雲の行く先朝から里の連中がいつもと違って浮き足立っていたので、何事かと聞いたら今夜祭りだからと返ってきた。祭りとは何か、と聞いたら驚かれた。仕方ないだろ、今までそんなもの触れたこと無かったんだから。
聞くに、里の豊穣と繁栄を願い、炎に感謝を捧げ、屋台を出し、里や観光客もみな楽しむのがこの祭りなのだそうだ。
君は初めてなんだろう?友達を誘って行ってみるといい。と里の大人から頭を撫でられた。生暖かい目で見られた気がしてなんだか気恥ずかしかった。
「すげえな、これ」
狭い通路に人がいっぱいだった。こんな里に今までどこに潜んでいた、って位に人が集まっていた。
「里のお祭りはいつもこうだよ。たのしいよね」
連れてきたセツがニコニコと笑っていた。着てきた浴衣には真っ白な下地に手裏剣と風車を模した里の意匠が赤く染められていた。曰く里の浴衣はみんなこうらしい。
俺もセツを迎えに行った時にゴコク様の家の世話役アイルーから無理やり浴衣を着せられた。いらない、と断ったのだが、せっかくの思い出作りなんだからとことん満喫しなきゃダメにゃ!と押し切られた。
からころ、と慣れない下駄の音を鳴らしながら喧騒の中を進む。離れないようにセツの手を握ってやる。
「そんなことしなくたって、離れないよ」
「お前小さいから、見失ったら探すの面倒だろ」
むう、とセツ頬を膨らませた。
「小さくない!」
「大人の陰に隠れられると探しづらくなる」
「大人よりも小さいのはそっちも同じじゃないか」
「うるせえ」
「むしろの朱夏くんの方が心配だよ。カムラの里のお祭り初めてなんでしょ?ぼくは毎年来てるから道とか分かるけど、朱夏くんだけじゃ迷子になりそう」
「誰が迷子になるか」
「あ、そっか、ぼくが朱夏くんの手握ってあげればいいんだ」
「だから誰が迷子になるかっての」
「大丈夫だよ、ぼくがついてるからね」
「人の話聞けって」
「あ!わたあめ!ねえねえわたあめ食べようよ!」
俺の話を聞かずにわたあめ屋にセツが直行した。仕方なくついていってやると、俺たちを見たわたあめ屋のおっさんが声をかけた。
「セツ、お友達かい?楽しそうだねえ」
「うん!そうだよ。おじさん、朱夏くんお祭り初めてなんだって」
「そうかい、おにいちゃんは外の人?」
流石田舎の里だ、外部の人間はすぐ分かるらしい。
「ああ」
「そうか、楽しんでってくれよ!セツのことよろしくな」
俺の事は恐らく里の人間には知られているのだろう。田舎とはいえただの里じゃない。
恐らくは俺の家の事情も筒抜けだろう。ギルドナイトの名家が里で療養を取っている、という名目で滞在しているらしい。ギルドナイト、などと大層な肩書きを名乗っているが、要は人殺し集団だ。そんなやつらを迎えてやるなど、この里の連中はお人好しなのか、それとも…。
「はい、これ朱夏くんのぶん!」
俺がわたあめを受け取ると、セツは嬉しそうに自分のわたあめにかじりついた。
「朱夏くんどう?おいしい?」
「まあ…」
「朱夏くん好きじゃなかった?」
「好きでも嫌いでもないな」
「ふーん」
「お前はこれ好きなのか?どこがいいんだよ」
「ぼくね、わたあめ雲みたいで好きなの!」
「食った気しねーじゃん」
「だからいいんじゃないか、雲みたいで」
どういうことだ、とセツを見ると、あいつは夜空を見上げていた。
「これに乗ったら、どこまでも空を高く飛んでいける気がする。そしたら、お父さんとお母さんに会えるかなあ」
2人ともお空でぼくを見守ってるんだって。だから、今度はぼくが2人に会いに行くんだ!とセツは続けた。
こんな飴ひとつで空を飛ぶなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。単なるしようのないガキの妄想だ、と分かっていた。わかっていたのに、本当に俺の手の届かないところに行ってしまいそうな気がして、あいつのわたあめを一口で食った。
「なにするんだよ!ひどい!!」
「やっぱ食った気しねーな」
「だからってぼくの分まで食べなくったっていいのに!」
朱夏くんのばか!とぽこぽこ胸を叩かれた。
「うるせえ、雲なんかにお前を奪われてたまるか」
時は流れて。
カムラの里で夏祭りが催された。百竜夜行を終わらせてから初めての祭りだった。長きに渡る災禍からようやく解放されたのだ、と里の人間はもちろん、観光客も多くやってきて大賑わいだった。
「やっぱり祭りといえばこれだよな」
セツがわたあめにパクついた。いくつになってもこいつはこれが好きらしい。
「なにがいいんだ、それ」
「ふわふわしてて雲みたいじゃないか。食べられる雲ってロマンがあるだろ?」
「そうか?食った気しねー食いもんに価値を感じねえな」
「もう、クロガネは夢がないなあ」
「ほっとけ。大体甘いもんは好きじゃねえ」
「まあ、砂糖の塊だもんな、これ」
クロガネには酷かな?とセツは笑った。
「それと、わたあめには思い入れがあるんだ」
「ふぅん」
「友達との思い出。ひと夏だけの友達だったんだけど。」
どきりとした。まさかそれは。
「お家の人が病気になったからって、里に療養に来てたらしくてさ。直ぐに帰っちゃったんだけど。その子俺より年上だったんだけど、お祭り初めてだったんだって。だから、里のお祭り色々と案内したんだけど、その時わたあめ俺の分まで食べちゃってさ」
大人げないと思わないか?なんて笑って話すセツに内心俺は震えていた。
俺がその時の子供だと、言えたらいいのに。
俺はそれから事情ができて、「朱夏」という名前を捨てた。家とは縁を切り、この里で「クロガネ」という新たな人間として生きていくことを決めた。捨てたつもりの過去の中で、数少ない温かい記憶が、セツとの思い出だった。
「その子普段はぶっきらぼうではあるけど横暴な子じゃなかったから、不思議だったな。ああそうそう、その子もハンター志望だったんだよ。まだ子供だったのに身のこなしが凄くてさ。将来は凄いハンターになるんだろうなって色んな人から言われてた。今どうしてるだろう、また会えるといいな」
そしたらクロガネにも紹介するよ!ハンターになってたら、みんなで一緒に狩りに行こう!とセツは言った。
こいつにとっては、ただの思い出のひとつなんだろう。だが、俺の心の拠り所だった思い出を、こいつも覚えていた。セツを連れ去られると思ったあの時のわたあめは、俺とこいつを繋いだものになっていた。
思い入れの差はあれど、その事実が存外嬉しかった。
「クロガネ、どうした?」
押し黙ったままの俺を怪訝そうにセツが見てきた。
顔を見られたくなくて、あいつのわたあめをひったくって1口に食った。
「あ"っ!?」
「やっふぁふっふぁひひへー(やっぱ食った気しねー)」
「何するんだよいきなり!」
こら!クロガネ!と怒ったセツを後ろに俺は走り出した。しばらく逃げ回れば、泣きそうな顔も見られないだろうから。
おしまい