狭い箱に閉じ込められる話「ったた……何ここ……えっ!?あ痛っ」
目の前にいた七海にびっくりして思わず仰け反って後頭部を何かにぶつけた。
今日は七海と任務に来ていた。高専に『開けられない箱にモノが閉じ込められるから調査してほしい』と依頼が入ってきたのだ。今日の呪霊が何度も繰り返し口にしていたのは『お片付け』だ。どこまで思考が出来る呪霊なのか、ソイツは"箱"を作り出しては目に入ったものを人も無機物も問わず『お片付け』していた。それは静電気程度の呪力を流しこめば簡単に消える箱で、非術師には開けられないけど術師からすれば帳を下ろすより簡単に開けられた。箱に入ってしまえば中からは開けられないからただ助けを待ったと閉じ込められた非術師が言っていた。
祓除しに来たはずなのにうっかり巻き込まれて、薄暗くて狭い空間に閉じ込められたのが今だ。『とりあえず一か八か敵に近付いて術式発動する』という七海が絶対怒る戦法に失敗して七海を巻き込んで箱に閉じ込められたのだ。やってしまった。七海の怒った顔が目に浮かぶようだ。
箱の大きさは長さと幅は七海がギリギリ寝転べる程度、高さは40cmといったところだろうか。豆電球より少し暗い程度のこの光はなんなんだろう。若干外の光を通しているのかな。壁に手の平をあてて呪力を流したけれど、ウンともスンとも言わない。なるほど、術師を閉じ込めるのにぴったりだ。あの呪霊が知恵を付けたらとても大きな驚異になるだろう。
まるで七海を押し倒してその上に跨っているような体勢に溜息を吐いた。肘と膝だけで身体を支えてるから随分顔が近い。どうやったらこの状況から抜け出せるんだろう……。
◎学生時代の場合
真下にいる七海は意識を失っているらしい。いつも眉間に寄せられたシワは無く、早く目を覚まさせねばと思いつつも間近で綺麗な顔を見る機会を少し楽しませてもらう。
へえ、睫毛も金なんだ。眉も少し濃い金。彫りは深いし黙ってれば綺麗な顔してるのに、目が覚めたらこれが心底不快と言わんばかりの表情に変わってしまうのか。いや、今は起きたら即鬼の形相へと変貌するのだろう。あー起こしたくないな……。どうせ死んでるわけじゃないしこのままでも……と思いそうになる頭をぶんぶんと振って、七海の頬をペシペシと叩く。は?何この肌。スベスベじゃん。むぎむぎと頬を抓って引っ張る。指先でするすると触った感じ毛穴もニキビも無い。なんだこれ。スキンケアしてたらなんか癪だな。
「ん……?」
「七海、起きて」
「……えっ?」
「寝てる場合か」
「え……は!?」
言葉にならない声を発しながら驚いて動かした七海の腕が私の肘を弾き、バランスを崩した私はそのまま七海の鎖骨のあたりにダイブした。ぐ、と潰れたカエルのような声を出す七海と声も出なかった私。危ない。肌に夢中になってなかったらもうちょっと顔を上げていたから、危うくキスしていたかもしれない。本当に危なかった。よかった。体勢を立て直してまた七海を見下ろす。今度は崩れ落ちても七海の胸元にダイブ出来るようにずりずりと移動した。
「すみません!」
「いや、うん……。私も油断してたから……。……痛くなかった?」
「私は特に……」
「そっか」
「貴女は」
「私も大丈夫」
「そうですか」
沈黙。
……あれ、怒らないのかな。てっきりこの狭い空間でいつもみたいにガミガミ怒ってくると思ったのに。チラと七海を見上げると、静かに横を向いていた。うっわ、フェイスラインがめちゃくちゃ綺麗だ。……じゃなくて。怒らないならそれでいいや。変に突いて藪蛇を召喚したくないし黙っていよう。
一体何分が経過しただろう。
最初の方は七海も壁に呪力を流したり40cm程度の高さを7:3に分けたりしていたけれど壁にはなんの変化も無かった。その間私はずっと肘と膝だけで身体を支えている。正直に言おう。キツイ。
「……あのさ」
「はい」
「ちょっとそろそろ身体が辛くて」
「えっ……ああ、」
「交代してほしい」
「……わかりました。時計回りで動きましょう」
狭い箱の中でお互いずりずりと動く。四つん這いになっていたのをやめて一瞬添い寝のような形になって、そしてゴロンと寝転んだ。腕と足に血が通っていくのを感じる。顔の真横に七海の腕がある。押し倒されている感がありすぎる。眉間に皺を寄せて目を逸らしているものの、顔は真上にある。なんかやだな……。配慮してくれないかな。……あーそうか、私は少し下がって七海の胸元を見てられたけど、逆はそうもいかないのか……。目逸らしてるし今のままで良いか……。……退屈だ。七海の顔でも見ていよう。レアだし。
♀♂
任務中に情けなくも意識を失っていたら、好きな女性が自分の頬を撫でていた。状況が全く理解出来ず思わず暴れたせいで彼女はバランスを崩し私の上に落ちてきた。慌てて謝って、無事を確認して、沈黙。咄嗟に身体を抱えようとしていた腕は理性により行き場を無くし身体の横に戻っていった。私の頬なんか触って何をしていたのだろう。……違う、大切なのはここからどうやって脱出するかだ。先程地元の窓に見せられた箱で試したが、ほんの僅かな呪力を流すだけで箱は消滅していた。壁に手を当てて同じように呪力を流したけれどなんの意味もなさなかった。自分が転がされている床から低すぎる天井までの高さを7:3に分割し、不安定な姿勢で出せるだけの力を込めて殴ったけれどこれもまたなんの意味もなさなかった。赤ん坊のような呪霊がウロついている間、補助監督が近付くことはない。閉じ込められる前に呪霊をしばらく観察していたが、自分の作った箱に興味は示していなかった。呪霊が繰り返し唱える『お片付け』をしているだけなのだろう。
まんまと『お片付け』されてしまった私たちは呪霊が去るまでこの至近距離で耐える他ない。どうしてこうなったのかと言えば、彼女がまた自分の命を顧みずに呪霊のそばに近付いて術式を発動しようとしたからだ。彼女の存在に気付いた呪霊に私もすぐ術式を発動したけれど、結局こうして二人仲良く箱詰めにされてしまった。そら見たことか。だから言わんこっちゃない。だからあの作戦で行くべきだと……。どうせ動けないし彼女は逃げられないのだからいつものように文句を言おうと彼女の顔を見た。
彼女は私の胸元をじっと見ていた。何か付いているのかと焦って私も目を遣ったけれど特に何もおかしいところはない。サラリと落ちた髪が邪魔になったらしく、下を向いたままゆっくりと耳に掛けていて、私はもう黙って横を向いた。クソ。
恋愛感情というものはなんとも理不尽だ。
目の前の人をうっかり好きになってから一体どれだけの月日が流れただろう。好きになった理由なんて未だにわからない。目の前にいてもいなくてもずっとこの人のことばかりが頭に浮かぶ。同じ任務に割り当てられただけで嬉しくて、当日にはどうにか良いところを見せたくて必死になってしまう。この人に危険が及ぶのが耐えられず、こうして共に箱に入れられてしまった。離れた所にいたのだから、呪霊がこの人の入った箱に興味を失くしてから外から呪力を流してしまえばよかったのだ。後からならなんとでも言える。ただ彼女が呪霊に目を付けられた瞬間、私の身体は言うことを聞かなくなったのだ。
全くもって理に適っていない。心が乱されすぎる。同じ任務に就きたくない。……という思いも確かに本音なはずなのに、結局また同じ任務に就くことになったらひっそりと喜んでしまうのだろう。
『ちょっと身体が辛くて』そう言う彼女に合わせて二人の位置をぐるりと入れ替えた。一瞬まるで添い寝のようになっただけでもドクンと緊張状態に入った心臓は、まるで押し倒すようになった体勢にドクドクと脈を打ち下腹部に血を集めていく。やめろ。今は駄目だ。これは違う。これはない。眉間に皺を寄せ目を逸らし彼女を視界からなるべく消す。何かこう別の何かを……そうだ、呪霊。外には呪霊がいる。気を張らなくてはならない。彼女のことを考えるな。赤ん坊をそのまま何十倍かに膨らましたような呪霊。動きからして、二人で協力さえすれば背後を取るのはそう難しくないだろう。
「ここから出たら、呪霊を挟み込んでどちらかは背後を取りましょう」
「ん」
「後ろからなら箱に入らず済むでしょう」
「そーね」
「……」
「……」
彼女の返事がいつも素っ気ない事に今だけは感謝出来る。彼女の声をあまり長く聞いてしまえばまた下の方に血が集まりかねない。
「ねえ七海」
だというのにこの人は……。
「……なんですか」
「七海ってスキンケアしてんの」
「してません」
「え……それはそれで腹立つな……」
「なんなんですか」
「さっき七海を触った時に思ったより肌綺麗でびっくりして」
「触らないでください」
「呑気に寝てなきゃ触らなかったよ」
「……」
「洗顔は?」
「……GATSBY」
「へー」
まじまじと見られているのが、顔を見なくてもわかる。居心地が悪いけれど気分は悪くない。もっと私を見てほしい。なんでもいいから、一つでもいいから好きになってほしい。それこそ、肌質とかで良いから。
私ばかりが目を逸らす必要なんてないだろう。普段は目を合わせないようにしているけれど、今は非常事態だから。これ程近くで顔を合わせられる機会は今後きっとないから。頬が緩まないよう口角を下げつつパチンと目を合わせた。ああクソ、好きだ。目を逸らさないで。このまま私を見ていて。
「目。何色なの、それ」
「……緑」
「遺伝?」
「祖父がデンマーク人なので」
もっと私に興味を持って。私のことを見て。貴女のことを教えて。触れさせて。私だって貴女の頬に触れたい。何故目を逸らさないんですか。私のことが嫌いではないのですか。少しは期待して良いですか。
「身体、辛くない?」
「えっ……?……ああ、大丈夫です」
一瞬何やら性的な意味かと勘違いしそうになったけれど彼女に限ってそんなことはなかった。ただ目を合わせたまま囁くような彼女の声が耳を抜けて熱に変わり下腹部に溜まってしまった。触れたい。ほんの少し、きっと10cmも頭を下げれば唇が重なるだろう。一度だけ……一度だけなら……してもいいわけがない。何考えているんだ。馬鹿じゃないのか。補助監督はまだか。まだ呪霊がウロついているのか。必死に思考から彼女を追い出しているというのにいつもより優しい声色が私の鼓膜を擽る。
「七海ってなんで私のこと嫌いなの」
「……嫌いじゃありません」
「苦手?」
「別に」
「じゃあなんで私にだけ態度悪いの」
「……」
好きだからですが。
言おうとしてやめる。そんなこと言えるわけがない。言えたらこんなに苦労していない。第一、今の彼女には悍しい存在がいる。
「最近彼氏とどうなんですか」
「んー、割と順調」
聞かなければよかった。ああやっぱり好きだなんて言えない。この人は恋人がいる。今すぐ私とどうにかなるなんて、そんなことはありえないのだ。
「こないだも五条がデートの邪魔しにきた」
「好きなんじゃないですか」
「ないない」
「私にはそう見えますが」
「好きな女が好きな男と幸せそうにデートしてたらそっとしといてやろうって思わないもんなの?」
「……ブチ壊してやりたくなる」
「へぇ……」
「……してませんけど」
「ん?ブチ壊したくなったことあるの?」
「ええ」
「へー、七海好きなコいるんだ」
「……まあ」
「どんなコ?」
「……デリカシーに欠ける人」
「ホントに好きなのそれ」
「それはもう」
「へー、意外……。七海って人を好きになるんだ」
「私のことなんだと思ってるんですか」
「無愛想でクソ生意気で人の感情が無い」
「……デリカシーに欠けますね」
「七海の好きなコとどっちがヒドイ?」
「……同じくらい」
うーわ、好きにならないでねと釘を刺される。この女……。心底嫌そうな顔をして舌打ちすれば、冗談じゃんと返ってくる。とっくに好きだと言ってやろうか。クソったれが。本当にデリカシーに欠ける。彼氏がいるという事実をこっちがどんな思いで耐え忍んでるか少しもわかっていない。そんなことを言われても好きじゃなくなれない私はなんなんだ。下腹部の熱はいつの間にやらすっかり消えた。それでいい。
「お姉さんが恋愛相談に乗ってあげようか?」
「必要ありません」
「えー、他誰が知ってんの」
「……何を」
「七海に好きなコがいること」
皆知ってますよ。貴女も普段散々からかわれているでしょう。なんなんですか。アレなんだと思ってるんですか。本気でわかってないんですか。
何か嫌味の一つでも口にしてやろうと口を開いた途端に世界が明るくなった。箱が解除されたのだ。外にいた補助監督の表情に『見てしまった!』と書いてある。
「……ごめん七海くん、箱開けるの早かった?」
「遅いですよ」
「そうそう、七海と恋バナなんかしちゃいましたよ」
「あっ……ああそう……そうなんだ……ごめんね……」
顔に出すな
◎本編の場合
真下にいる七海は意識を失っているらしい。相変わらずゾッとするような綺麗な寝顔なのに、目が覚めたらこれが鬼の形相へと変貌するのだろう。あー起こしたくないな……。どうせ死んでるわけじゃないしこのままでも……と思いそうになる頭をぶんぶんと振った。そういえば今二人きりだけど、目が覚めた七海はお仕事モードなのかセフレモードなのかどっちなんだろう。久しぶりに二人きりとはいえ箱の中だしお仕事モードかな。七海の頬をペシペシと叩く。
「七海、起きて」
「ん……」
ハッと目を覚ました七海はキョロキョロと周囲を確認して現状を理解し、盛大な溜息を吐いた。壁に手を添えて呪力を流して、そして術式を発動して。やっぱり効果がなくてまた盛大な溜息。七海の上に四つん這いになって真っ直ぐ見下ろす私と、真っ直ぐ見上げる七海。目が怒ってる。あー、これ、お説教始まるやつ。せっかく二人きりなのに。前回会ったのが3日前、したのは一週間前。次会う予定は決まってないのに。やっと二人きりなのに……。
「どうしてこうなったのかわかっていますか」
「私だけ閉じ込められたら良かったのに七海も入ってきたから」
「………」
「自業自得なんだから放っておけばよかったでしょ」
「……そういう訳にいかないんですよ」
「箱に入っても即死しないんだから七海が外から開けてくれればよかったと思う」
「貴女が不用意に近付かなければこんなことにはならなかった」
「結果論のタラレバやめて。祓えてたかどうかはやってみなきゃわからなかった」
「術師が箱に入って無事かどうかもわからなかった」
「……」
ああもう煩い男。別に今じゃなくていいじゃん。鉄は熱いうちに打てってこと?知らんし。今回はまあ失敗しちゃったけど、術式の都合上多少の無理は仕方ない。七海だって肉弾戦の術式なんだから多少はわかってくれたっていいのに。
ツラツラと説教を続ける七海の胸に顔を埋めるとピタリと説教が止み無音になった。
「肘と膝が痛くなってきた」
「……フ─────……。そのまま乗って良いですよ」
「ありがと」
七海の腕と身体の間に寝転んで、右半身に凭れかかる。大きな胸筋にむにむにと顔を埋める。ジャケットが邪魔だ。七海の身体でここが一番好きかもしれない。背中に回っていた腕がわしわしと頭を撫でて額に口付けた。顔へのキスは禁止って言ってたのに、いつからこんな当たり前にキスしてくるようになったんだろう。……いや、キスしてくるのはずっとそうだった。私が拒めなくなったんだ。
「任務中なんですけど」
「箱はまだ開かないでしょう」
「そうだけど」
「手は出しません」
呪霊の気配はまだそう遠くないところにいる。今日の補助監督さんがこの距離感で開けに来るとは思えない。
手を出さないのにこうして頭を撫でたり指でふにふにと唇を押したりするのは本当にセフレなんだろうか。七海はこんなにセフレに甘いのか。それとも、期待していいのか。唇の隙間をくにくにと押す親指に調子に乗るなと意味を込めてかぷりと歯を突き立てた。力を込めたり抜いたり、少し食んでから解放すると七海はその指を真っ直ぐ自分の口元へ運び、見せつけるようにねっとりと舐めた。身体がぞわりと粟立った。キスよりも性欲が掻き立てられてしまった。なんなの。しばらく予定ないのになんでそんなことするの。
「……次いつ泊まっていいの」
「貴女が望む日」
「じゃあ今日」
「良いでしょう」
良いんだ。思わずパッと明るくなった顔色に七海が溜息を吐く。ゴソ、ゴソ、ストン。私の脇に手を突っ込み女性の私には考えられない腕力で七海の上に引き上げられた。重くないのかな。というか、顔が近い。狙いが透けて見えてしまう。
「……トトロみたい」
「子供の頃はネコバスが好きでした」
「私はススワタリ」
「変わってるって言われませんか」
「なんで?モサモサしてて可愛いじゃん」
「あれ大体の人はまっくろくろすけって呼ぶんですよ」
なんでこの流れでキスしようとするんだ。
「……ススワタリが正式名称なんだよ」
「トトロ博士ですね」
「喧嘩売ってる?」
「いいえ」
なんで拒まないんだ私。後頭部を包む大きな手の平の力に素直に従って唇を重ねる。悔しいけど、キスしてるだけで、外の呪霊も今が任務中なことも七海がセフレなことも全部どうでも良くなるくらい幸せ。でも今の話でキスしたくなるような何かあったっけ。抱けることになったから?今すぐじゃないのに?好きだからしてるのならいいのにな。このキスにはどれくらい性欲が混ざってるんだろう。七海の心を覗き見れたらいいのに。
また肘で身体を支えつつ七海の髪を弄ぶ。七海の手は私の腰と後頭部にある。もう会話もなくなって、ただ触れるだけのキスを繰り返している。好き。気持ちいい。幸せ。セフレなのに。セフレだけど、どうでもいい。ずるい人。
呪霊の気配がスンと消えたので二人同時にピタリとキスを止めた。隠れたのか姿を変えたのか。誰かが祓った可能性は低い。とにかくそろそろ開けに来てくれるだろう。首筋の匂いをスンと嗅いでからまた七海に触れない四つん這いに体勢を立て直した。
「ここから出たら、呪霊を挟み込んで背後を取りましょう」
「ん」
「後ろからなら箱に入らず済むでしょう」
「また箱に入りそうになっても来ないでね」
「入りそうにならないでください」
「んなもの約束出来るか」
「努力する意志だけでも見せてくださいよ」
「常日頃努力してる」
「努力した上で捕まったということですか」
「なんでわざわざ言わせようとすんの」
「貴女がまた実力を見誤って飛び込んでいかないように」
「反省会なんて一人で出来る」
「一人で出来てたら未だにこの体たらくにはならない」
キッと睨み付けると七海の唇がほんのり赤くなっていて少し焦る。これは見られたらバレる。
「口紅移ってる」
「……」
ゴソゴソと七海が取り出したハンカチを奪い丁寧に口元を拭う。気付いてよかった……。安堵していると視界が急に明るくなった。箱が開いた。『見てしまった!』という顔をしている補助監督さんにとりあえずお礼を言って、七海に目配せしてとっとと呪霊を探しに行った。
呪霊を祓い七海が現場確認、私が補助監督さんに報告をする。一通り報告し終わって七海を待っている頃、若い補助監督さんが遠慮がちに話しかけてきた。
「あんな狭い箱に二人で入ってたんですか」
「うん、見たでしょ」
「……何もなかったんですか」
「え?何も起きないでしょ。だって七海だよ?」
「ええ……」
まあ、キスはしたけど……。それくらいだ。
本来七海は歩く冷静みたいな男だ。こんな関係でない状態で狭い箱に入ったとて何も起きないだろう。スキン無しでコトに及ぶような男ではない。
「大人ですね……」
「?普通でしょ」