ブラッドリーはぽかん、とした顔をして、そのあとなぜかニヤリと笑った。耳は少し赤かった。
「悪かったよ。次からはちゃんと相談する。」
ニコニコと機嫌がいい様子で、素直に謝られて、ちょっと拍子抜けしてしまった。なんか変なことを言っただろうか。
新しい城は春の国に近いということもあって、冬の国の中では比較的暖かく、ネロが来てから訪れた短い春ということもあり、庭には花が咲き誇っていた。
庭は綺麗に手入れされており、春の国でも見かける花や、見たこともない花ー恐らく冬の国でしか咲かない花ーなど、多くの種類が咲いていた。
「今の時期だけだけどな。ネロが来たおかげで花が咲いたんだ。」
「…雪がやんだのはただの偶然だよ。でも、すごく綺麗だ。」
二人は穏やかな表情で、庭を眺めていた。
ネロには特別な力があるわけではない。雪がやんだのは本当にただの偶然だ。
でも、偶然でも冬の国の人々の希望となり、支えとなれるのならば、春の女神の奇跡と言われるのも悪くはない、とネロは思っていた。
「さーて。ずっと忙しくてちゃんと寝られなかったが、今日からはベッドでゆっくり休もうかね。」
伸びをするように上げた両手を頭の後ろに回しながらブラッドリーが告げた。
そういえばここの寝室はどうなっているのだろう。
ブラッドリーと同じ部屋なのだろうか。今日からちゃんと寝室で寝るのだろう。ということは…
この先を考えてネロは顔を真っ赤にしてしまった。
その様子を見ていたブラッドリーは、全てお見通し、とでも言うような表情だ。
1ヶ月もあったのに、心の準備は全くできていない。とりあえず今日は別々の部屋に寝かせてくれ、とお願いしよう。
ネロの願いが聞き入れられたかは二人しか知らない。
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「ミスラちゃんの仕事を引き受ける代わりにネロちゃんと二人で暮らす城をくれっ、てブラッドリーちゃんも隅に置けないよね~」
「ほんとほんと!ネロちゃんのこと小さい頃からずーっと好きだったくせに忘れられて拗ねてたのにね。」
「まあきっとあの二人なら上手くやるじゃろ」
「我ははやく孫の顔が見たいな~」
「「キャッキャッ」」