いい怪談の日Part.A
「メリーさんの電話、って知ってる?」
怪談にふさわしい、真夏の日。
ポアロの店内で、とある大人びた少女がこう切り出した。
明るい茶色の髪を帽子にしまいこんだ彼女。周りにいた子供達は一同顔を見合わせ、「知らなーい!」と身を乗り出す。ポアロに潜入中の降谷も、カウンターで店員業をそつなくこなしながら少女の話に耳を傾ける。
「都市伝説の一つなんだけど。ある女の子がね、引っ越しの時に、自分の古くなった西洋人形の「メリー」をゴミ捨て場に捨てていくの。
その夜、少女のもとに電話がかかってきてね。受話器をとったら、こう言われるのよ。
『わたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの……』」
「やだ、こわぁあい」
真っ先に声をあげたのは歩美だった。光彦、元太も顔が青ざめ、固まっている。
「続きはやめておく?」
少女が優しく言ったが、三人の子供達は一様に首を振った。怖い気持ちはありつつも、好奇心には逆らえないのだろう。
一方降谷は、話の続きが聞こえないよう、遠くのテーブル席の清掃に移った。その努力も空しく、さっきよりボリュームが上がった怪談が、降谷の耳まで飛んでくる。
「その子も恐ろしくなってね、すぐに電話を切ったんだって。
そうしたら、すぐにまたかかってきてこう言われたの。
『わたし、メリーさん。今、煙草屋の前にいるの……』
女の子は、煙草屋ってなに? と、最初は訳がわからなかったんだけど、すぐに気づくの。今自分がいる新居の近くに、煙草屋があることを……」
元太が「ひっ」と喉を鳴らす。他の二人は、話の行く末を固唾を呑んで聞き入っている。
「そして、すぐに次の電話がかかってきて、電話の主はこう言うのよ。
『わたし、メリーさん。今あなたの家の前にいるの』
その女の子、いてもたってもいられなくて、部屋の扉を閉めて、その場にうずくまったの。でも、容赦無く電話が鳴ってしまう。出なければとても危ない目にあう気がして、恐る恐る受話器を取るのよ。そうしたら、こう言われるの。
『わたし、メリーさん。今、あなたのうしろにいるの』」
「きゃぁぁぁぁ!!」
怪談話は、店中に響く歩美の悲鳴で終わった。梓が優しく注意をすると、子供達はようやく大人しくなる。
「そ、それ、その後はどうなったんですか?」
「余韻を残すためにここで終わることが多いけど。その後は少女が包丁で刺されたとか、首を噛み砕かれたとか、色々アレンジされてるわね」
光彦の質問に、急に語り口調を止めた少女が都市伝説の派生について語り出す。
「ラストは諸説あるけど、その中でも、一番恐いのは……」
ここまでの話が全て耳に入ってしまった降谷。せめて最後は聞くまいと、意味も無く音の大きい食洗機を回した。怖い物知らずといわれる公安警察の降谷も、実は、怪談だけは弱いのだ。
『弱点、みーっけ』
グラスを洗う音に紛れて、そんな嘲笑が、どこからか聞こえてきた気がした。
Part.B
深夜、その日の勤めを終えた降谷は自身のマンションに帰宅した。
寝室で背広を脱ぎ、ハンガーにかけたところ、珍しく家の固定電話が鳴る。誰からだろうと訝しみながら、すぐに受話器を取った。
「はい、降谷です」
『……たし、……リーさん』
「え?」
「……ま、……えきの前にいるの」
直後、電話は突然切れてしまった。
通話口の音はガサガサと割れ、相手の声はよく聞こえなかった。降谷は途切れ途切れに聞こえた音を頭の中で繋げ、ようやく内容を理解する。
「私、メリーさん、今、駅の前にいる……?」
それは、今日聞いた怪談と同じ、メリーさんからの電話だった。
どくどくと脈が速まる。その都市伝説は、メリーさんが捨てられたゴミ捨て場から始まっていたはずだ。今、降谷に電話をかけたメリーさんは駅にいるという。降谷が駅で何か大切なものを捨てたということだろうか。
たちの悪い悪戯に決まっているのに何かメッセージがある気がして、頭を整理していると、すぐに次の電話がかかってきた。
『……わたし、……リーさん。……いま、……うえんの前にいるの』
公園の前。そんなの、日本中どこにでもある。だがしかし――何かを確信した降谷は、寝室のカーテンを開けた。
「うぁわあああ!」
たしかにいた。近くの公園前に、街灯に薄く照らされた西洋人形のような影が。
腰を抜かしている間に次のコール音が鳴り、吸い寄せられるように電話に出てしまう。
「……わたし、……リーさん。いま、あなたの……ンションの前にいるの」
あなたの、マンションの前……
足元から迫ってきた恐怖がひたひたと全身を浸し頭まで達しそうになった瞬間、降谷はふと冷静になった。
ゴミ捨て場ではなく、駅の近くで捨てられた命。
段々と鮮明になっていく音声。かかってきた電話の主は……
最後の電話が鳴る。コール音が鳴ると共に、すぐに受話器を上げた。
「わたし、シェリーさん」
それは、名古屋駅に到着する直前に貨物車の爆発で亡くなった、彼女の声だった。
「シェリー……?」
彼女は無言で頷いた。そんな気配が、した。
「今、あなたのうしろにいるの」
降谷は、ポアロにいた少女の、最後の話を思い出す。
『ラストは諸説あるけど、その中で一番こわいのは……』
『メリーさんにもう一度会えたっていって、ぎゅっと抱きしめたんだって』