呪物展防衛任務の話 時は令和。とある都会の一角に中規模のギャラリーがある。日頃は閑散としているのだが、ここ数日珍しく長蛇の列が出来ていた。開かれているのは動画サイトで人気の怪談師、オカルトコレクター、心霊研究家などが持ち寄った呪物の展覧会。実際に怪異や異変が起きた曰く付きの物や、存在そのものが呪いをかける為に作られた物、古今東西幸運や良縁が来るとあやかられている物など実に様々な物が展示されていた。
以前から動画サイトなどで実際に起きた出来事や、所持している呪物の解説などが専門チャンネルや番組で取り上げられており今回初登場の物など話題性に溢れたこの展示会は、オカルト、ホラー好きはもちろんのこと、民俗学、文化研究家の著名人やそれらを専攻している学生達、昨今そういった物をテーマに人気を博しているマンガや映画、小説といったエンターテインメントから入り、興味本位や怖いもの見たで来た一般の人など幅広かった。
この決して大きくない展示会に不穏な動き有りと察知されたという知らせが二二○五年の相模国第七本丸(ヴァルハラ)に入った。なんでも時間遡行軍がこの呪物を奪取し、あらゆる時代にばら撒いて混乱を招こうとしているというのだ。
「え?なんでそんな自殺行為してんの??」
審神者の執務室、開口一番に言ったのは戦術補佐の霧乃だった。それもそのはず二二○五年においてその展示会にあった呪物の半分は起こした怪異や異変、曰くをさらに高めていた。民俗学を研究している学者が厳重に保管していたり、名門術師の監視下の元で封印を施している物もあれば、コレクターの間を転々としている物もある。だが何より恐ろしいのは令和から二百年ほど経っているので、消息不明の呪物も多く存在しているというところだ。もちろんそれもまた今も尚怪談などで語り継がれる幻の呪物として。そんな物を利用しようとするのは確かにアリといえばアリだが、問題はその取扱だ。下手をすれば自身はもちろん、周りを全て呪わんとする凶悪的な物もあるというのだ、相応な対策が時間遡行軍にあるのだろう。
「何気なくインテリアなどで飾られていたり、いつの間にか所持しているうちに異変や不調が起きるケースが多々あります。じわじわと知らぬ間に歴史上の主要人物が突然の不幸で死亡などあってはならないことですからね」
こんのすけは淡々と言うが、それにしても随分とまどろっこしいと霧乃は言った。
「しかし、実際に事を起こそうとしているのは事実です。ならば任務に赴くのは当然のことでしょう。ただ今回はとてもデリケートなものだと感じますが……」
審神者の鈴花の心配も最もだ。神剣や妖にまつわる逸話持ちの男士らは少なくないので彼らに任せるのも可能だが、今回はありとあらゆる場所から呪物が一箇所に集まっている。いくら怪異などに耐性があるとはいえ、少しやり方を誤れば何が起こるかわからない、慎重さが求められる任務だとすぐに鈴花は察していた。
「はい、ですので軍部からの承認も得て、審神者と戦術補佐と刀剣男士数名による少数での特別任務になります」
「珍しい!あたしはともかく鈴花も出るだなんて……まあ、この手の話で本丸内で一番なのは鈴花で間違いないし、そうなるか」
鈴花は名門術師の家系である一宮家の令嬢。この手の怪異などの対処に的確に指示できるのは彼女以外いない。男士らにあらかじめ知恵や策を授けることも出来るが、状況が状況なので本人が現地に同行した方が早い。
「連れていく男士の上限は三振り程度と考えてください。現場のギャラリーはあまり広くないですので、打刀以下が望ましいでしょう」
「了解しました。準備が整いましたらすぐにでも向かいましょう」
「では、連れていく男士を決めましたら私に声をかけてください。早急に出発いたします」
転送の準備などで忙しく出ていくこんのすけを横目に、鈴花と霧乃は連れて行く男士をどうするか考える。無難に考えれば神剣、怪異に強い男士を連れて行くのが定石だが、如何せん太刀や大太刀といった大きな刀が多い。そうすると連れていける刀が絞られるが……
「霧乃、こんなとこにおったか!これから肥前とゲームで協力してほしいのがあるんじゃが……」
「なんでおれが付き合わなきゃいけねぇんだよ」
「主、先程小包が届いたよ。母君から傷欠け有りの宝石の詰め合わせだそうだ。僕としては一緒に眺めてどのように利用するか興味があるのだけれど」
わらわらとやってきたのは土佐組に鈴花と霧乃は顔を見合わせる。
「打刀二振りに、脇差一振り……」
「鈴花、もう面倒だからこの三振りで良くない?あとはあんたの魔術やら護符やらでカバーすればなんとかなるでしょ?」
「霧乃……私ほぼ全ての方面をカバーというかフォローしなければいけないんですけど」
突然話し合う主達に、土佐の刀達は一様に首を傾げる。
「あー……あんた達に緊急命令。これから令和に飛んで、特殊任務に当たってもらう。同行はあたしと鈴花。令和初期に行われた呪物の展示会に時間遡行軍の出現を察知したからその迎撃と展示物の死守。オッケー?」
『はあ!?』
突然の命令に大きな声を上げる三振り。半ば補佐が強引に出陣準備を主導する中、かくして令和の呪物展防衛任務は幕を開けたのだった。
呪物展最終日前日、ちょうど土曜ということもあってギャラリーの外まで列が並んでいた。予想外の大盛況をこの呪物店の主催者はしみじみと入り口から眺めていた。呪物コレクターでもある彼は会期中知り合いの業界人や著名人、動画サイトでチャンネルを開いているのでそのファンなど多くの者に声をかけられた。一昔前は根暗が愛好する一ジャンルとして学生時代は苛められる要因であったが、こうして愛好者が多くいることがわかる現代がとても居心地がいい。コラボ動画として同業者や自分も読んだ怪奇小説の作者と対談、そして縁が巡って呪物の蒐集に至りこうして大きくはなくとも展覧会を開けるまでになった。
いくら科学が発展しても未だに呪いや怪奇現象、怖い話は健在している。今では陽キャと呼ばれる、昔自分らを見下していた彼らもやれ占いのランキングや運の巡りを気にし、無宗教と言いながら冠婚葬祭と人が避けて通れない行事、お宮参りに合格祈願、初詣に縁結びにと人が神や仏に縋り祈る。こうして関わりがある限り怖い話や呪物、ひっくるめるのは良くないがオカルトは傍らに在り続けるというのだ。
主催者は中に戻り、ギャラリーの中を巡る。ここに集まったのは実に様々な呪物達。家に置くと火事に遭うが決して燃えない呪いの絵、突然声を発する赤ちゃん人形、東南アジア発祥の胎児のミイラを使った幸運のお守り、南米で処刑に使われたと言われる剣……幸運を招くものがあれば、所持していて不幸が続き曰くがついたもの、歴史が深く代々受け継がれたものなど古今東西問わず様々なものが集まった。観覧客は書かれた説明パネルを読み、じっと展示された呪物を眺める。ある者は気持ち悪そうに不快感を露わにし、ある者はわくわくした顔で隅々まで観察、またある者はぞっとした顔で凝視した。中には禁止としているにも関わらず触ろうとしたり、馬鹿にするような発言をする者もいるにはいるがすぐに咎められる。仲間内の度胸試し、自分はこんなものは怖くないと見栄を張ろうとするのが主だが大抵注意がてらつい昨日も同じようなことをし、突然の大怪我や体調不良で救急搬送されたり後少しで命を落とす寸前までいった報告を受けた旨を話すと、大抵ビビってそそくさと退散する。だが、してしまったことに対して謝りはしないことが多い。それこそが今後の運命を左右とするというのに。
「今夜何人そういう報告があるのやら」
ふとポケットからバイブ音がしてスマホを取り出せば、SNSのDMに展示会に行った後の報告が受信されている。ほとんどフォロワーもしくは知人友人だが、内容は展覧会の感想とその後に起こった数々の出来事の報告だった。
『展示会行った後まっすぐ帰宅したんですが、謎の頭痛と吐き気で救急外来受診したんですが原因不明で薬だけ渡されましたよ。今じゃあ絶好調ですがあれは何だったんのやら』
『展示会見終わったのが閉館間際で夜だったんですが、帰り道にひったくりに遭いまして。でも、犯人バイクに乗ってたんですが何もないところで盛大に転倒して救急車と警察呼ぶ騒ぎに。一応事情聴取やらで警察と一緒でしたが、犯人は足を骨折して全治一ヶ月で治療終わったら即逮捕だそうです。本当に平坦な道だったのに、これ展覧会に憑いてきたのが罰与えてくれたんですかね?』
『今回の展示にあたってせっかく撮影許可いただいたのに、後でデータ確認したら全部壊れていてダメになってしまいました。あのカメラ新品だったのにですよ!?ついでにスマホも調子悪くなってしました』
と、良い悪い関わらずこの展示会に行った後に何かが起こるようだ。もちろん何もなかったという人も少なくはない。そのおかげか展覧会に行くと何かが起こるという触れ込みが拡散され、来場者数が増えた原因の一つでもあった。
展示会にまつわるエゴサも主催者は始まってからの日課だった。行ってきた感想を見るのは楽しいし、そこから派生してそういえば……と不思議な体験や怖い話を載せてくれるのが良い。今夜のエゴサも捗りそうだなと思いスマホから顔を上げると、ふと目を引く男女のペアがいた。
ぱっと見は恋人かと思った。しかし女性の方──服が胸元にフリルが付いたブラウスにふんわりとした膝下まである薔薇色のスカートでお嬢様のようだ──が、男を先生と呼ぶので大学の先生と生徒かとも見えた。二人共興味深そうに呪物を眺め、小声だが何か話し合っている。
「ほう、けたたましい声で笑うフランス人形……これは魂が中に宿ってしまった形かな?」
「そのようですね……持ち主が精神を患っていて、とても大事にしていたとあるので……きっと宿ってしまったので──」
「あのぉ」
思わず声をかけてしまい、二人は驚いた顔で振り向いた。
「ああ、すみません。私、この展示会の主催をしている滝野という者です。とても興味深いお話が聞こえたので、つい……」
「主催者とは僕らも気づかなくて済まない。どの展示物も興味深くてついのめり込んでしまった」
男は頭を下げたが、整った顔立ちに眼鏡をかけ、涼し気な淡い青のリネンシャツにダークグレーのスラックスという出で立ちは先生というよりモデルのようだった。女の方も一礼するがこれまた所作が優雅で、本物のお嬢様なのは間違いなかった。
「無粋な質問で申し訳ないですが、お二人はどのようなご関係で?」
「僕は大学で非常勤講師をしていてね、彼女は生徒だ。この展示に生徒たちを誘ったのだが、彼女しか手を挙げてくれなくてね。しかし、これだけの数をよく集められたと関心していたところだよ。どれもこれも一級品の呪物だ」
「そのようなお言葉をいただけるとは嬉しい限りですよ。私だけでなく、知り合い達からも協賛してもらって開けたんです。世の中にこんなに呪物があるだなんて驚きでしょう?でも呪物なんて言い方はするから禍々しく思えるだけで、実はそういった物は身近にある。例えばあるペンを使っていると面倒な仕事が回ってこないとか、ある宝石を使ったアクセサリーを身につけると異性からモテるとか……内容の良し悪し一つで言われ方が変わるものの根は一つです」
「元から備わっていた性質か、はたまた人の祈りや感情が宿って力を得るか、神または霊が宿ったものか……人の主観で変わるのです、物も心があったらさぞ振り回されて大変でしょうね」
なるほど流石に先生についてくるだけの生徒なだけある。とても興味深い見解だった。