少し前までは空を紅く染めていた紅葉も少しずつ落ちていき、空が広く感じられるようになった。
「今日も御門さんとご一緒できて嬉しいです」
そう隣で話すのはこけら落とし公演のために京都を訪れたというスターライトオーケストラのコンサートミストレス・朝日奈唯。
ひとときの巡り合わせのように思えたが、想像以上に彼女との縁(えにし)は深まっていたらしい。ことあるごとに彼女は自分のもとを訪れ、そうして一緒に過ごすことを楽しみにしてくれている。
「ありがとうございます。今日はどちらへ参りましょうか」
「そうですね…… 京都はまだ知らないところがたくさんあるから、御門さんのお勧めの場所に連れていっていただけますか?」
そう言いながら自分を見つめてくる瞳は揺れているのがわかる。
自分がどのような答えを返るのか不安なのだろうか。その様子が愛らしいと思う。
「では、先日は祇園でしたが、今日は別の茶店に行きましょうか」
そう答えると先ほどの不安げな表情は失せ、明るくなるのがわかる。そして自分の心もほんのりと温かいものが宿るのがわかる。
それから訪れた茶店で彼女と時間が経つのも忘れるくらい話し込んだ。
スターライトオーケストラのこと、今までの演奏でのそれぞれの思い出話、高校生活のこと。
同じ音楽に触れているもの同士とはいえ、今までもそして今も異なる環境にいるため、彼女から聞こえてくる話は新鮮に映る。
そして、思う。自分もスターライトオーケストラにはいない珍しいタイプだから彼女は興味を持っているのだろう、と。
かつて多くの者が自分たちの元から去っていったようにこの少女も自分ではないものと幸せになるのだろう。そんな未来も予知してしまう。
……だけど、そんな考えとは裏腹に彼女を見ていると自分も明るい気持ちになる。
話しているといつの間にか時間が経ったらしい。頼んでいたケーキはすっかりなくなり、コーヒーも飲み干してしまったため後にする。
「もう少しだけ散策しませんか? 夜空が綺麗ですので」
夜空のことはあくまでも口実なのかもしれない。
今は彼女と別れるのが名残惜しい。ただそれだけ。
彼女に惹かれる気持ちを抑えるべくつれない態度を取っていたが、表情が変わる彼女をこれからもずっと近くて見続けたい。その気持ちは日に日に大きくなってくる。
そして、叶えられるのであれば自分だけのものに……
そこまで考えて御門ははっと息を飲む。
欲というものを感じないように生きてきたが、彼女を見ているとすっかり欲深くなった自分に気がつく。
するとそのとき自分たちの横を風が通りすぎていくことに気がつく。そろそろ冬が近づいているということもあってか、風は冷たい。
「そろそろホテルに戻りましょうか」
「ええ」
演奏会を控えたコンサートミストレスという立場を考えると彼女をこれ以上風にさらさせるわけにはいかない。一緒にいたいという自分の願望で彼女をこれ以上連れ回すわけにはいかない。
すると次の瞬間何かにつまずいたのか唯がふらっとよろめく。
「あ……」
幸いなのか倒れてきたのは御門がいる方。
咄嗟に手首を掴むが思った以上に細かった。そして、触れている身体は女性特有の丸みを感じる。
自分たちが異なる性であることをあらためて実感する。
「ごめんなさい」
身体を立て直した唯がバツが悪そうにそう謝ってくる。
ふとそのとき唯が自分を見つめてくることに気がつく。そしてそっと尋ねてくる。
「御門さんもスタオケに来てくれますよね?」
その言葉にすぐ答えない。
彼女のことをずっと見つめていたいのは本音。
そしてスターライトオーケストラで輝く彼女を間近で見たいのも、自分がその一員として参加したいのも本音。
だけど、自分の立場を考えるとそれは許されることではない。
「あなたのことはずっと見つめていますよ」
心に小さな痛みを覚えながらもそう話す。
直接見ることは叶わないかもしれない。
だけど、小さいながらもしっかりと輝く星々の中で一段と強い光を放つ彼女のことはどんなに離れていても見守っていきたい。それも紛れもない本音。
「え? あ、ありがとうございます」
近い未来に行う自分の選択で彼女を悲しませるかもしれない。
だけど、それは彼女と出会ったからこそ歩もうと思えた未来。もっとも彼女はそのことを知らないし、知る必要はないが。
「では、行きましょうか」
さりげに彼女の背中に腕をまわしエスコートする。
こうして隣で歩くのはあと何度あるのだろう。
そう思いながら御門は唯の歩幅に合わせる。
そんなふたりを見つめるのは秋の冷たい空気の中、光を放つ月だけであった。