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    ゆめの

    @x_yumeno_x

    浮唯中心で唯受を書いています。

    カップリングごとにタグを分けていますので、参考にしてください。

    少しでも楽しんでいただければ幸いです。
    よろしくお願いします🙇‍♀️⤵️

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    ゆめの

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    リーフホテルの相葉の紹介でスタオケのエキストラになった仁科。
    コンミスの朝日奈唯は気になる存在ではあるものの、彼女はどうも京都で失恋したらしい。

    その相手である御門浮葉の影を感じながらも、唯と距離を縮める仁科。
    その恋の結末は……!?

    ##ぼんゆい
    ##仁唯

    これが私が選んだ未来プロローグ

    仁科諒介は関東特有のからっ風が吹き抜ける中、ひとりで佇んでいた。
    あたりを見渡すとクリスマスの装飾をほどこされたもみの木があり、そして建物にはイルミネーションが灯されていた。
    先ほど行われた国際コンクール出場をかけた本選。先月から加入しているスターライトオーケストラは、本命と言われたグランツ交響楽団を下し、見事に国際コンクールへの出場を決めた。
    そして、中心となってヴァイオリンを弾いていた彼女のことを眩しく思いつつも、今まで出会った女性とは違う感情で見つめていることも仁科は気がついていた。
    だからこそ、演奏会直前の大切な時間にも関わらず彼女に話しかけた。「コンクールが終わったら、ホールの外のもみの木の下で待っている」と。

    その意味を理解したのだろうか。
    そう話しかけた相手―朝日奈唯は眼を見開きながらも首を小さく縦に振るのが目に見えた。
    一方て仁科はその瞳の中に迷いがあることにも気づいてしまう。
    京都で唯が出会ったという相手、御門浮葉。
    彼と親密な関係を築いていたというのは仁科の耳にも届いている。
    彼女が、唯が、現在、御門にどのような感情を抱いているのか正直わからない。
    そして、この会場に彼も来ているのは先ほど確認した。もちろんグランツ交響楽団の一員として。
    遠目で見かけ、あるいは直接話しかけることで、唯の気持ちに変化が生じたり、ときには関係性すら変わるかもしれない。
    そんな恐怖は仁科の中にある。

    約束の時間まではあと3分。
    だけど、時間を守る彼女が姿を見せないということは、来ないのかもしれない。
    先ほど感じた希望はあくまでも仁科の願望で終わり、おそらくこれからやって来るのは絶望。
    そうはわかっていながらも仁科はもう少し唯を待つことにする。
    そんな彼を嘲笑うかのようにぴゅーっと一陣の風が吹いていった。




    ネオンフィッシュのライブはいつも通りと言えばいいのだろうか。大盛況のうちに終わった。
    笹塚が生み出すメロディに自分のヴァイオリンの音色を乗せる。クラブ特有の空気感もそれに拍車をかけ、会場が熱狂を包み込んだ。

    ライブが成功に終わった安堵の気持ちを抱えているのは自分だけではないのだろう。
    スタッフも始まる前とは違う優しい雰囲気となっている。
    ただ、笹塚だけはまるでこの熱狂が当たり前のように受け入れているのか、いつものように淡々と後片付けを行っている。
    そして、機材搬出のメドもついたのだろう。「お疲れ」。それだけを言い残して去っていった。

    仁科も会場をあとにしようとしたところ、楽屋口でひとりの男性が佇んでいるのが目に入る。
    あれは確か……
    暗がりの中で見覚えのあるシルエットと、自分の中の記憶を照合していると、相手も仁科の存在に気がついたらしい。

    「仁科くん……!」

    そう声を掛けられた。

    その声を聞いてぼんやりとしていた記憶が鮮明になる。
    リーフホテルの相葉。
    全国各地でホテルを経営しており、またクラシックへをはじめとして音楽への造詣も深い。
    「君たちが本格的に全国で活動するときには是非声を掛けておくれ。泊まるところならいくらでも用意するから」。
    そんな言葉も前にいただいていた。
    ふと仁科は今が11月であることに気がつく。
    私立大学は徐々に推薦入試の合格発表が出される。実際、仁科も既に来年の進路は決まっている。
    それを見越して来年の話でもするのだろうか。
    そう思っていた仁科であったが、意外とも言うべきことを持ちかけられる。

    「仁科くん、オーケストラの演奏に興味ない?」
    「オーケストラ、ですか……?」

    聞いたところによると、横浜を拠点に活動するスターライトオーケストラという団体を札幌に招待し、演奏会を行ってもらう予定とのことだった。
    実質的には今年発足したばかりのオーケストラであり、演奏技術も未熟な点が多々あるが、国際コンクール出場を目指しており、演奏会のたびに成長が著しく、将来の可能性を感じるとのことだった。
    ただ、学生オーケストラにつきものの悩み、弦楽器の奏者が足りないことに関してはやはりこのオケも避けられず、何人かエキストラが必要とのことであった。

    「俺、最近はテクノばっかりですし……」
    「でも、クラシックも練習しているんだろ?」
    「ただ、オケの中で弾いたことはなくて……」
    「意外だね。君くらいの奏者なら、とっくにエキストラとして声を掛けられてもおかしくはなかっただろうに」
    「ええ、俺も高校に入ったらオケに入ってみたいと思っていたのですが……」

    そう話ながら思い出す。
    柄じゃないと思いながらも受験勉強の合間にヴァイオリンを練習していた日々を。
    そして、高校生になったら、どこかの市民オケにでも参加させてもらおう。そんなことを考えていた。
    だけど、なかなかきっかけが掴めないでいたところ、笹塚から声を掛けられ、ネオンフィッシュでの活動を始めることとなった。
    ヴァイオリンのレッスン自体は続けているが、ネオンフィッシュの活動が軌道に乗ったこともあり、オーケストラで活動することはいまだ叶わない。

    「せっかくの機会だし、どうかな? それにかわいい女の子がコンサートミストレスを務めているよ。仁科くんはああいうタイプの女の子、好みじゃないかな?」

    相葉がだめ押しと言わんばかりに再度聞いてくる。
    それを聞いて仁科も思う。
    先ほど相葉の言葉によるとスタオケは横浜を拠点に活動していると話していた。さらに全国をまわっているとも。
    笹塚も東京の大学を進学することを考えており、本格的に東京で活動したいと話していた。
    横浜なら東京からも近いし、コネを作っていても損はないだろう。
    それに、同じ世代の女の子と出会えるというのは、純粋に楽しみな気持ちもある。しかも、相葉が言うには自分好みだというから、なおさら期待が高まる。

    「そうですね、考えておきます」

    ネオンフィッシュの活動では見掛けることはないが、笹塚はコントラバスが弾ける。
    相葉にお世話になっていることもあるし、今後のことを考えてふたりで参加するのも悪くはないだろう。しかも、演奏の予定曲目には笹塚の好きなバッハも含まれている。
    気持ちはかなり決まっていたが、万が一ということもある。そのため、かなり慎重な返事となった。
    しかし、相葉もそれを承知していたのだろう。

    「では、連絡を待っているよ」

    そう言い残して去っていった。



    これが例のコンサートミストレスか。
    確かに顔はかわいいし、バッハを弾いている姿はひたむきだと思う。
    なるほど、相葉が自分に参加を勧めていたのがわかるような気がする。
    スターライトオーケストラの練習に参加し、セカンドヴァイオリンの後ろの方の席に座っている仁科はそう思いながら前の方から流れてくるヴァイオリン協奏曲のソロの音色に耳を傾けていた。
    本来、コンサートミストレスがヴァイオリン協奏曲のソロを弾くことはないが、このオーケストラでは事情が特殊なのだろう。コンミスがソロを弾き、本来コンミスが座るべき席には別の人が座っていた。

    ……それにしても。

    ひたむきに感じるが悪く言えば、ソロの音色からどこか焦りと苛立ちを感じる。むきになっているとも言えるが。
    そして、正直なところ、彼女の目指すべき音楽が見えてこない。いや、本人も霧の中、あるいは闇の中に迷い込んだかのような感覚なのかもしれない。
    どこへ向かっていくのか弓で示されない感覚を仁科は覚えていた。
    そして、視界の奥の方に映る笹塚も同じことを思っていたのだろう。
    はっきりとコンミス-朝日奈唯に物を言い、そして練習会場から去っていった。
    仁科の席からは唯の横顔しか見えないため、表情をはっきりとうかがうことはできないが、小さくなった背中が傷ついていることを示しているような気がした。


    「お茶でもしていかないかい?」

    練習後、後片付けをしている唯を見て仁科は思わずそう声を掛けてしまった。
    同じオケの人と約束があるかもしれないし、もしかするとひとりになりたい気持ちかもしれない。
    だけど、そう言わないと気が済まなかった。それはもしかすると「自己満足」という名の感情なのかもしれない。
    だけど、出会ったばかりの自分の誘いに臆することなく、唯は頷いた。
    こんなに簡単に人を信用していいのだろうか。誘っておきながらそんな不安に似た感情を抱きながら、仁科は会場近くのカフェへ足を運ぶこととした。


    「全国をまわっているんだってね」

    前もって聞いていた知識ではあるが、目の前に座っている少女から直接聴きたかった。
    彼女が何を見、そして何を感じてきたのか。

    「ええ、いろんなことがありました」

    そう話すと先ほどまでの暗い表情が少しずつ変化し、目に光を灯すのが感じられる。
    全国各地というには少し大げさだけど、九州や沖縄にも旅をし、行く先々で仲間を見つけてきたのだという。

    「ここに来る前はどこに行ってきたの?」

    そう、仁科にとっては他愛もない質問。
    本来であれば会話をスムーズにするための問いかけ。
    だけど、その問いを口にした瞬間、和やかになっていたはずの空気が一気に冷えていくのを感じる。
    戸惑いを感じながら唯を見つめると、彼女は今にも泣き出しそうな表情をしながら口を開いた。

    「京都です」
    「そっかー」

    仁科はそれしか言わなかった。
    本来であれば、見所がいっぱいあるんだろうなとか、紅葉が綺麗だったんだろうねとか、話のネタには尽きなかったと思う。
    だけど、目の前にいる唯がこれ以上聴かないでほしい、そう拒絶しているように感じた。
    カップの中のコーヒーもすっかりなくなってしまったため、ふたりはカフェを出ることにした。そして、ホテルの前まで彼女を送り届ける。
    本来であれば交換したかったマイン。だけど、今日はそれをすることができなかった。今後、交換することはあるのだろうか。そう思いながら仁科は札幌の街を歩き始めた。
    頬を掠める風は秋が過ぎ、長い冬を迎えたことを教えてくれたような気がした。


    その次の日の練習もやはり唯が奏でるヴァイオリンには焦りの色が滲み出ていた。
    これ以上練習しても無駄。そう判断し、笹塚は今日も練習の途中で帰り、そして指揮者である一ノ瀬銀河は30分間の休憩にすることを伝える。

    ロビーに行くと、そこにはスターライトオーケストラのメンバーだろうか、自分たちと同世代の人たちが何人か座っていた。
    この演奏会のために集められたエキストラは自分を含めてまだ空気に馴染んでいないが、ある程度の期間をともに過ごしてきたからだろう。スタオケのメンバーは和気あいあいとした雰囲気であった。
    唯が醸し出している焦った空気と、このよく言えばなごんでいる雰囲気にどこかギャップを感じる。
    それがなんであるか確認するため、仁科は端っこに座っている男子に話しかけてみる。

    「成宮くん、と言ったね。ちょっといいかな」

    成宮と呼ばれた背の高い男子はいきなり話しかけてきた仁科に怪訝な顔をすることもなく、むしろ笑みすら見せて応対する。それを見て仁科は察する。彼もまた無意識にしろ意識的にしろ、人が喜ぶことを前提に行動してしまうタイプだろう、と。

    少し離れたソファで成宮と向かい合って座る。そして、単刀直入に聞く。

    「朝日奈さんだけど、京都で何かあったのかい?」

    簡単に答えを聞くことは難しいと思っていたが、成宮は案外簡単に口を開いた。それはむしろこちらが驚くくらい。

    「朝日奈先輩ですが京都で失恋したのです」

    予想通りとも言えるし、考えもしたくないことでもあった。
    ただ、仁科の心に衝撃が走る。それは事実であった。

    「仁科さんはご存知ですか? 御門衣純氏のこと」

    その名前を聞いて仁科は記憶の糸を辿る。
    中学生のときに盗用で騒がれた作曲家がいたことを思い出す。そして、彼の凄惨な最期も。
    自分は北海道に住んでいることもあり、東京や京都で起こっていることは別世界のことのように感じていたが、目の前にいる同世代の人から名前を聞くと、その距離は一気に縮まるから不思議だ。
    そして、唯が京都で出会ったのが、その御門衣純の子息、御門浮葉だという。

    「失恋、というのはちょっと違うかもしれませんが…… でも、ふたりで一緒に京都の街を歩いていたりして、先輩はまんざらでもなさそうでしたよ」

    昨日少しだけ見せた笑顔。
    京都にいるときはおそらくそれよりも眩しい笑みでいたのだろう。隣には御門浮葉がいて。
    見ることが叶わない姿を脳裏に描くが、仁科は胸が痛くなるのを感じ、そこで考えるのをやめる。
    目の前の成宮は続ける。

    「御門さんはクラリネットだったのですが…… スタオケに入らなかったのです」

    それを聞いてやはりか、と仁科は思う。
    エキストラで来たばかりのため、全員のメンバーを覚えることは難しい。とはいえ、木管楽器は旋律を担うこともあり、何かと姿を目にする。
    御門浮葉くらいの人物であれば、演奏の姿で人目を惹くだろうし、そもそも練習前から話題になっている。
    だけど、スタオケのクラリネットで話題になっているのはポラリスの榛名流星のみであった。

    スタオケに入ることを選ばなかった御門浮葉はどんな選択をしたのだろう。
    ふとそんなことが気になる。

    「もしかするとグランツに加入した?」

    そう呟くと成宮の顔が曇る。そのことが自分の問いへの肯定だと受け止める。

    「笹塚も最近、グランツから熱烈に勧誘されているからね」

    ネオンフィッシュの打ち合わせがあり、笹塚のマンションを訪れたときになったときに見つけた一通の封筒。
    どこで調べたのか、差出人は花響学園に事務所を構えるグランツ交響楽団となっていた。
    無造作に放り投げられており、そのことは興味を示していないことと受け止めているが、何をきっかけで興味を持つかわからない。ましてや、後ろにリーガルレコードがついているとなればなおさら。

    『まずは東京へ。そして、世界へ』

    笹塚と活動してきて思い描くようになった夢。
    そして、自分たちの進学やスタオケとの出会いにより、まずは東京での活動が見えるようになってきた。

    だけど、御門浮葉がグランツに加入したように、笹塚がグランツのメンバーとなれば、ネオンフィッシュは今までのような活動をすることは不可能だろう。世界へ羽ばたくために解散し、ソロで活動するという選択もあるかもしれない。

    そして、仁科はスタオケのコンマスの席に座っていたひとりの人物を思い出す。
    コンミスのソロの音色に気を取られていたが、コンマスとして代行しているのは、仁科の中では月城朔夜と記憶されている九条朔夜だった。記憶が正しければジュニアコンクールで素晴らしい成績を修めている。

    御門衣純に月城朔夜。
    少し前の、いや、現在でも手の届かない存在の人たち。
    自分たちが乗り越えなければならない存在を急に感じ、仁科は背筋が凍るような思いをした。

    そのとき、休憩の終わりを告げる声が聞こえる。

    とてつもない存在と戦おうとしていることは、自分も唯も大して変わりがないのかもしれない。
    そう思いながら仁科は後ろの方の席に座りヴァイオリンを弾き始める。
    ソロを紡ぎ出す彼女の音色が昨日以上に孤独なものに聞こえた。




    練習後、仁科はネオンフィッシュのライブに唯を誘い出した。
    おこがましいかもしれないが、違う形の音楽を見せることで、彼女が何かを掴めたら嬉しいと考えていた。
    昨日、気まずい雰囲気で別れたため、ダメ元で声を掛けたが、意外にも彼女は自分についてきた。
    そして、彼女は笹塚が生み出した音色が新鮮だったのだろう。
    もともと大きな瞳をますます大きくしているのが印象的だった。
    そして、場の雰囲気に呑まれそうになりながらも、楽しもうと一生懸命に振る舞っているところも。

    「お誘い、ありがとうございました」

    帰りは遅くなるため、ホテルまで送っていく。
    すると、唯が一礼しながら感謝の言葉を述べてくる。
    緊張が溶けきらない様子と夢見心地な様子が入り混ざっているのが伝わってくる。

    「いえいえ。楽しんでくれたのなら、何よりだよ」
    「そうですね…… 少し煮詰まっていましたし、あと笹塚さんの意外な一面も見られましたし……」

    ここにはいない人の名前を出され、仁科は少しだけ胸に痛みを感じる。
    それに気づかない振りをして、別れの言葉を口にし、そしてホテルをあとにする。

    確かに相葉が話していたように自分好みの女の子だと思う。
    そして、東京進出のためにコネを作れたらいいなと思っていた部分もある。
    だけど、想像以上に彼女は自分の心に侵食している。

    そして、意識してしまうのは、ここにはいない御門浮葉のこと。
    やはり彼も自分の土地で彼女をこうして案内したのだろうか。
    そして、離れがたくて彼女を宿泊先まで送ったのだろうか。そのとき、唯はどんな反応を見せ、そして彼は何を思ったのだろう。
    そんなことを考えてしまう。

    仁科は空いている夜の道を車で走らせる。
    澄んでいる空気の中、星々が寒々しく輝いているのが見えた。




    「ライブお疲れ様でした!」

    次の日は練習そのものは休みであったが、コンサート公演の宣伝を兼ねて市内のあちこちでライブを行うことにした。
    雪が降る日もある中でのライブはどうなるか冷や冷やであったが、弦も指もなんとかなったのが幸いであった。

    スタオケにも少しずつ札幌のファンが出来ており、演奏後にチラシを受け取ってもらえることも増えた。

    「朝日奈さん、このあと時間空いてる?」

    隣でヴァイオリンを片付けている唯に仁科は話しかける。
    すると、唯は首を縦に振る。
    昨日、ライブに来たことで自分たちへの精神的距離が縮まったのだろうか。他にもメンバーがいる中で、自分と一緒に過ごすのを選んでくれるのが仁科は嬉しかった。

    「俺も今日は予定がないし、一緒に札幌の街を歩いてみないかい?」

    仁科が案内したのは、大通りからすすきのにかけて貫いている地下街のポールタウンであった。
    日曜日ということもあり、人でごった返している。
    あまりの人混みに離ればなれになりそうになったため、仁科は思わず唯の手をつないでしまう。
    その瞬間、唯が驚いたように仁科を見つめてくるが、その手を離すことはなかった。

    さすがにこの人混みをずっと歩くと疲れるため、仁科はカフェに入ることを提案する。
    通りの雑踏の多さを考えると店内は割とすんなり入ることができた。
    唯はチーズケーキとアイスコーヒーを頼み、自分はモンブランとアイスコーヒーを頼む。
    札幌は外の気温とは対照的に室内の気温が高いことで有名であるが、ここポールタウンもその例には漏れなかった。
    厚着をしているとむしろ汗ばむくらいの気温であった。

    「アイスにして正解でした」

    唯がそう話す様子を見て可愛いと思う。
    そして、やっと笑顔を見せるようになったことにも安堵する。
    初日は笹塚にこてんぱに言われどうなるかと思っていたが、肩の力が抜けたのか演奏面ではいい音を出すようになってきた。
    そのため、スタオケのメンバーも唯の音に従うようになり、そしてエキストラたちの弓も迷いもなくなってきたように感じる。

    「朝日奈さん、さっき真っ赤になっていたね。手をつないだだけなのに」

    思わずそんなことを言ってしまう。
    すると、先ほどの感触を思い出したのか、また頬を染めていた。
    横浜の女の子というので、もっと男性慣れしているかと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。むしろ仁科が普段接している女性よりも純朴なのかもしれない。
    これ以上言うのはやめておこうと思い、仁科はアイスコーヒーを口にする。

    それにしても。
    目の前に女性がいるとつい考えてしまう。
    純朴な反応が可愛いと思うと同時に、一方で自分しか知らない姿を見たいと思ってしまうことに。
    だけど、一方でちらつくのが御門浮葉の存在であった。
    おそらく手をつないだときの反応からすると、彼とは交際に発展することなく、終わった関係だろう。
    しかし、だからといって心から排除できているとは限らない。現に唯はつい先日もどこに行ったのか聞いたときに顔を曇らせた。
    唯を見つめていると、彼女はフォークでケーキを分け、そして一口口に運ぶのが見えた。

    「チーズケーキ、美味しいですね……! やっぱり牛乳の本場だからでしょうか。横浜で食べるものと全然違う」

    それを見て仁科は確信する。
    京都のこと、そして御門浮葉のことを聞くのはやめよう、と。
    彼女にしてみればまだ先月のことだ。
    ふたりの関係がどこまで進展したのか不明だし、そもそも進展するような関係だったのかもわからない。
    ただ、仁科はせっかく自分に打ち解けたきた彼女との関係を大切にしたいと思ったし、また唯のこの笑顔を曇らせたくないと思った。
    自分にできるのは待つこと。そして、演奏で彼女を支えること。そう実感した。

    やがて店の中から見えるポールタウンの人混みも先ほどに比べて緩和しているように感じた。
    飲み物もケーキもなくなった。
    そのため、ふたりは店を出た。
    念のため。そう口実をつけながら手をつないだが意外とも言うべきか拒むことはなかった。
    自分の勢いに任せているのか、それとも彼女の意思によるものなのか、ズルいことをしておきながらその判別がつかず、戸惑うのを感じながら仁科は唯と歩みを進めていた。



    札幌でのコンサートは無事成功することができた。
    スタオケが今まで辿ってきた軌跡を見てきたわけではないのではっきりしたことはわからないが、他のメンバーの充実しきった表情、そしてリーフホテルの相葉の反応を見れば、彼らの中では今までの演奏の中でもひときわ満足度が高いことがわかる。
    そして、鳴り止まない拍手や観客の満足げな表情がそれを裏付けていた。

    「朝日奈さん、コンサートの成功おめでとう」

    舞台袖で笹塚とグータッチをしたあと、唯にそう話しかける。
    初めて出会ったときには想像できないほど、のびやかな演奏をしていた。
    その成長、あるいは変化の様子を間近で見られたのが嬉しかった。
    そして、そのきっかけのうちのひとつに自分が絡んでいるであろうことも。

    そして今回、スタオケ、そして唯に出会ったことにより、笹塚と向かい合うことができた気がする。
    そして、彼が「誰でもいい」のではなく、「自分だからこそ」ユニットを組んでいるとわかったこと。それも大きな収穫であった。

    世界へは誰かに連れていってもらうのではなく、むしろ世界についてこさせる。そして、そのことはグランツには加入しないことも示していた。
    そう言い切ることができる相方の存在が頼もしく、またそれは実力や経験に基づいたものであることに気がつく。

    まだこのオケと関わっていきたい。
    そう思っていた仁科に対し、笹塚が真っ直ぐな瞳でスタオケ加入を告げる。
    それに後押しされ、仁科も唯に告げる。

    「俺たちも木蓮館で練習したり、菩提樹寮でお世話になったりすると思うよ。よろしくね」



    「ここが噂の木蓮館か~」

    スタオケに正式に加入することとなり、仁科は笹塚とともに早速横浜の星奏学院へ向かった。
    横浜でのネオンフィッシュの知名度は決して高くなかったが、音楽に興味を持つものが集まっているからか、ファンだと話す人が多いことが嬉しい。

    しかし、そんなことで喜んでいる暇はないらしい。
    本選まで1ヶ月を切っており、いい加減どの曲を演奏するか決めないといけないらしい。

    新参者にも関わらず笹塚はバッハがいいと譲らず、また他のメンバーもそれぞれのお気に入りの曲を譲ることはない。
    札幌で感じた和気あいあいとした雰囲気。それとは対照的な雰囲気に驚きつつも、みんなの間を駆け回る唯に話掛ける。
    「本選、頑張ろうね」と。
    すると唯の顔色が暗くなるのがわかる。
    本選では彼-御門浮葉と再会する可能性は否めない。仮に対面を避けられたとしても、舞台上の姿を見かけないでいることは困難だ。
    彼女の中にはいまだに御門の存在は大きいのだろう。
    それをかき消すことができない自分の不甲斐なさを感じつつも彼女の中で揺れている感情をできるだけ支えたい。そんな気持ちを込めて仁科は唯に笑顔を見せる。

    そして一方でそれを見て思う。
    スターライトオーケストラが京都に行く前に札幌に来て欲しかった、と。
    そうすれば御門浮葉のことが目に入らないほど自分に夢中にさせたのに、と。
    だけど、言っても叶わないこと。
    これからは離れることも増えるけど、会えるときは彼女を支える人間になりたい。
    そう思いながら仁科は唯にグータッチをする。
    おそるおそる返してきた握りこぶしが小さく、あらためて彼女を守らないといけない気持ちが大きくなった。

    なかなか上手くいかなかった選曲であったが、ステージリハーサルのときに唯は何かひらめいたらしい。チャイコンを演奏することとなった。
    仁科は加入したばかりであるが、セカンドヴァイオリンの首席奏者を任されることとなる。
    入ったばかりで、しかもオケの経験も少ないため、本当にいいのか、唯だけでなく銀河にも確認した。
    すると、みんなをまとめあげ、かといって出すぎない演奏が素晴らしいのだという。
    自分では実感が湧かないが、求めれたのであればこなすしかない。そう思い、仁科は一番前の席に座る。
    演奏中に幾度となく行われるアイコンタクト。できるだけ私情は挟まないようにしていたものの、やはりひたむきな彼女から、立場上のものとはいえ熱い視線が送られるのは正直嬉しい。

    そうして急ピッチで曲を完成させているうちに本選当日を迎えることとなった。

    ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

    「音が柔らかくなったね」

    本選。
    スタオケは先ほど一曲目を演奏し終えた。
    舞台袖では興奮覚めやまぬ空気が漂っている。
    ステージにいたため客観的な判断は難しいが、悪くない演奏だったと思う。これこそ、グランツにも勝るとも劣らないくらい。
    思えば先月初めて会ったときの唯はもっと音がギスギスしていた。そして、それに釣られるかのように荒い演奏をする者、脱落する者、自分の演奏を維持でも守る者。いろいろな音色に別れ、まとまりが欠けていた。

    しかし、その演奏は嘘のように消え去り、今はコンミスの席からは優しく柔らかい音色が響いてくる。
    これこそすべての喧騒をまとめあげ、ひとつの流れにするかのように。

    「でも、グランツもすごかったから……」

    コンサートであれば自分たちが満足できる演奏をすればそれで充分だ。
    だけど、コンクールともなれば違う。自分たちがどんなに素晴らしい演奏をしたところで、相手がそれ以上の演奏をすればそれがすべてだった。
    そして、先ほど聴いたグランツの演奏はやはり噂通り学生とは思えない出来であった。
    コンサートマスター月城慧の弓によりすべてが整えられ、圧倒される雰囲気であった。

    仁科は唯の頭の上に手をポンと置く。
    確かにグランツの演奏は非の打ち所がない演奏であった。
    だけど、これから何が起こるかわからないし、スタオケがそれ以上のパフォーマンスを見せる可能性もある。
    その可能性を信じたかった。

    そして、仁科は先ほど舞台袖から見た御門浮葉の様子をあらためて思い出す。
    クラリネットのファーストの席に座っている青年。いろいろな情報を組み合わせるとおそらく彼が御門浮葉なのだろう。
    親譲りといえば本人の努力を無駄にしかねないが、やはり噂に違えぬ演奏をした。
    長い髪が優美さを引き立て、そして彼からもたらされるソロの音色はここが地上であることを忘れるくらい透明感に溢れていた。
    京都の昔からの街並みが続く景色に、視界一面の紅葉、そして目の前の彼。
    確かに女性ならみんな、というと大げさかもしれないが、唯が心奪われるのがわかるような気がした。
    唯がグランツの、そして御門浮葉の演奏をどのような気持ちで聴いていたのかはわからない。
    ただわかるのは、次の曲ですべてが決まるということ。グランツも、そしてスタオケも。
    仁科は珍しく自分が緊張していることを自覚しながら唯にひとつの約束を持ちかける。
    どんな結末を迎えてもいい。彼女に伝えたいひとつの言葉があったから。

    「もし最高の結果を出すことができたら、ホール入り口にあるもみの木の下で待っていてほしいんだ。君に伝えたいことがあるから」

    唯の頬が赤くなるが、一瞬で正気を取り戻し仁科にうかがうような瞳を向けるのを見て安心する。
    自分の一言で彼女の演奏が崩れることを心配したが、この様子なら大丈夫だろう。

    ただ本当に彼女はやってくるのだろうか……
    舞台袖から立ち去っていく彼女の背中を見ながらそう思う。
    言い出した自分が却って演奏に影響が出そうになることを自覚した仁科は頭を横に軽く振る。
    -今は考えることではない。考えるのはすべてが終わってからにしよう。
    そう自分に言い聞かせながら仁科も舞台袖から立ち去ることにする。
    次にここから去るときは今以上の高揚感を抱いていることを期待しながら。



    約束の時間から10分が経過した。
    会場を出るのに手間取っているのかもしれない。
    そんな希望がそろそろ打ち砕かれる頃合い。
    だけど、やはり国際コンクール出場が決めた歓喜がまだ心の中を漂っているらしい。自分にしては珍しくふわふわしたような夢見心地の気分が抜けきらないのを感じとる。

    幼少の頃に天才ヴァイオリニストとして話題になった朔夜、そして現在のクラシック界を牽引している月城慧。
    さらには御門衣純の息子・御門浮葉。
    スタオケに限らず他にも全国各地の優れた音楽家と出会うことができた。
    音楽の世界で生きていくとなれば彼らが時にはライバルとして立ちはだかるであろうが、同時に札幌に留まっていれば出会うことのない人と数えきれない出会いをした。

    唯は来ないだろう。
    そろそろ現実を見るために行くとするか……
    そう思い、一歩踏み出した瞬間、こちらに走ってくるひとつの人影が見えた。
    見覚えのあるコートに、そして背中に背負っているヴァイオリンケースは太陽の光を思わせる黄色。
    手を振って近づいてくるのは待ちわびていたひとりの少女。

    「朝日奈さん!?」

    仁科がそう声を掛けると唯は息を切らしながら駆け寄ってくる。

    「ごめんなさい、遅くなりました」

    最初にそれだけを伝える。
    はぁはぁと聞こえてくる息は彼女が全力疾走してきた証拠であると仁科は確信する。

    「他の団体の方にお祝いの言葉をいただいたりしたら、思いの外ホールを出るのが遅くなって」

    申し訳なさそうに仁科を見つめてくる。
    だけど、ここに唯が来てくれた。その事実だけで仁科は胸が熱くなる。

    「グランツのみなさんともお会いしました。グランツは今回の負けを認め、でもさらなる高みを目指して明日から練習するそうです。さすがですね」

    グランツ。
    その名前を聞いて仁科はずっと引っ掛かっている名前が彼女の口から飛び出すのではないかと気が気ではない。
    そして、そのときにどのような事実を告げられるのかも。
    彼女はここに来てくれているが、それはもしかすると自分への詫びかもしれない。ともに過ごすことはできないという。
    仁科は唯の方を見つめながら彼女が話すのをひたすら待つことにした。

    「御門さんともお会いしてきました。あ、御門さんって、京都でスタオケと演奏したけど、結局入らなかった人なのですが……」

    仁科が成宮から京都で起こったことを聞いたとは知らないのだろう。唯は補足説明をしてくる。そんなところが彼女らしいと思う。

    「上手になったって。言い方はちょっと違いますが、そうおっしゃっていただけました。
    札幌に行った頃、私が下手だから御門さんはスタオケに入らなかったと思っていたのですが、それだけじゃなかったみたいで。
    あと、御門さんからは、スタオケのみんなと活動することで得たものがあって感謝していると言われて、なんだか嬉しかったです」

    そう言った唯の瞳は何か吹っ切れたものがあったような気がした。
    京都を去り、そして札幌に来るまでの間、彼女は自分を責めていたのだろう。
    もっと自分が上手だったら、もっとコンミスとしてみんなを引っ張っていくことができたら……と。
    だけど、彼が、御門浮葉がスタオケを選ばなかったのは単に技術的な問題だけではなかったのだろう。
    自分や笹塚は経済的な懸念がなく、時間も余裕がある。だから演奏するたびに成長を見せるスタオケで、さらなる頂点を目指すと夢を持つことができる。それに対し、御門浮葉にはおそらくそのような余裕はないのであろう。
    だけど、コンミスとしての彼女は納得したらしいが、個人的な感情はどうなのだろう。
    成宮の話によれば随分懇意であったらしいが……

    「朝日奈さんはそれでいいの? 御門くんと別の道を歩むことになって」

    札幌で聴くのをやめようと決めた御門に関する質問。だけど、聴かざるを得ない。
    唯は少しだけ顔を歪めて口を開く。

    「京都を離れる日、源一郎くんだけ来て、御門さんが来なかったときはやっぱり悔しかったですし、悲しかったです」
    「そうじゃなくて、御門くんのこと、好きだったのでしょ?」

    答えを聞くのがこわい質問。だけど、聞かないと始まらない。
    そう思って仁科はおそるおそる口を開く。

    「そうですね……」

    そう言って唯は空を見上げる。
    そこにはたくさんの星たちが煌めいていた。

    「確かに御門さんは素敵な方でした。初めて会ったとき、寒さで震えている私にストールを掛けてくださったり、京都のいろんなところを案内してくださったり」

    だけど。
    そう言って唯は仁科を見つめる。
    その瞳の強さに仁科がドキッとしていると、唯は続ける。

    「今日はっきりとわかりました。確かに素敵な方ではありますが、御門さんに抱いていたのは恋愛感情ではない、と」

    たぶん芸能人と会ってドキドキする。そんな感情に近かったのだと思います。
    そうつけ加えた。

    御門浮葉に抱いていたのは恋愛感情ではない。
    それを聞いて仁科は安心感が心の中に広がるのを感じる。
    そして、彼女が札幌で見せてきた反応、そしてここにいるという事実。それらが混ざり合って自分の中でひとつの希望が生み出される。
    だけど、それを口にしていいのだろうか……
    そう仁科が悩んでいると唯が下から覗き込んできた。

    「仁科さん、笹塚さんとのことで何を学んだのですか!? 言葉にしないと伝わらないことってあると思います」

    最後の方は声が小さくなりながらも視線を外すことなく伝えてくる。
    仁科は思い出す。笹塚とユニットを組んできたものの、彼に気持ちを確認することなく空回りしてきたことを。
    唯と出会うことで笹塚に対してはきちんと向き合うようになったが、言われてみれば唯に対しては気持ちを確かめることなく動いていた気がする。

    「私に対しても同様で、本当に好きなのは誰であるか聞くこともしないで、仁科さん、勝手に決めて、勝手に落ち込んでいたじゃないですか」

    少し不貞腐れながら唯はそう話す。

    「そうだね、朝日奈さん」

    いろいろなことから逃げてきた。
    だけど、真っ直ぐ向き合うとそれがどんか結果であれ、納得できる。それを学んだ2ヶ月であった。
    それを教えてくれた彼女に向ける言葉は-。

    「はっきり伝えるよ、朝日奈さん。君のことが好きだよ。そんな真っ直ぐでひたむきなところも。そして、かわいいところも含めてね」

    唯が目を見開き、その瞳から涙がこぼれ落ちるのを仁科は見つめる。
    一瞬、拒絶や嫌悪によるものではないかと思ったが、頬が緩んでいるのを見て、歓喜によるものだととらえる。

    「私もです……」

    唯から漏れる言葉を聞いて一瞬都合のいい幻聴ではないかと思う。
    だけど、自分を見つめてくる瞳の愛らしさがその言葉が幻ではないことを裏付けてくれた。

    「いいかな……?」

    何がとは聞かなかった。
    先ほどあれだけ言葉で伝えることの大切さを教えられたばかりであるが、時には無粋なこともある。
    唯がこっくりと頷くのを確認すると、仁科は彼女の唇に自分の唇を重ね合わせる。
    もしかすると初めての経験かもしれないこと。
    これから彼女にどんな「初めて」を経験させることができるのだろう。
    そして、自分もその隣できっと初めて味わう気持ちとたくさん向き合うに違いない。
    そう思いながらもう一度唇を重ね合わせる。
    少し欠けた月が優しく見守っているのが印象的だった。


    エピローグ

    「唯ちゃーん、こっちこっち」

    大学進学に合わせ、仁科は東京へ引っ越すこととなった。
    大学からも、星奏学院からも通いやすく、近くには笹塚も住んでいる。
    まだ春休みということもあり、ふたりは時間を合わせこうして顔を合わせている。

    「ありがとうございます」

    10分前には到着する仁科に対して、唯はいつも時間ギリギリに到着する。
    だけど、いつもギリギリな割に遅刻しないのが彼女らしいし、むしろ彼女を待つ時間は楽しくすらある。

    「吊り橋効果じゃないかと不安だったのです」

    そう唯が切り出したのは何回目かのデートのとき。
    京都で御門がスタオケに加入せず失意の日々を過ごし、札幌へ行くこととなった。
    笹塚にも鋭い指摘を受け、心がはち切れそうになったときに仁科に声を掛けられた。
    そのことが嬉しかったが、一方でつらいときに出会っているから、恋だと誤解しているのではないかと慎重になっていたのだと話した。

    「でも手をつながれても嫌ではなく、むしろ嬉しくて。そのあとも仁科さんに声を掛けられるのが楽しみになって……」

    唯の中でも仁科の存在がだんだん大きくなってきたらしい。
    だけど、京都で別れた御門に対して、本当に未練がないのか不安な気持ちもあったらしい。そこで、本選で御門の姿を見ることで自分の気持ちときちんと向かい合おうとしてらしい。
    そんな真面目なところが彼女らしいと思う。
    そして、そんなところも含めて自分は彼女に惹かれているのだと実感する。

    「近くに桜の名所があるんだって。あとで観に行こうか」

    桜といって大抵の日本人が思い出すソメイヨシノは札幌にはない。花が木全体を覆うソメイヨシノがこんなに圧巻だというのは東京に来て初めて知った。
    彼女にとっては満開のソメイヨシノは見慣れた存在であるが、自分にとっては初めての光景。
    そんな自分の初めてを迎える際、隣に彼女がいるのが嬉しく思う。
    もっとも彼女にはそのことを伝えないけれども。

    「お待たせしました」

    ウェイトレスがそう言いながらもってきたカフェラテ。
    熱さを確かめるようにおそるおそる口づける彼女がかわいいと思う。
    桜のことは自分だけの秘密にしたいけれども、これから話すことは何度でも話したいと思う。彼女に言い聞かせたい大切な、そして大事な言葉だから。

    「大好きだよ、唯ちゃん」
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    Replies from the creator

    ゆめの

    PROGRESSフェリクスオンリー合わせのフェリアン小説です。

    テーマは「アンジュに告白して振られたフェリクスと振ってしまったアンジュのその後」です。
    フェリクスの、そしてふたりの行方をお楽しみ(?)ください。

    ネタは主催のまるのさまに提供していただきました。お忙しい中、ありがとうございます😌
    ※ゲーム内よりもフェリクス様が女々しいので、ご注意ください
    ※後日微修正する可能性があります
    天使が振り向いたその日「フェリクス、私たちはこれ以上仲を深めてはいけないと思うの。ごめんなさい」

    女王試験が始まり50日目。
    自分たちの仲はすっかり深まり、そしてそれはこれからも変わらない。
    そう信じて想いを告げた矢先にアンジュから向けられた言葉。それをフェリクスは信じられない想いで聴いていた。

    「なぜ……」

    なんとか声を振り絞りそれだけを聞くが、目の前のアンジュは悲しそうな顔をする。

    「言えない。でも、私たちは結ばれてはいけないと思うの」
    「そう、わかったよ。君の気持ちは」

    何とかそれだけを伝えてフェリクスは森の湖から離れることにする。
    なんとか歩を進めるものの、本当は今すぐにでもうずくまりたい。だけど、それは美しくない。そう思い、自分を奮い立たせて館へと向かう。
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