cogit ergo sum.(2)「おい、これはどういうことだ」
杉元が迎えに来いと言った場所は同じホテルの違う階——杉元に割り振られていた部屋だった。
「てっきり外で飲んでるもんだと思ったんだが」
「俺が勝手に連れて来たんだよ。——お前の話ばっかりし始めたから、向こうに悪いだろ」
どれだけ酒を飲んで泣いて管を巻いていたのか分らないが、ぐずぐずになった顔とベッドの上で小さく丸くなっている鯉登を見て尾形は小さくため息をついた。
「ほら、尾形が来たぞ。起きろ鯉登」
杉元は丸くなっている鯉登の尻を叩くも、当の本人は「うぅ、」と唸るだけで起きる気配はない。杉元は静かに首を横に振り、何を思ったのか床に置いていたボストンバッグを持ち立ち上がった。
「おい、杉元。どこ行くんだ」
「お前の部屋。多分だけど、目が覚めた時に俺よりもお前が隣にいたほうが良いだろ」
だから鍵貸して。そう言って杉元が尾形に向かって静かに手を出した。部屋のカードキーを渡せ、ということなのだろう。杉元の言いたいことは尾形でもわかる。
「だが、俺が隣にいても嬉しくないだろ」
尾形は小さく呟く。杉元はそう思っていても、鯉登自身が同じように思っているかどうかは分からないのだ。
「見えないものを信じるのは怖いから」
「またそれ? いい加減信じてやれよって、それは鯉登も同じか」
「え、」
鯉登も同じか、という言葉に尾形は目を見開く。
「鯉登もって、本当か?」
尾形の言葉に杉元が静かに頷く。鯉登も自分と同じだとは考えにくい。あの真っすぐで人を疑うということを知らないような鯉登が、こんな人間不信の塊のような自分と同じとは思えない。きっと杉元の一方的な思い込みだろう。
「馬鹿なこと言うな、杉元。コイツがそんな人間なわけないだろ——ッてぇな!」
杉元の思い込みだと言った瞬間、バシンとかなり強めに頭を叩かれた。叩いてきた杉元の方を向けば、叩いてきた本人は眉間に皴をよせて尾形を睨みつけていた。
「本当にお前は馬鹿だよ」
つい先ほどまでは眉間に皴をよせて、不満——いや、怒りの表情を浮かべていた杉元だったが、今はなぜか悲しそうな目をしていた。
「なんだよ、何が言いたい」
「いや。俺はお前にとって鯉登が特別になっていると思っていたんだけど」
「特別って、そんな訳ねぇだろ」
「俺にはそう見えていたけどね。お前が気づいていないだけだよ」
その言葉に尾形は杉元が着ているロングスリーブの胸元を掴み、もう一度睨みつける。
「俺だってそう思いたい、思いたいんだよ」
「尾形、お前」
睨みつけたのもほんの一瞬で、すぐに下を向き声が小さくなっていった尾形に対して、杉元はそれ以上何も言ってこなかった。自身の胸元を掴んでいる尾形の手を杉元がゆっくりと離していく。
「隣にいてやれよ。その方が絶対良いから」
いつになく穏やかな声で話す杉元に尾形は何も言えず、鯉登が寝ているベッドに腰を下ろした。
「ほら、勝手に持っていけ」
「さんきゅ。仕方ないからお前の荷物は持ってきてやるよ」
「すまんな、杉元」
何故か嬉しそうに部屋を出ていく杉元を見ながら尾形は小さくため息をついた。
視線を動かせば、ベッドで赤ん坊のように小さく丸くなっている鯉登がそこにいた。ゆっくりと手を伸ばし鯉登の頭を撫でようとし、尾形はその手を戻す。
——目に見えないものを信じるのは昔から苦手だ
思い出すのは小さい頃の記憶だった。