卒業 家探し 嘘でも良いから 引っ越しとなると突然部屋が広くなる。比喩ではなく事実だと思う。ラベンダー色のベッドもサッカーチームのマグカップも、機能性を追い求めたデスクも研究所顔負けの薬品分析装置も、この狭い空間にあったと思えない。
彼女の存在がこの部屋に質感を与えていた。時には麗らかに、時には冷ややかに、時には柔らかに。宮野志保は、空間を彩る芳香剤のような女性だった。
規則の通り公安警察が用意していた家に住み、一日の行動を報告し、与えられた任務をこなしていた。もう、国家の庇護から卒業する時期だった。
ブラインドから差した細い光が細かい埃を捉える。瞬きした瞬間、家主をなくした彼らが自然と群れを成し、その影を形作る。
『来年からも、一緒に住む?』
彼女の顔が目に霞み浮かぶ。
『なーんてね』
その眼差しは、壁掛けのカレンダーの四月一日を捉えていた。
カレンダーを見る前、彼女は僕を見ていた。
僕の反応を見ていた。一瞬の間が、命とりだった。
嘘でも良いから一緒にいたかった。