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    【ネロファウ】
    月花軸のネファ、三話目。これでこの設定は終わり。
    妖パロがたまらなく刺さったので今度はストーリー踏まえて書きたい(一話と二話はストーリー配信前に書いてあるので齟齬があります)

    #ネロファウ
    neroFau

    夜明けは勿忘草色をしている朝目覚める時に、小鳥の囀りを意識するようになったのはファウストから小鳥を預けられてからだろう。
    目覚めを促すような、ご飯をねだるような愛らしい鳴き声にネロは口元を緩める。託してくれた天狗は昔と違って仏頂面が板に着いているけれど、手紙を出せばきちんと返してくれる律儀さは変わらない。
    「よしよし、おまえにも飯を用意するからな」
    朝餉の支度をしてからネロは止まり木に止まった小鳥に餌になりそうな米粒や野菜くずを分けてやる。ご相伴に預かろうと近所から雀たちもやってきた。
    ファウストとの関係は相変わらず曖昧なままだ。覚えているのか、と呟いていたし、向こうも自分のことを覚えていると期待してもいいような気はしている。けれど切り出し方がわからない。向こうも切り出してくることはない。期待して、本当は覚えていなかったのだとしたら恐らく暫く立ち直れないくらいに落ち込む。
    いつもの遊び場所に突然友達が来なかったあの日、まるで寄る辺をなくしたように心細くなった。その喪失感から逃げたのはたぶん自分が先で。
    再会して、思い出してからも関係が変わるのが嫌だから曖昧な立ち位置を選んで。
    「いい歳して情けねえったら……」
    苦く笑いながら雨戸を開いて風と日光を入れる。今日はこちらの気持ちなどお構いなしにいい天気になりそうだ。
    深く息を吸い込んで、吐き出す。
    今日は店を休みにしてファウストに会いに行く約束を取り付けていた。年甲斐もなくすこし浮かれている自分を自覚しながらふたり分の昼餉を用意する。
    「おまえも来るか?」
    小鳥に尋ねるとまるで了承のように鳴き声が返ってきて、先導は任せて、とでもいうようにネロの前を飛び始めた。
    山の中、竹林の傍に降り立つ。笹の葉が風にうち鳴らされるように鳴っていた。その音が良くないものを祓う手助けになるとかで尋ね人はここに庵を結んだらしい。
    「鬼とかも出るみたいだしなあ……」
    博識なところはまるで寺子屋の先生みたいだ。そんなことを思いながら待つことしばし。
    立派な竹を見るともなしに見て、もしいくらか分けて貰えるなら本格的な流しそうめんが出来るな、なんて算段をたてて。
    「……こないな」
    いつもならそう待たされることもなく、場合によってはファウストのほうが先に来ているのに。
    水面に薄墨が滲むように微かに不安が広がる。
    「……いやいや、なんでも悪い方に考えすぎだろ」
    訪問の許可を得る手紙は出したし、了承の返事も貰った。ファウストの性格からして都合が悪ければきちんといってくるはずだ。
    けれど一度じわりと滲み出した不安はなかなか消えてはくれない。
    どうしよう、庵まで押しかけることは許されるだろうか?それとももう少し待つべきか。
    あるいは……立ち去ることを、ファウストは望んでいるのだと解釈して再会をなかったことにするべきなのか。
    ネロは自分を善人だとは口が裂けてもいえないと思っていたし、そんな自分が報われることなどないとも思っている。
    だから次に期待を抱くより先に諦念が胸を満たした。
    だけど、それでも。ひどく重い脚を引きずるように庵の方へ向ける。
    子供の頃、追いかけて問いかけなかったことを後からとても後悔した。また同じことを繰り返したくなかった。後悔するのも、苦しむのも、……ひょっとしたら、悲しませることも、したくはなかった。
    笹の葉が鳴る音に自分の喘鳴のような呼吸がかぶさる。みっともなく震える手足は鉛を詰めたように重い。
    やっとの思いで庵について、また弱気が込み上げる。それでもか細い声で名前を呼んだ。
    ──……返事はない。もう一度、呼んでみる。
    静まり返った庵を目の前にして、静寂のなかで自分の心臓のうるささが耳に障る。
    「ふぁ、ウスト……?」
    みっともなく掠れて、裏返ったような声が頼りない音程で響く。
    もういいんじゃないか、ファウストにこの手が届くなんて錯覚だったと認めてしまったらどうなんだ。そんな囁きを頭の中で聞いて……小さな、けれど激しく咳き込む音に目を見張る。
    「……ファウストっ」
    あとでどんな叱責でも甘んじて受けるつもりで庵の中に上がり込んだ。薬草の匂いと、時代を経た紙特有の匂いが微かにするその庵に踏み入るのは初めてだ。
    「……っ、ネロ?」
    掠れた、ファウストには似合わない弱々しい声が名前を呼んだ。
    「……ファウスト」
    「……すまな、い……熱と咳が……っ」
    咳の合間を縫うようにして零れた謝罪にいいから、とネロは少しでも楽に出来ないかと背中を摩る。肉付きの薄い背を丸めるようにして暫く咳が続いた。
    「……っは、ありがとう」
    枕元に置かれた茶碗に残った白湯で口を湿らせると幾分落ち着いたのかファウストが改めて口を開いた。
    「……あの日も、熱が出て。言伝を頼むこともできなかった。結果的にきみを傷つけたのだとしたら、謝りたかった」
    それが子供のときの出来事だということに、ネロは呼吸を三つほど数えてから気づいた。
    すまない、と掠れた声になにも言えずに首を振る。
    「俺が、探すなり、……待ちぼうけになるとしても、あんたを信じてたら良かったんだ」
    臆病だった自分の愚かさのせいだと後悔が、すぎた日々がネロを責め立てる。
    ファウストはそんなネロの髪をあやす様に撫でて、ほんの少し笑った。
    「覚えていてくれて、嬉しかった。……今日、ここまで来てくれたことも」
    ありがとう。
    そんなふうにお礼を言われる価値なんて自分にはないと思っていた。
    物語の主役はいつだって他の誰かで、報われるのもどこかの誰かで。
    何かを求めて手を伸ばしても、自分なんかには何も掴めずすり抜けていくんだと。そう思っていたのに。
    いま、ファウストはネロの腕の中にいる。ネロを、ネロだけをみている。ネロのためだけに苦しい呼吸のなかで言葉を紡いでくれている。
    「……すきだ」
    息をするようにそんな言葉が零れた。桔梗色の、涙の膜が薄く張った目が微かに見張られて、やがて細められる。
    「……僕も」
    繋いだ手が、今度はもう離れないようにと願いながら指先を絡める。
    「……移るかもしれないよ」
    「俺に移って、あんたが楽になるならいいよ」
    あんたの苦しみを俺に分けてよ。
    そう甘えてねだるように囁けば、きみが苦しいのは嫌だな、と小さく笑う気配。
    「なら、早く治して」
    「……努力するよ」
    すれ違いという名の暗く寂しい夜が終わる予感がした。
    長い夜が明けたあとの空は、きっとよく目に馴染んだ勿忘草色をしていることだろう。
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    😭😭🙏🙏😭🙏😭😭😭🙏
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