「育成をお願いします」
そう言いながらアンジュが光の守護聖ユエの執務室を訪れたのは女王試験が始まって88日目の夕暮れのこと。
「もうまもなくだな……」
アンジュの言葉に頷きながらユエは先ほど王立研究院で見た数値を思い出す。
エリューシオンの建物の数は現在79。
光の館が若干多いものの、各守護聖の力によって建てられた建物がバランスよく揃っているのが印象的であった。それは彼女が何よりも女王試験に真摯に向き合っていた証拠なのだろう。そして、今夜か明日にでも目標の数値には到達することがうかがえる。
開始当初は不安しかなかった女王試験。
しかし、こうして終わりが近づくと寂しさを感じるのは気のせいではないのだろう。
出会った当初は苛立ちすら覚えていたが、だんだん彼女に向ける感情は変化し、いつの間にか失いたくないとすら思うようになっていた。
もっとも彼女にその気持ちは打ち明けられないままであったが。
「ユエ、今までありがとう」
最後に笑みを見せアンジュは執務室から去っていく。必要以上のことを話さないのがある意味彼女らしい気がする。
その凛とした背筋からは翼が生えているのではと錯覚してしまう。
…遠い存在になっちまうんだな、アンジュ。
ふとそんなことを思ってしまう。
約束していた日の曜日のデート。だけど、それはおそらく叶えられることはない。
そしていつかは伝えようとしていた想い。それも口にすることなく自分の中で封じ込めておくしかないのだろう。
だけど、首座の守護聖としてやるべきことはただひとつ。
「立派な女王になれよ、アンジュ」
窓から見える光は橙色から群青色へと変化していくのが見える。
少し早いもののユエは星の間に向かうことにする。彼女を女王に導くためのサクリアを送るために。