エアコレ2023バレンタインカード(浮唯)(side:浮葉)
「こんなにたくさん……」
リーガルの社長に呼ばれ御門浮葉が連れていかれた先に見えたは色とりどりの包み紙にくるまれた箱の数々。
デビューして間もないというのに、バレンタインということで箱いっぱいのチョコをプレゼントされたとのこと。
同じかそれ以上の量のチョコが隣の堂本宛の箱に入っているが、彼が勝ち誇った気分なのかそれとも気にしていないのかはわからない。
ただ、自分は女性に縁がない生活を送っていたこともあり、この時期に女性からのプレゼントを受け取ることには慣れていない。大量にある贈り物を見て正直今は戸惑う気持ちでいっぱいだ。
どこまでが本当の自分で、どこまでが隠されていた自分で、そしてどこまでが偽りの自分か。
黒橡で活動しているとそのことがわからなくなる。
だけどどのような形であれ自分を必要とする者がいることは嬉しく思う。
内容に不審なものがないかどうかはリーガルの方で確認済みだという。
開封された形跡を感じさせず包装し直されている箱を浮葉はひとつひとつずつ開けていく。
同世代の者からのチョコレートは限りあるお金で用意したのか、決して豪華ではないが、内容を吟味したと思われるもので、手書きの心のこもったメッセージも同封されている。
そして年上のものからの箱の中には、財力を駆使して用意されたと思われるチョコレートがつまっていた。
また、ここには置かれていないが年上の方からと思われる高級な贈り物もあったとのこと。
恐縮する気持ちがある一方、送り主からの狂気を感じるのは気のせいだろうか。そしてそのことに恐怖すら感じる。
しかし、芸能の道を歩むと決めた以上、これからもつきまとうことなのかもしれない。
小さく溜め息を吐きながら浮葉はひとつの箱を開ける。
最初に出てきたのはメッセージカード。見覚えのある筆跡に思わず目を留めてしまう。
「源一郎くんと一緒に選びました。他の方からもたくさんのプレゼントをいただいているかと思いますが、よろしければ食べてください。黒橡のCD、毎日聴いています。またテレビもチェックしています。お忙しい日々かと思いますが、お身体に気をつけてください」
暖かい日差しを思い出させるような彼女らしい文面。読むだけで彼女と過ごした秋の穏やかな日々を思い出す。
だけど、冒頭の一文が浮葉は引っ掛かる。彼女はおそらく自分ではなく、自分にかつて仕えていたものと一緒に歩くことを決めたのだろう。端的な文章にそれも併せて伝えたかったに違いない。
確かに彼は誠実であり、誰よりも信頼できる。それに彼女の音色に惹かれていたのは誰よりも知っている。
…だけど。
胸の奥に彼女の隣で過ごしたいという願望が残されていることに浮葉は今さらながら気がつく。
「私としたことが……」
紅葉で彩られた京都の街を歩いた日々。それらに戻れないことを実感しながら浮葉は包み紙を解き、チョコレートの欠片を口にする。
最初に感じたのはビターな味わい。なぜかそれがずっと残っている。そんな気がしてならなかった。
(side:唯)
「すごいですね、黒橡」
「ああ……」
新年ムードも終わり、春の日差しも感じるようになった二月。食堂にあるテレビが映し出しているのは、唯も見覚えがある青年の姿であった。
御門浮葉。
京都で出会い、そして唯に強烈な想いを残して立ち去っていった人物。
現在はリーガルレコードのもと、堂本大我と「黒橡」という名のユニットを組んでいる。テレビでの露出やネットでの目撃頻度を考えるとリーガルが力を入れているのは明らかである。そして浮葉は長い髪こそそのままであったが、表情は人を惑わせるような艶やかさが増していた。
そして、彼が生み出すクラリネットの音色も唯の知っている澄み通ったような音色ではなく、俗世に揉まれながらもそれに染まらず凛とした生き様を貫くような音色であった。
自分の知っている浮葉ではなくなったことに唯は何とも言えない気持ちになる。
出会ったときに優しく微笑みながらストールを掛け、時には自分の言動に目を丸くしていた。そんな彼とはもう会うことは叶わないのかもしれない。
すると、隣で一緒にテレビを見ていた源一郎がポツリと呟く。
「御門の家を守るため……なのだろうな」
その言葉を聞いて唯は想わずハッとする。
京都で聞いた浮葉の身の上話。もちろん本人が直接語ることはなかったが、いろんな話を合わせれば高校生の自分では想像もつかない深刻な財政状況に陥っているらしい。そしてそれを打破するのに手っ取り早いのがリーガルレコードと契約を結ぶこと。
おそらく彼は御門の家を守り、そしてさらには大切な何かを守るために彼は自分の殻を脱ぎ捨てながら闘っているのかもしれない。
「頑張っている…… なんて言葉で言い表せないくらい奮闘しているのですね」
多少の挫折はあったものの、自分は今日も憂いを感じることなく音楽活動をしている。
黒橡として活躍している浮葉を見て、悲しく思った自分は軽率だと思った。
「チョコ送ろうかな……」
季節はそろそろバレンタインデー。高校生の自分が「芸能人」にチョコを送るのはなんら不思議ではない。彼を応援している気持ちを現すために何かしたいと考えたときに浮かんだのがこの方法だった。
直接会うのはほぼ不可能だが、リーガルレコード宛に送れば届けてくれるかもしれない。もっとも本人が受け取ってくれるかは不明だが。
「源一郎くん。もしよければ一緒にチョコを買いに行ってほしいの」
唯の意外な提案に源一郎は驚きを隠さない。目を見開きながら唯を見つめてくる。
「ほら、私、御門さんの好みのものとかわからないから」
唯が補足した言葉に源一郎は納得したらしい。こわばった表情が緩んでいるのがわかる。
すると唯を見つめながら源一郎はそっと呟いてくる。
「浮葉様が喜んでくれるといいな」
「はい……!」
そして唯は早速出かけるための準備をする。自分はほとんど何もできない高校生だけど、そんな自分でもできることを見つけられたのが嬉しかった。
風はまだまだ冷たいけど、日差しは確実に強くなっている。そんな中、源一郎とともに菩提樹寮をあとにする。
そんな唯を見つめる源一郎の瞳が優しさと切なさが混ざったものであることに唯は気づかなかった。