メラムギ3ワンドロお題「ぽかぽか」(サボル)ようやく家に帰りついた時には、とうに日付が変わっていた。
今日も間に合わなかったか、と零れたため息が、白い息に変わってそっと押したドアノブにかかる。
全ては、来週のクリスマスに合わせて休みをもぎ取り忘年会も不参加とするため。同じ大学でつるんでいた仲間たちの話を聞けば、既婚者でもなくましてや入社一年目のサボが学生時代と同じくその意思を貫けたことに驚かれたが、良くも悪くも実力主義の会社だったことが幸いした。
――とはいえ、こんな時刻の帰宅が2週間近く続いていれば、ほんの少し、先月の自分の決意に文句をつけたくなる。朝も夜もこんなふうに過ごさなければならないと知っていたら多少の譲歩くらい――。
ああ、顔が見たい。
鍵が開いた硬い音にはっと我に返ったサボは、脳裏に浮かんだ願望を振るい落とそうと軽く頭を振った。それでも、漏れ出てしまった感情は簡単に抑え込めない。
このまま扉を開ければ、我慢できずに寝室までまっすぐ向かい、起こしてしまうかもなんて躊躇せず、ほのかに色づいているであろう柔らかな頬にキスを落としてしまうだろう。それだけで終わればいいが、きっと。
「……はぁー……」
冷え切った扉に額をつけ、凍えた空気を深く吸い込み、はく。一度、二度と繰り返せば、熱が奪われる。
これで今夜もシャワーを済ませたらさっさと自分のベッドにもぐりこめる、はずだ。
脳裏に描いたカレンダーに罰をつけ、もう少しの辛抱だと強く自分に言い聞かせたサボは、再びドアノブに手をかけた。
けれど、サボが手を動かす前に、細い光が足元に落ちた。
「……おかえり」
ぽかん、と見返している間に、あたたかな手によって部屋の内に引き込まれる。
「なにしてたんだ?……すっげェ冷たくなってるぞ」
久しぶりにまともに見た弟の顔に、まだぼんやりとしていたサボの首からマフラーを抜き取ろうとした手が、頬に触れた。ほんの少し拗ねたような口調で咎められたかと思えば、唇を尖らせてコートの前を開けたルフィが突然胸に飛び込んでくる。
冷え切ったスーツとシャツごしでも、すり、と寄せられた頬の感覚が伝わってきた。
たったそれだけで、ぽう、と小さなぬくもりが内に灯った気がする。
いくら約束を守るためだといっても、無理やり気持ちを抑えることなんてなかった、と反省したサボは、去年のクリスマスに贈ったもこもこ羊に包まれた体に腕を回した。
「ごめん……それに、ただいま」
「ん――おかえり、サボ」
触れ合うだけの、はじめてのそれより軽いキス。
たったそれだけで、体にも心にも、じんわりとぬくもりが広がっていくような気がした。