笹貫わからせ(途中まで) 笹貫は三度捨てられた逸話を持っている。
一度目は竹藪の中、二度目は海の中、三度目は献上先の島津家。
一度目と二度目は自ら光ることで妖刀として己を打った刀工の下に帰ってきたが、三度目だけは刀工より召し上げられた樺山家に。
ここまでされて、人を好きだと言える刀は在るだろうか?
大慶との回想で表れた一つの懸念。薩摩、いや人を恨み嫌悪している節。強いては復讐者(アヴェンジャー)の要素。復讐と言えば小夜左文字だが、他の刀でも大なり小なり復讐心を秘めているものはいる。だが、その声色に滲み出たそれは到底看過されるものではない。
だから、突っ込んでみた。お前は人を好きなのかと。かの刀は言った、好きでもなければ嫌いでもないと。
「この本丸に二人しか人間はいない。鋼は常に必要とされる形を変える。剣、刀、大砲、軍艦……そして今こうして人の姿を持つ刀。そもそも主も補佐も刀以外の武器を持っているのに強いんだ」
「何が言いたいの?」
「……」
瞬間、振り下ろされる刃を二丁拳銃を顔の前で交差させて受け止める。
「テメェ、戦りたかっただけじゃねぇか!」
「オレの真意ってのが知りたきゃ、戦わないとわからない!補佐は慣れてるだろ」
「慣れてるとか超心外……って」
嫌な気配がして、無理やり刀を横にずらさせて回避した。笹貫も気づいたか、すぐに刀を銃から離してその場を跳んで転がった。一秒も経たぬうちに元いた場所には落雷が落ち、見事に穴が開いた。こんな芸当が出来るのは本丸において一人しかいない。
「鈴花……」
現れたのは審神者にして戦乙女にして魔女。今の姿は紅薔薇色の術式礼装(ドレス)を着ている。その表情は穏やかな淑女から程遠い冷たさを宿していた。
「笹貫さん、戦わないとわからないと言いましたね。いいでしょう、私が相手します」
「マジか……主自らかよ」
「なんであんたが相手するの!第一、術式礼装まで着てガチでどこまでやる気なの!?」
「もちろん、殺し合う前提で」
いつもの優しい声色ではなく、淡々と冷酷な口調に笹貫は震える。だが、すぐさまニヤリと笑い、
「言ったな、主。いいのか?」
「笹貫さんにはいろいろと思うところがあるので見極めと……わからせる為に。もちろん派手にやってはギャラリーが来てしまいますから──」
途端、変わる風景。そこは本丸の裏山で木々が生い茂っていたはずなのに、一瞬で薔薇が咲き誇る庭園と化す。夜には変わりないが三日月は満月に、芳しい香り、舞い散る花弁は肌に触れれば冷たさと柔らかさまである。
「ここは私の心想結界、あなた方の神域のようなものです。ここならばいくら壊しても元の場所では何もありません。私がこういう場まで用意してまでやる意味……おわかりですね?」
そこまで鈴花が言うと、笹貫は無言で刀を構えた。お得意の薩摩の構え。一撃で倒すことを絶対とした、勇猛が相応しい戦い方だ。
「じゃあ、あたしはそこの東屋の屋根から見てる。レフェリー必要でしょ?ヤバい思ったら即魔弾使うから」
「ええ、霧乃。お願い」
親友の返事を聞き、東屋の屋根へと跳んで移動する。とんと着地すれば板の踏み心地も本物そのものだ。限りなく本物に近い結界を現実の風景に上書きするレベルは鈴花クラス、強いては一宮家一門でないと無理だろう。鈴花の家の者以外で、政府、審神者、その他術師でどれだけいるのか。
「では……始めましょう」
その一言と共に、繰り出される氷の槍の雨。襲い来るそれらを斬り、避け、露わになっている肌、衣装に傷をつけながら、笹貫は真っ直ぐ鈴花に向かっていく。
「キエアアアアアアア!」
薩摩独特の叫びと共に一刀が振り下ろされるも、そこにいた鈴花の姿は掻き消える。
幻覚。
笹貫が振り向けば宙に浮いた鈴花の突き出した手のひらから雷が迸る。地面に刺さっていたり、転がっている氷を伝い、笹貫の身体に電撃が走る。
「ぐあぁぁあああっ!」
笹貫がまともに喰らって苦痛の声をあげるも、並の人なら瀕死になっているクラスの電撃を受けてなお立っていた。ぐらついたのは数秒、すぐ刀を構えて宙にいる鈴花の元へ翔び、距離を詰める。
だが、遮蔽物も何も無い宙では格好の的。無詠唱で術を繰り出すなど造作もない鈴花は、瞬時に出した炎の矢が笹貫めがけて放つ。またもノーガードで直撃した笹貫は勢いと共に大きな音と共に地面に落ちる。薔薇は衝撃で花弁が舞い上がり、花畑の中に落ちた笹貫は、土煙が晴れると赤い花弁がひらひらと落ちる中倒れていた。
「本当、うちの部隊は化け物ばかりいるけど、あの子も大概よね」
刀剣男士も化け物と言えば化け物だが、その刀剣男士に化け物呼ばわりされて喜ぶ人間がいるのが特務科だ。化け物でないと、遡行軍とやってけないからまだやれるという実力を示せて喜ぶのもわからなくはない。だが、
「その化け物を統率するのが魔女とかマジウケる。戦乙女は神聖視されるからあれだけど、魔女は……ね」
満月をバックに術式礼装(ドレス)を風になびかぜて浮く魔女の姿は、人が見たらさぞ見惚れることだろう。畏怖よりも息を呑むほどの美しさに圧倒し、脳裏にその光景が焼きつく。そうして何人狂わせたことだろう。恐ろしい親友だ、と心のなかでひとりごちる。
「これが笹貫さんの戦い方ですか?確かに薩摩は己がどんなに傷つこうと真っ直ぐ敵に向かい一撃で倒すやり方。ですが、あまりにも無為無策。波のようにと言っているあなたにしては、薩摩に引き寄せられすぎでは?大慶君と話して何か変わりまして??」
鈴花の問いかけに、笹貫は無言で刀を杖に立ち上がろうとする。身体に落ちてきた花弁を払い避け、ただ無言で主に刀を向ける。
「……聞いてたのか、大慶との会話」
「偶々、と申し上げておきましょう。随分と調子がいつもとおかしかったもので……笹貫さんは人に恨みを抱いていて?」
「どういう意味だ」
「三度も捨てられ、薩摩は刀を捨て大砲と軍艦を選んだ。けれど、またもこうして人は刀を選んだ。刀に人の形を取らせて。良いように人に振り回され、復讐心を持っていてもおかしくないと思っていたので」
「オレ達は物だ!人に使われるのは当たり前だ!!勝手に竹藪に、海に捨て、果ては気味が悪いと突き返され!!!おまけに刀は古いだと!?こちとらいい加減にしろぐらい言いたくなるだろ!!!!!」
笹貫は叫ぶが、対して鈴花はそれに表情を変えることはない。ただじっと笹貫を見つめている。
「そんでもって、この戦が終わったらオレ達はどうなるんだ?また帰る場所を失くすのか??一体、どこまで漂えばいい。波に揺られて彼岸に、竹藪の向こうの幽世にでも行くのか?なあ、どこまでオレは拒まれるんだ!!!!何度オレは捨てられるんだ!!!!!」
「……それが本心ですか」
鈴花はぽつりと呟き、ぱちんと指を鳴らした。途端、笹貫の足元に闇が現れる。
「な──」
闇は水飛沫を上げて、中から何本もの白く細い腕が笹貫を掴み引きずり込んでいく。それは底なし沼。キャハハハと甲高い女の声が闇夜に響く。水底から現れた美しい女の姿の妖。西欧に言い伝えられるルサルカないしウンディーネと呼ばれる水妖。鈴花はルサルカの方で呼び、飼い慣らしていた。魔女はこうした妖を飼うこともある。方法は母親の魔女から教わり、本丸では使うことはないだろう思っていたのに意外だった。
「なら、ここに再現を。今ここであなたをもう一度水底に引きずり込みましょう。刀だった時はただ沈みゆくまま……人ならばどうにでもなれましょう。ぜひとも藻掻いてくださいな」
「っ……くそっ……」
必死に笹貫はその場から抜け出そうとするも、腕はどんどん増え、空へと伸ばす笹貫の腕に身体に絡みつき、バシャバシャという音がゴボゴボという音に変わり、そして姿が無くなった頃辺りは完全に静かになった。