ラストダンスはあなたと「コンミス~ スタオケ焼き、焼けたぜ!!」
「ありがとう! じゃあ、集客頑張るね!!」
「先輩、俺も去年と同様、『2枚買ったら写真撮影』の謳い文句で集客頑張りますね。あ、心配しないでください。俺は先輩のことしか目に入っていないので」
去年に引き続きスタオケは星奏学院の文化祭で模擬店として「スタオケ焼き」を販売することとなった。
もちろん売り上げはスタオケの活動費となるため、メンバー一同気合いを入れて臨む。
去年参加した刑部や桐ケ谷たちは高校を卒業し、参加の要件を満たしていないためここにはいないが、代わりに新しく入ってきた1年生が早速戦力として活躍している。
そんな様子を微笑ましく思いながら朝日奈唯は呼び込みに精を出す。
「スタオケ焼きいかがですかー!!」
秋晴れの中、唯の声が響き渡ると早速女性たちを中心に列が出来上がる。
混乱を招かないように整列していると、その中に見知った人物がいることに気がつく。
「堂本……」
因縁といえばいいのだろうか。
直接関わることはないが、浮葉と接点があるときに自然と関わり、そして去っていく相手。
最初の印象こそ悪かったものの、案外そんなに悪い人ではないと思うようになったのは最近のこと。
だけど、心に根付いたものがあるからだろうか、やはり心のどこかで警戒してしまう。
「そんなに睨むなよ。ちゃんと金は払う」
無意識に鋭い眼光を宿していたらしい。
堂本に指摘され、唯は少しだけ表情を緩めることにする。
「みなとみらいでのお坊っちゃんとの演奏会の前に、足を運んでやったんだ」
それを聞いて納得する。
東京の学校に通う彼がわざわざここまで来ていることに。
一方でひとつの疑問が唯の心の中に沸き上がる。
……それにしても。
浮葉は一緒ではなのだろうか。
彼もみなとみらいでこれから仕事だという。
だとすれば、やはりスタオケには関心がないのだろうか…。
それとも、源一郎やあるいは自分がいるオーケストラには興味がないのだろうか。
浮葉がスタオケに加入しなかったのは、自分たちの技量不足の側面よりも彼自身が抱えているものや、彼の求めているものが違うところにあると、かなり時間を経ってから聞いた。
だけど、悩み迷っていた時期に抱えていたつらい想いは今でも心の奥底に眠っている。
「コンミス」
ともに整列作業を行っている源一郎も同じことを考えていたのだろうか。
表情に翳りが見えているのがわかる。
だけど、彼の顔を見て唯は客観的な判断をすることができた。
呼び込みをしている自分たちが暗い顔をしていては人が寄ってこない。
心の中の憂いは封印し、今目の前にあるべきことを一生懸命やろう。
そう決意したとき、堂本が「ありがとよ」、それだけを告げて去っていく。
スタオケ焼きを2つ抱えた袋を持ちながら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「今年は誰とも踊らなかったな……」
文化祭での後夜祭では毎年ダンスを踊るのが倣わしとなっている。
男性がコサージュを持って女性を誘うのだが、一年生のときは誰からも誘われなかった。
二年生のときはスタオケのメンバー数名から誘われ、誘いを受けることにした。心は京都で自分たちとは違う道を歩むことになった浮葉に寄せつつも、誰にも誘われない哀れな自分を気遣ってくれた仲間の気持ちに応えるために。
だけど、今年は誰にも誘われなかった。
成宮が時折自分への気持ちを口にするが、自分は浮葉のことが忘れられないことを知っているからだろうか。あるいはコンミスとしての好きと女性としての好きは違うからだろうか。後夜祭で声を掛けることはなかった。
他のものもそれぞれと約束があったり、また決まった相手がいないとはいえ唯に声を掛けるのは躊躇いを感じたりしたのだろう。
唯を誘うものは誰もおらず、唯はひとりで星奏学院から離れることにする。
このまま菩提樹寮に帰るのも気が引けるため、唯は寄り道をする。
ドレス姿のままだが、上にコートを羽織っておけば目立たないだろう。
気がつけば港の見える丘公園にたどり着いていた。
以前、浮葉が憂いを帯びた表情をしながらここで長時間佇んでいたのを思い出す。
見上げると数えきれないほどの星たちが煌めくのが見えた。
浮葉もそろそろ今日のステージは終わった頃だろうか。
だとすれば、この星たちに気づいているのかもしれない。
…でも、もし空を見上げる余裕がないかもしれないから、連絡するのも悪くはないかもしれない。
そう思ってスマホを取り出したそのとき、静かな夜にふさわしい声が聞こえてきた。
「遅くなって申し訳ございません」
振り向くとそこにいたのは、今日一日存在を気にしていた浮葉であった。
「うき…は…さん?」
唯は目を見開く。
「本物ですよね!?」
自分でもワケわからないことを言っている自覚はある。
だけど、まさか会えるとは思っていない人物が目の前にいるとそう言わざるを得なかった。
「遅くなり、大変、失礼いたしました」
そして、唯の前に跪き、ひとつのものを差し出す。
生花で作られたかと思われるコサージュ。
ほんのりと甘い香りが鼻をつき、その匂いに魅了されそうになる。
「もしよろしければ私と踊っていただけませんか?」
「いいのですか? 私なんかで……」
唯の問いかけに浮葉はにっこりと答える。
「ええ」
そう言ったかと思うと、手にしていたコサージュを唯のコートにつける。
そしてさりげなく手を取り、ステップを踏み出す。
浮葉がワルツを口ずさみ、それを聞いて唯はリズムを合わせる。浮葉のリードがうまいからだろうか。慣れていないなりに唯は夢見心地の時間を過ごすことができた。
そう、ずっとこのまま時が止まればいいのにと思うくらい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ところで、堂本はスケジュールの合間を縫って来たのに、浮葉さんは来なかったのですね」
ずっと浮葉と踊り続けたい気持ちはあったものの、やはりある程度踊ると息が切れる。
そのためふたりはステップを刻むのをやめ、ベンチに座ることにした。
先ほど浮葉が買ってくれた飲み物が身体に行き渡るのを感じる。
そして唯は思わず今日1日感じていた不満を口にする。
すると、浮葉は目を伏し目がちにしながら口を開いた。
「それがお恥ずかしいことに、こちらの電車にはまだ乗り慣れていないのです……」
いつもは車で送迎されているが、今日は時間に少し余裕があるため、星奏学院の文化祭に顔を出そうと堂本と話がまとまったらしい。
そこで電車で移動することになったのだが。
「社長からは『電車で1本だから楽よ』と教えられ、さらには堂本くんとは同じ電車に乗ったのですが……」
元町・中華街駅で降りようとしたところ、モタモタしてしまい、乗り込んでくる乗客に出口を塞がれたらしい。
その後も降りようとしたものの、あっという間に電車は発車してしまった。
堂本からはすぐにマインが来て、「みなとみらい駅で降りてそのまま待ってろ」と指示があったとのことだった。
浮葉の話を聞いて唯はみなとみらい駅でひとりポツンと待つ彼を想像して笑ってしまう。
「堂本くんからうかがいました。あなたが楽しそうに接客をしていたこと。それに源一郎も活躍していたこと」
思わせ振りに去っていった堂本のことを思い出す。
彼を見るとつい身構えてしまうが、彼は彼なりに気を遣っていたのかもしれない。そんなことを思う。
すると、浮葉が意外なことを口にする。
「あと、スタオケ焼き、と言いましたでしょうか。大変、美味しゅうございました」
「食べたのですか!?」
「ええ、堂本くんが『お土産』とおっしゃって、買ってきてくださいました。それで、ステージ前の腹ごしらえとしていただきました」
おかげさまで、今日のステージも観客の反応は上々だったかと思います。
そうつけ加える。
それを聞いて唯は思い出した堂本がスタオケ焼きを2個買っていったことを。
成宮とのツーショット写真に興味なさそうだったため、理由はわからないでいたが、あれは自分とそして浮葉のためだったのだろう。
そのとき、夜風が唯の傍を通りすぎ、体温を奪われた唯は思わずくしゃみをしてしまう。
「よろしければこのストールをお使いください」
そう言って横から掛けられたのはストール。
初めて京都で出会ったときと同様、滑らかな生地であることがわかる。
申し訳なさで返そうとするものの、イメージに反した力強い彼の腕がそれを許さない。
「人はなぜ忘れようとするたびに、その想いが強くなるのでしょうね」
溜め息混じりの声が聞こえ、頭上を見上げるとそこには月の光を映した浮葉の瞳があった。
その瞳の切なさに魅せられていると、浮葉の端正な顔が近づいてきた。
……触れたのは一瞬にも永遠にも想う。
幻ではないかと思いくちびるに触れると、そこには暖かい感触が残っていた。
そして、胸に占める切ない気持ちも先ほどよりも大きくなっている……気がする。
「これ以上、あなたと共にいてはいけませんね。いつかもっと酷い間違いを犯してしまう」
先ほどよりも距離がある位置から自嘲的な笑みを浮かべ、浮葉はそう告げる。
その言葉を聞いて唯は首を横に振る。
「イヤじゃなかったです……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で唯はそう話す。
そう、嫌ではなかった。ただ驚いただけ。
「この欲にまみれた私と一緒にいてもいいと……?」
探るような浮葉の言葉に唯は頷く。
「その気持ちを抱いているのは私だけではないです」
京都で会ったときに一目で心を奪われた。
その後、浮葉がスタオケに加入しなかったときは自分の実力不足を真っ正面から指摘された気がしてムキになった。
だけど、その後、運命のいたずらなのかグランツと演奏することになった。
そして、そのときのひとつの出来事を思い出す。
「浮葉さんは私のことを信頼してくれた大切な方だから」
グランツのメンバーはほぼ全員月城の弓に従っていた。そして、自分自身すらコンミスとしての技量を疑い、隣にいる月城慧に頼っていたのに、彼だけは浮葉だけはコンサートミストレスである自分についてきてくれた。
そのことがどれほど嬉しく、そして自分の自信を取り戻すきっかけとなったことか。
そして、そのとき自分の中で浮葉への想いが根づいていることを自覚した。
「ストール、ありがとうございます」
暖を取れたこともあり、ストールを返そうとするが、やはり力強い浮葉の手がそれを許さない。
おそらく自分に持っていてほしいという意思の現れ。
しばし考え、唯はひとつの提案をする。
「じゃあ、今日はこれをお借りするとして、浮葉さんと会う口実が欲しいから返す、という理由じゃダメですか?」
そう言うと浮葉は目を見開き、そしてくすっと笑う。
ようやく彼がいつもの、唯がよく知っている人物に戻った気がする。
そんな安心感もあったのだろうか。目と目が合うと、自然と引き寄せられた。
先ほどは味わう余裕すらなかったくちびるの感触。今度は甘く、そして切なさが入り乱れているような気がした。
「もう一度一緒に踊っていただけませんか? 紅葉の君」
浮葉の言葉に唯は頷く。
ふたりを見つめているのは冷たい光を放つ月、ただそれだけであった。