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    関東礼

    @live_in_ps

    ジュナカル、ジュオカル、ジュナジュオカル三人婚
    成人済

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    関東礼

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    既婚者アイドルのジュナカル
    二人が結婚してインディーズアイドルをしている話

    お腹の中の国 カルナの私空間はもちろん腹の中だ。ミント色の写真館の奥に、一階から二階までを全面ガラス窓にした円柱形のビルがある。ちょうど中央で仕切り半分が美容室、もう半分をアイドルの練習スタジオにして、地獄極楽小路をきりりと見据えていた。アルジュナとは結婚している。デビュー前から入籍していた。三つ年下の彼は夫とも妻ともつかない。妻と呼びたくなるほど顔立ちが子猫に似てかわいらしく、夫と呼びたくなるほど表情が凜々しい。総じて童顔で、小粒のチョコレートに似た可憐さがあった。時折鼻や唇に齧り付いている。唇の先で吸うアルジュナの味は、やや辛みのあるバターといったところで、滑らかな肌と、ほんのりとある産毛が、いつもカルナの空腹を慰めるのだった。彼は誰にかわいいと言われても当然と受け止める。十三歳の時、十六歳のカルナにつきまとって恋人にまでなれた理由が、アルジュナのかわいさだったからだ。当然でしょう。アルジュナはいつも「~でしょう」と話す。先生のように振る舞う姿が愛しい。誰にも敬われない立場だったとして、それでも彼はきっと先生の話し方をした。欠落も欠乏も感じなかったからだ。カルナに出会うまで。
     カルナとアルジュナが所属している事務所は、インディーズだったが、業界にツテがあった。オフィスで働きながらデビューしてすぐ、大手所属のアーティストより曲の提供を受けた。おもしろがられていた。男性同士の夫婦で、片方はサラリーマン、片方は大学に通いながらユニットとして仕事している。恥ずかしいことにメンカラーだって赤と青の対の色で、互いが互いの唯一で番いだと主張している。けれどライブでトークさせてもあまりべたべたしていない。仲の悪そうな気配すらあって、近寄ると生々しい血の匂いがしそうなのに、間に生理用ナプキンでも挟まっているのかじっと我慢している。事務所はどちらも王子様系として売っていた。対立する国同士の王子様同士が耐え忍ぶように身を寄せ合っている風情があった。いわゆる地下アイドルで、でも結婚しているからファンと繋がったりしない。危ういバランスだった。人気が爆発した切っ掛けは生配信で大喧嘩したからだ。視聴者は二人の剣幕にドキドキしながら投げ銭することしかできなかった。かなり際どい会話をしていたのだ。カルナが言い捨てた。家にいて、オレの私空間は腹の中しかない。しかもそれだってお前に犯されている。 ガラス張りのビルの半分で、カルナが全身を街に晒しながらダンスする。彼はなんでも踊ることができる。即興でストリートを踊ることもできるし、ジャズ、ヒップホップ、様になるコンテンポラリーだって踊ることができる。彼は昔、バレエがしたかったのだ。大学を卒業し、思い切ってアルジュナと結婚してみて、カルナは自分に輝かしい未来があるとふっと気付いた。真冬、頭上にオーロラが広がっていると急に気付いたみたいに。バレエを習ってみたい。近所のダンススタジオに通い始めてすぐ、どこから聞きつけたのかスカウトされた。才能がある。驚いた。次いで悲しくなった。もっと子供の頃から習えば良かった。アパートで俯きながらブリ大根を食べるカルナにアルジュナが提案した。
    「一緒にアイドルになりましょう」
    「正気か」
     結婚しているから、疑似恋愛をファンに体験させることができない。カルナはアルジュナだけが特別に好きだ。アルジュナの方だってカルナ相手にだけ露骨にムキになる。カルナのファーストキスも初めてのセックスも全てもらった挙げ句、永遠に独り占めできる立場のくせにカルナの親にすら焼き餅を焼く。卒がないので、アルジュナはファンサービスが上手いだろう。カルナが嫉妬してしまう。
    「疑似恋愛ができなくても応援したいと思ってもらうことはできるでしょう。誰かの幸せを心から願う気持ちはとても幸福ですよ。私のそういう相手はお前だ。私はいま幸福なので、この気持ちをこれからできるかもしれないお前のファンにわけてあげてもいい」
    「確かにオレもいま幸福だ。アルジュナ、ブリ大根はうまいか?」
    「うまいな」
    「そうか……お前がうまい食事をとっていると胸が熱くなる」
    「私は、カルナが仕事を終えたあと、毎日その仕事をして良かったと思っていたら、私も幸せだと思う。悔しいが。自分がそんな穏やかな喜びを感じているのがひどく屈辱的に思える。十三のとき、お前の後をくっついて回ったのは決して幸福になりたかったからではない。誰だって幸福になりたくて仕事や恋やアイドルの応援をしているわけではない。それは結果だ。けれど、目標も過程も結果もごちゃ混ぜにして私ごと全部高い場所に連れて行ってくれる相手がいるのは人生への限りない慈愛だと思う。カルナの特別は私だけだが、お前を誰にでも自慢して良いならそうする。私だけのカルナは素晴らしい」
    「うん……」
     魚に骨髄液の味が染みていた。太い骨より身を分け噛みしめる。食事を終え、二晩置いてから事務所に電話をかけた。土曜日で、アルジュナは外で雪かきをしていた。コートも羽織らず薄着のカルナが頬を赤くして玄関扉を開けた。白い髪に雪が降る。毛先の部分についた雪片は凍ったまま彼の装飾になり、身体や頭におりた雪はすぐに溶け彼の身体の香りと混ざった。水と氷と雪の香りを纏ったカルナが、頬と鼻先と真っ赤に染め駆け寄ってくる。牡丹の花弁と同じ散り方で雪が舞う。青い目は澄んだ湖の色で、つまり真夏の色だ。きらきらと潤んでいる。雪眩しさに何度も瞬きをしたのだ。カルナの瞳は聡く光を感受する。
    「アイドルになろう、アルジュナ。明日事務所まで行く」
    「電車ですか、バスですか」
    「タクシーで行く。道が中々複雑でな。迷わないようにしたい」
     アルジュナはタクシーのバックミラーに映るカルナの顔をよく覚えている。帽子を被った運転手と並ぶと別の生き物のように見えた。昂揚と戸惑いの混ざり合った表情は微妙なニュアンスで漂い、刹那的なバランスで塗り変わった。言葉を失うくらい。
     月曜、水曜、金曜をスタジオで練習し、イベントのある土曜日にライブ、隔週日曜日は配信をしていた。七月も半ばに突入し、辺りは夏だ。スタジオ近くの神社にはまだ蛍が飛んでいる。汗を拭い着替えたカルナが鍵をもらいにビルの受付へ行くと、網に入った小玉のスイカをもらった。出勤用のリュックサックを背負い、スイカを提げる。風鈴の音が聞こえてきた。通りを囲む店の、その二階の住居の人々が、こぞって窓際に吊している。ガラス製の水母の風鈴、釣鐘型の南部鉄器の風鈴、赤いびいどろの、切り子ガラスの、藍色の地に打ち上げ花火を描いた風鈴が、カルナの頭上で涼やかに鳴る。一陣風が吹けば音色は軽く高鳴り、やさしく注意を促しているような風情だ。ほの青い夜闇にガラスの表のつやがひらひらと浮く。そこには人々の生活が反射している。風に靡くシャツのストライプ模様が揺れている。
     大学病院の中のレストランで、アルジュナと待ち合わせをしていた。患者のランチに利用されるそこは、医師のためにディナー営業もしており、退勤前白衣のままワインを飲んでいる。カジュアルな雰囲気の店で、場所柄入れ替わり立ち替わり席が埋まっている。受付で名前を言い、アルジュナの待つテーブルへ案内される。月に何度も食事会をしている。ディナーは月に一回、モーニングも月一回、ランチは何回でも誘っていい。昨晩マネージャーより先月の個別ブロマイド売り上げの話をきき、眉をひそめた彼は定例の練習にこなかった。朝玄関をでた際よりも綺麗に髪を整えていた。香水と肌の匂いが混合している。
    「なぜ、練習にこなかった」
    「サボりです」
     グラスの水を一口飲み、アルジュナが目を瞑る。溜息を吐いた。不機嫌な彼はふだんよりも大人びている。もともとそうだったのだろうなと思う。十三歳よりずっと前から。かけられた期待と自分にできることとを測りにかけて、それらが不可分であることを嘆いている。ままならなさ。結果に幻滅するのはその後だ。ひとまず一度白けてしまってから、傷を深く握り込む。拗ねて黙るにはそれが良い。
    「お前はかわいいし、格好良いよ」
    「……」
    「器用で真摯で賢い。人に親切だ。真面目で、頑張り屋」
    「……。一途ですし?」
    「ああ、そうだな」
    「だから真摯でも真面目でもなくレッスンをサボるような私は、お前に人気が負けても当然だ」
     前菜が運ばれてきた。三色の野菜のテリーヌ。上にかかったサーモンのジュレにフォウクを入れ、彼が口に運ぶ。
    「すみません。幼稚でしたね。こういうポーズを取りたいだけです。わかってます。私はなんでも、お前の優位性を目の当たりにすると、大人げなく振る舞ってバランスをとろうとする。子どもの私が極めて優れた大人のカルナを伴侶にし、身体に触れるのを許されていることを誇示したくなるんです。……ごめんなさい。こんな言葉、ここで言うべきではない。傷つきました?」
    「お前はほんとうに傲慢だ」
     まっすぐに見据えて応えた。傷つけるために謝ったくせに。カルナの心は、カルナが一人で寛げる大事な空間は、アルジュナのペニスで踏み荒らせる場所にしかない。そんな位置になかったそれらを引き寄せて入り口を作り、アルジュナに奉仕するための襞すら生やしたのは彼の方なのに。
     ほんとうはもっと用心深かった。舌も凹凸もない完璧な心臓。全部捧げてしまって、圧倒的に不利になったのはカルナなのに、まだ足りないとつまらない支配欲を出してくる。なぜ彼は満たされないのか。一度満たされたからだ。カルナとの愛の交歓で不足を知り、不足を知るという形で己の欲望を隅々まで見渡せたから、そのときにアルジュナはきっと、自分に満足した。知識欲の補完は快楽だ。それが彼の愛とは別に存在する。アルジュナが知性ある生き物である限り、カルナは犯され、愛の喜びを代償に侵犯の悲しみを得る。アルジュナだって同じ立場だろうにカルナばかり損を被る気持ちになってしまうのは、性の快感が苦痛と地続きだからだろうか。それでもいいと躊躇いなく口にできる。だって彼はかわいいから。十六歳のカルナの甘い驚きは大人になった彼の鈍いとなってしまったようだ。アイドルになって、この感情を共有できる相手ができて良かった。オレの男は凄まじく愛しいだろう。悍ましいほど可憐で幼気だ。
    「すみません。わかってます、私。……わかってるんです。すみません」
     カルナがあんまりにも完璧だから。私の理想だから。アルジュナは真実眩しそうにする。彼は本音を言うのがとても下手くそだ。そういうところにカルナはめろめろだ。どうしようもなく惹かれてしまう。店を出たらすぐにも抱き寄せてキスしてあげたい。家まで待てない。一緒に罪深い、王子様同士の番に落ちる。
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