凪砂さんと茨くん 2【背伸び】
雲ひとつない、秋の晴れ渡った空。
まさに秋晴れ、そして洗濯日和といった今日。
ある高層マンションの一部屋にも、燦々と降り注ぐおひさま。
窓辺はとてもあたたかく、そこに座り込み愛用のブランケットを羽織って日向ぼっこをする、一人の青年がいた。
「凪砂〜」
日差しが心地良く、うとうとと微睡んでいると部屋の奥から、その青年──凪砂を呼ぶ声が聞こえ深くに沈みかけていた意識がゆっくりと戻りだす。
凪砂は座ったまま、ぱたぱたとスリッパを擦りながら声の主が近付いてくる音を聞いていた。
「凪砂、寝てんの?なぎ……起きてんじゃん、返事くらいしてよ」
ひょこっと横から顔を覗き込んできたのは、彼と共に暮らす少年──茨。
特徴的な暗紅の髪が陽に照らされ、鮮やかな赤にもなるその色を、ゆっくり瞬きしつつ見つめた。
「……寝てる…」
「はいはい。ねぇ、洗濯物干すから手伝って」
「…うん」
軽く受け流しつつ、茨が凪砂の隣にカゴいっぱいに入った洗濯物を置く。
まだ眠たげな凪砂は、動作はゆっくりながらも立ち上がり、ベランダへ通じる大きな窓を開けて先に外へ出た。
空を見上げて、目を細めた。まぶしい陽の光をめいっぱいに浴びる。
ブランケットを羽織りなおし、茨へ振り返った。
「…今日は、秋晴れだって」
凪砂に続いて外に出た茨は、その言葉に首を傾げる。
「秋晴れ?」
「…今日みたいな日のこと。雲はひとつもなくて、晴れている。空気もいつもより澄んでいて、気持ちいいでしょう?」
「ふ〜ん…。俺にはよく分かんないけど、洗濯物がしっかり乾きそうなら、それでいいや」
洗濯カゴを足元に置いて、シャツを一枚取る。
慣れた手つきで皺を伸ばし、凪砂に渡す。
ハンガーを取って、受け取った凪砂が物干し竿にかけていく。
それを洗濯物が無くなるまで繰り返す。
「…………」
しかし、最後の洗濯物。
自分のパーカーを手にしたまま、茨は物干し竿と洗濯物とを交互に見遣る。
ハンガーを取り、洗濯物に通す。
そして、物干し竿に……
「……茨。まだ、届かないと思うけど」
「わっ…分かってるよ!ちょっと試してみただけだから!」
…今回も干せなかった。
茨は今11歳。
その年齢の平均的身長の150cm(茨談)とはいえ、物干し竿の高さは茨より約20cmほど高い。
背伸びしても届くかどうかのところを、茨はたまにこうして、届くと信じて試すのだ。
そのたび凪砂に「届かない」と言われるのが悔しくて、強がっては、次こそはとひそかに心を燃やしていた。
洗濯物を干し終え、茨はキッチンに立っていた。
次にするのは昼食の支度。
今日は何にしようかと考えていると、ふとキッチンペーパーがもう無くなりそうなのに気付く。
「なぎ……」
リビングの凪砂を呼ぼうとしたが、何やら電話をしているようでこちらに気付く様子はない。
ペーパーの予備が入っているのは、キッチンの上の棚。
ここの戸は茨が少しの背伸びと手を伸ばせば開けるものだったが、中にある目当ての物を探し当てることは叶わない。
高いところへの出し入れは凪砂に頼んでいるが、そこで茨はふと思い出す。
(たしか、ペーパーは一番手前にあったはず)
それならば、と。
茨は先程の洗濯物の雪辱を晴らすため、手を伸ばした。
「……高いところの物を取るときは、私を呼んでって言ってるよね?」
「…………」
「…今回は落ちてきたのがキッチンペーパーだけだったからいいけど…怪我してからじゃ、遅いでしょう」
「…………」
「…次からは、絶対私を呼ぶって約束して」
「………もう少しで取れそうだったし」
「…茨。約束の返事は?」
「はぁ〜いっ」
(くそっ、次は絶対取ってやる!)
少年の戦い(?)は、つづく──……