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    鴉の鳴き声

    @crow_crow_cry

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    鴉の鳴き声

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    毒と野良猫品定めをするでもなく男はニタニタとコチラを見ている。
    初めて見る顔だが、用件を言うでもなく並べた品を眺めている。魔術の触媒、赤チョコボの筆ペン、東方の酒、武器に塗付する毒瓶、元気になる薬、古文書…感心したような声はあげているが、手に取る品を見る目からはまるで購買意欲を感じられない。
    今は巴術士が使い魔の触媒に使う少し特別な宝石を掌で転がしている。

    「コレ…いくらなんでもボッタクリじゃねーの?」
    男が手に取っているそれは既成のモノより使用者の想像をより綿密に使い魔に投影できる品だ。
    実際知人(アウラ♀)に試してもらった所、いつもよりツヤと毛並みと柔らかさが格段に良かった…らしい。
    自分で使ってみた限りではカーバンクルの眉毛が太くなった以外は特に変化はなかったが、愛好家には需要がある。

    「適正価格だ。そもそも流通量が少ない貴重品が手に入るだけでも十分だと思うがな。嫌なら他を当たってくれ」
    「さっきのヤローには色々安く売ってたみたいじゃねーか」
    「貴方にそれが関係あるのか?」
    一瞬男のニヤケ面が消えた。

    「私も忙しい身の上でな。誰の紹介で来たんだ?用件を言って貰えば対応するが、無いならお互いに時間の無駄かと思うが?見るだけならタダにしているが、うちは一見お断りだ」
    そう言いながら横に控えているマムージャの傭兵に目配せする。
    弓を背負った男は冒険者といった出立ちだが、衣類に隠れる様に他にも獲物を所持しているように見えた。誰に向けるつもりかは知らないが、警戒しておくに越した事はない。

    「おっさん、そんな仏頂面じゃなくてもっと愛想良くした方がいいんじゃねーの?オレ怖くて買う気無くなっちゃうよ」
    「悪いがウチでは扱ってないな。ここからならリムサのマーケットが近い。そこなら嫌と言うほど振り撒いてもらえるぞ」
    お互いにまるで気持ちの籠っていない言葉を交わしながら、広げた商品を片付けていく
    どこで嗅ぎつけたか知らないが、いつまでも冷やかしの相手はしていられない。

    「あれぇ?もう閉めちゃうんだ、もっとお話したいのになぁさみしいなぁ」
    「世間話も扱ってないな」
    「いやさ、おっさんも商売人なんだからさ、誰かだけ特別扱いなんてオレは駄目だと思うんだよなー不公平なのは良くないな、うん」
    明らかに芝居かかった口調で頭に手を当て、首をかしげながら心にも思ってないような事を言ってくる。
    「なんの話だ?客でもない貴方に言われる謂れはないが」
    「ふーん…さっきのヤローには随分イイ商売してたみたいだけど」
    「本当によく見ているな。彼はただの馴染み客だ。貴方と違って金払いも良いし、大口取引もあるからな。」
    確かに先客はいた、彼は以前に世話になった恩人ではあるが、見知らぬ輩に伝える必要もない。どのみち馴染みの客でもある事に変わりは無い。

    彼に用事がある様子だが、そもそも紹介状が無い人物の相手はこれ以上していられない。
    「貴方は何処から嗅ぎつけてきたんだ?何度も言うが、うちは一見とは取引していない」
    「たまたま通りかかって見つけたんだよねー。冒険者は好奇心が稼ぎの種だし」
    「随分と偏った好奇心のようだが?」
    男は何も言わなかったが、冷めたように少し目を細めていた。

    「ではな、二度と会うことは無いと思うが」
    「そうだな、邪魔して悪かったな、おっさん」
    荷物をまとめ終わり、その場を離れる。おかしな動きは無く杞憂かと思っていた。

    「……」
    ブロンズレイク近郊、マムージャの傭兵との別れ道が近づいてきた。
    「………オイ」
    「どうしたものかと考えている」
    「尾け、られてい、るぞ」
    「わかっている」
    「迎え、撃つか?」
    「いや…逃げられるだけだな」
    「お前が、1人になった、ところを、狙われるぞ」
    「だろうな、どうしたものかと考えている」
    「お前は、イイお得意様、だ。できれば失い、たくない」

    デジョンやテレポは隙が多すぎる上、ラノシア地域の転魂塔の先は基本的にイエロージャケットや黒渦団の人間が側で睨みをきかせている。仕事中に必要以上に顔が割れるのは避けたい。

    「手の内を晒すのはできるだけ避けたいが…」
    「オマ、エも十分に、強いだろう、弓師であれ、ば、一気に倒し、てしまえばいい」
    「それは買い被り過ぎだ。やり損ねた場合、仕事がしにくくなってしまう。それに彼は弓師ではないな…"弓も"使うだけなんだろう」
    「面倒、だな。そちらの社、会は」
    「私もそう思っている」
    苦笑いしながら、少し立ち止まり気配を探ると、変わらず距離を保ったままついてきているようだ。
    浅瀬地帯に入り隠れる場所も減ってきたが、それでも姿は感知させない。ため息をつき仕方なく覚悟を決める。
    「相手の目的も曖昧だ。今日の所はひとまずお引取り願おう。すまないが、潜伏先を指差してもらってイイか?」
    「わかっ、た」
    後ろを振り返り傭兵が指差した先、遠くの木々が風に揺られた。静かなものだ。見た目には何も変わらないが、僅かに葉が動く気配がした。
    コレで退いてくれれば有難いが…と考えていた所、近くの木にドスっと勢い良く矢が刺さった。

    「応戦す、るか?」
    「いや、別れの挨拶だろう。もう遠くに行ってしまったようだ」
    そう言って幹に刺さった矢を横目に見る。矢自体は何処ででも扱っているような量産品のようだ。
    遠距離からでは流石に矢筋も安定しない筈だが、かなりの距離から飛んできた矢は正確に幹の真ん中に命中していた。

    頭の中で浮かぶ余計な仕事に顔をしかめながら、厄介なのに絡まれたなとため息をつき、傭兵と別れる。
    ------------------------------------------------------------
    「サンシーカーの男ねぇ…」
    リムサ・ロミンサの外れ、海賊達の怒声が飛び交う場末の酒場でルガディン族の女将は料理の注文を捌きながら答える。彼女は私の店の紹介者の一人だ

    「身長は私よりは4イルム程(10cm程度)は低そうだった。右眼は黒、左眼は赤のオッドアイ。舌の先が少し欠けていたな。口を出してきた時は黒髪に少し青のメッシュが入ったオールバック、弓を獲物にしていた。他にも携行しているようだったな…口調はおどけた感じだったが、立ち振舞いは暗部の人間のそれだった。そういった男の出入りは無かったか?」
    目の前の主菜を切り分けながら、特徴を説明していく。
    こちらに来た当初はフォークやナイフの扱いも苦労したが、今では支障なく食事もできる。今日の晩飯は白身魚のムニエルだ。
    「あんたが情報を仕入れに来るなんて珍しいじゃない」
    「個人の情報は元々専門ではない。よっぽどの大物でない限りいつ売れるかわからん奴の情報まで扱いきれん」
    答えながら切り分けた魚を口に運ぶとバターと香草の風味が口の中に広がる。
    「ミコッテの男自体珍しいけど、あたしはサンシーカー?ムーンキーパー?の区別はパッとはつかないからね。リムサ・ロミンサはサンシーカーが多いし、あんたの事も最初はサンシーカーだと思ってたからねぇ…」
    注文が一区切りついたのか、カウンター越しにこちらに顔を向けてくる。
    「人相書きは用意してきたが…」
    そう言って、羊皮紙を女将に手渡す。
    「ふぅん…見た感じは普通の冒険者って感じだね、見つかるかはわからないけど、背の低いミコッテの男の情報があったら気に留めておくよ」
    彼女から見れば私も彼も同じような身長かと思うが…と下らない考えがよぎった。

    「助かる、あとごちそうさま、今日も美味かった」
    カウンターに食事代と情報の手付金を乗せて帰宅の準備をする。
    「ありがとね。しっかしあんた、普段は仏頂面なのに、ご飯食べてる時は顔が緩むんだねぇ…フードの中のお耳もピコピコしているみたいだし」
    「む…いつもと変わらない筈だが…」
    気をつけているつもりだが、耳や尻尾はどうしても弱い…
    仕事柄できるだけ機微を読まれないようにフードや外套で隠してはいるが、まさか顔にも出ていたとは…
    「はははっ!いつもって訳じゃないけどね。耳はともかく顔にまで出るのは珍しいなって思ってさ。鉄仮面のあんたでもそういう所があるんだなって」
    「まぁ私にも好物くらいあるさ。実際美味いものを出されると仕方ないだろう?」
    豪胆に笑う女将に歯切れの悪い答えを返す。
    「嬉しい事言ってくれるじゃない。いつも海千山千な海賊や冒険者の相手をしていれば、あんたみたいなのもいるからね。なんとなくわかってくるさ」
    「まったく…貴女には敵わないな」
    肩をすくめながら店の扉を通り抜け帰路につく。
    ------------------------------------------------------------
    仕事を終え、住処に戻ると使い魔の鷹が戻っていた。彼に送った手紙の返事を持ってきたようだ。
    こちらが送った手紙の要件は一つ、先日襲撃してきた男の情報提供の依頼だ。

    意外と早かったなと思いながら封を開く。
    本人の口の悪さとは反して、丁寧な字で返事が綴られていた。教養が良かったんだろうなと思いながら読み進めていく。

    しかし残念ながら、送った人相書きについては本人も見たような気がする程度で、あまり詳細は把握していないようだった。
    ただ身近な人物に対して害を与えている誰かがいるらしく、そいつかもしれないとの内容で、巻き込んでしまいすまない、必要があれば力になると添えてあった。

    「まいったな…」
    天井を眺め、考えを巡らせる。この内容から判断するなら、男にとって彼の身近な人物と認識されたからという理由だけで矢を向けられた事になる。矢を向けられるのは勿論、仕事の邪魔をされてはこちらはたまったものではないし、身辺を嗅ぎ回られるのも困る。

    だが彼の力を借りるのは悪手だ。手を借りている限り男は出てこず、後手に回ってしまう。正直長期戦にはしたくない。
    そう考え、ひとまずは礼と今の所は助けは不要と綴った手紙を彼に返しておく。

    筆を置き、紹介者の一覧を確認する。最近連絡が取れない紹介者が一人いるのが気になる。死体の情報は流れてきてはいないが、私の事を嗅ぎ回るのなら彼の所には辿り着くはずだ。
    そろそろ向こうから顔を出してくるだろうか。
    ------------------------------------------------------------
    河川沿いの開けた場所、街道から逸れ、人通りは殆ど無い。
    少し霧がかかり、見通しは悪い。
    ここは店を開いている幾つかの箇所の一つだ。
    ただし、今日はマムージャの傭兵もいないし、品出しもしていない。
    岩場に腰掛け、時間つぶしにと魔術書を読んでいると、霧の向こうから近づく姿がある。

    「よっお久しぶり」
    以前と変わらぬ佇まいで、まるで旧友にでも会うように馴れ馴れしく声をかけてくる。
    「私は二度と会わないつもりだったがな」
    魔術書を読みながら、顔をあげずに言葉を返す。
    「ツレナイねぇ。そんなんじゃオトモダチできないよ、おっさん」
    大袈裟にため息をつきながら言ってくるが、私としては下らない茶番はさっさと終わらせてしまいたい。
    「ってか今日は商品何も広げてないじゃん、傭兵さんもいないし、お休みだった?」
    「彼は品数が多い時に手伝ってもらっている。品は日によって変わるからな。ただ前も言ったが、一見はお断りだ。紹介状はあるのか?」
    「へいへい…これでしょ?」
    そう言って男はニタニタしながら紹介状を渡してきた。
    顔を上げ物を確認する。間違いない、最近連絡が取れない紹介者からの書状だ。だがコレはいつも押されている印が足りない。警戒が必要な客という事だ。躊躇なく面倒事を投げてきたなと同業者の顔を思い浮かべる。ヘラヘラしたララフェル族の情報屋の顔が浮かび上がってきた。

    「どーよっこれでオレもお客様だぜ?」
    自慢げに胸を張っているが、そもそも持ってきてもらわないと話にならない。
    「…そうだな、紹介者の彼から聞いていると思うが、金を出せばある程度の物や情報は工面しよう。私が主に扱っているのは盗難品、横流し品の情報や流通の少ない希少品の仕入だな。活動範囲はラノシア全域、それ以外のエリアに関してはモノに依るが何とも言えん。
    基本的に物の仕入は少し待ってもらう。情報に関しては持っていればすぐに渡せるし、待てるようなら探りを入れる。費用は内容次第だが、モノの引渡し時で構わない。ただし、そちらからの取引中断の場合はかかった経費を請求する。取り敢えず簡単な説明はそんな所か…お互いに良い取引になる事を願っている。それで…貴方は何を求めにきた?」
    男はつまらなさそうに聞いていたが、本来であれば紹介者から聞いているであろう内容を改めて説明する。

    「ふーん…まぁいいや、取引っつーかお願いがあるんだけどさぁ」
    「なんだ」
    「あのヤローとの取引から手を引いて欲しいんだよなぁ」
    「誰のことだ?そもそも誰であろうと私に利益はあるのか?」
    「この前おっさんに魔術の触媒大量発注してた野郎だよ」
    「あぁ…彼の事か…何故だ?」
    彼絡みの用件である事は予想通りだが、やはり目的が理解し難い。ある意味でこの男は読めない。

    「何故?そりゃオレがあのヤローの事が大嫌いだからだよ」
    ニタニタしたと思いきや一変、急に強い口調で言ってくる。
    「それだけか?」
    「それ以上の理由なんかありゃしねぇだろ?オレはあいつの苦しむ顔を見るのが大好きなんだ。あのスカした顔が歪んだ瞬間を思うと…堪んねぇんだよ」
    男の表情が歪み、口調も更に強くなってくる。
    やはり理解し難い。怨嗟なのだろうが、こうも人の手段を歪めてしまうのか。
    「それで、どうなんだ?あのヤローとの取引、続けるのか?手を引くのか?」
    最後はまくしたてられるように答えを求められるが、こちらの返答は変わらない。
    「残念だが、さっきも言った通り私に利益が無いな。金払いのいい客と要求だけは100人前の輩、どちらを優先するかは考えるまでもないだろう」

    「へぇ…言うねぇ…あぁそうかいそうかい。じゃあアンタが喜んで首を縦に振るようなモンをやるよ」
    一瞬男の手元が動いたかと思うと、首筋に冷たい感覚が伝わる。短剣でも当てられているのだろう。少しツンとした匂いが漂ってくる。
    「物騒だな。残念だが私の命は商品としては扱っていない。お引取り願いたいのだが」
    「へぇ…余裕じゃん、おっさん状況わかってる?怖すぎて頭おかしくなっちゃった?オレがちょっと手を引くだけで…サヨナラだよ?」
    悦に浸った表情で男はくっくっと喉を鳴らしている。
    「そうか」
    「アンタは目障りだが、特別に見逃してやろうって言うんだ。オレは優しいからな。代金はおっさんの命だ、お買い得すぎて涙が出ちゃうだろ?」
    男は私のフードを下ろし、同族の耳を確認すると、ペタペタと首筋に短剣を当てて遊ばせてくる。
    「本来取引とは双方の合意の上で成立するものだ。少なくとも私は一方に選択の余地が無い取引はしない主義だ」
    「へぇ、くだらねぇな。そんな腹も膨れねぇコダワリで命落としてちゃ笑い草だぜ」
    「だろうな、ただこれでも信用を売りにしていてな。貴方の要求には応じられない」
    男をまっすぐ見据え答える。男の方は私の耳が恐怖で垂れていないのが不服のようだ。
    「…交渉決裂だな」
    「最初から交渉にもなっていないがな」
    「オレは最大限譲歩してやったんだがな。まっ恨むならあのヤローに関わった自分の不運を恨むんだな。じゃあな、おっさん」
    そう言って男は短剣を握る手に力をこめた。

    男にとってはいつも通りの動作だったのだろう。
    「は?」
    だがいつも通りの光景にはならない。
    その隙をつき、私も隠し持っていた短剣を男の喉めがけて斬りつける。短剣が男の頬を僅かにかすめ、鮮血が散る。
    流石に男の方も手練だったか、或いはいつもと違和感を感じたのか即座に大きく飛び退かれ急所は逸らされてしまった。

    「オマエ…どういう事だ…」
    ギラギラと殺意を向けながら言葉を紡ぐ。
    「貴方が来た時から面倒な事になるのは予想していた。思ったよりは早々に突っ込まれたがな」
    やり取りをしながらも正確に私の心臓を狙って飛んでくる短剣を防御障壁が弾く。
    「ちっ…やっぱりむーたんかよ…」
    私のコートの裾からひょっこりと顔を出している琥珀色の宝石獣、カーバンクルを確認し、男は忌々しげに声をあげる。
    「たまに貴方の様に行儀の悪い輩も来るからな。最低限の護身の心得はあるつもりだ」
    「へぇ…最低限の腕前でオレの相手しようとしてんだ、ウケるな」
    そう言いながらも男は距離を保ちながら無表情で弓を構える。まずは様子見と言った所か…
    正直油断してくれるか諦めて帰ってくれても良かったが、かえって警戒させてしまったようだ。まぁ毒は回っている。持久戦は得意ではないが仕方がない。

    「ほらほらもっと早く動かないと刺さるぞ?まぁ巴術士だとしたらうまく避けるじゃねーか。お上手お上手」
    男は矢を放ちながらいつもの調子で煽ってくるが、言葉の端々から苛立ちを感じられる。流石に私が本来巴術士ではない事に感づいているようだ。
    実際私の巴術士としての腕前は手練と言えるモノではない。術式は一通り履修しているが、どうしても格上相手では術に抵抗される事も多く、決め手に欠ける。守りの術式は兎も角、避けているだけでは消耗するだけだ。
    ただ男の方も恐らく普段遣いの弓矢では無いのだろう、流通から個人が特定されないように安物の既製品を持ってきているようだが、それが仇になったのか細かい矢筋にどうしても粗さが目立つ。私としては躱しやすく有り難いが、その分変わらない戦況に男はなおさら苛立ちを隠せないようだ。

    「さっきからオマエ、ナメてんのか?ちょろちょろ逃げ回りながら、子供だましの術をぶつけてくるか、外れた矢をむーたんにへし折らせるかしかしてねーじゃねーか」
    「最低限の心得と言った筈だ。術式に関しては日々勉強中でな。ただ牙を抜くくらいはできるさ」
    「はっ…言うねぇ…調子に乗りやがって、クソが」
    男の手持ちの矢の数も減ってきてはいるが、その分無駄撃ちも減っており拮抗状態が続く。
    「ちっ…ごふっ…」
    漸く毒が回ってきたのか、男が一瞬ふらつく。待ちわびたその瞬間、カーバンクルを帰還させ、制御に回していた集中の先を短剣に切り替える。手元を投剣で狙いながら、一気に男との距離を詰め首を狙う。

    キンッ…
    刃と刃がぶつかる音が響く。
    残念ながら私の刃は男の喉には至らず、先駆けて放った投剣も男の腕をかすり、弓の弦を断ち切っただけだった。

    「へっ…いいご趣味だな。毒なんざ」
    男は悪態をつきながら弓矢を放り投げ、両手に短剣を構える。
    「自分でも使っておきながらよく言う。貴方のそれは痺れ毒だったか?少し癖のある臭いの毒があった筈だ」
    「オマエ…同業か?或いはリムサ・ロミンサだと…双剣士だったか?」
    「好きに想像するといい。確かに"掟の番人"はいるが、私はしがない商人だ。多少心得はあるがな」
    「けっ多少ねぇ…刃に塗った毒を嗅ぎ分けられる奴が多少なんて抜かすかよ」
    血の混じったツバを吐き捨て、忌々しげに私を睨んでくる。少し呼吸は荒いが、まだ眼光は鋭く、焦点もしっかりしている。
    あの毒は本来なら肺を致命的に壊す類の物だ。恐らく過去に服毒し耐性をつけていたのだろうか。正直驚いている。

    「けほ…さっさと殺しておけばよかったな。割に合わねぇ…」
    「もう少し慢心に溺れていてくれれば簡単に殺せていたんだがな」
    「はっ…死ぬのはオマエだよ」
    そう呟きながら男は一気に距離を詰めてくる。

    刃の重なる音が周囲に響く。
    だが数度刃を交わせばわかる。力関係は互角…と言えればよかったが、残念ながら白兵戦に関しては男の方が1枚も2枚も上のようだ。
    互いに傷を負わせてはいるが、互いに耐性を持っている為、毒も効果が薄い。それでも徐々に身体を蝕む毒は否が応でも戦況を進めていく。
    正直最初に毒で弱らせてなければ早々にやられていた。だがこちらも毒をもらっていては、その利点も無いようなものだ。男もそれを理解しており攻める手を止めず、こちらは防戦一方だった。

    「オラァっ!」
    「ぐっ…」
    反応が遅れた所に男の蹴りが思い切り腹に入る。軽く吹き飛ばされ、痺れ毒の所為もあり短剣を一本手放してしまった。

    「はぁ…苦労かけさせやがって…だが白兵戦は…オレの方が上だったな」
    血に塗れ息も絶え絶えな男は勝ち誇ったように声を上げ、フラフラと近づいてくる。
    私も毒が回り、血を失い満身創痍の身だ。短剣を握る手には殆ど力が入らないが、それでも手先は少し動く。男に見えないよう血を指先に塗りつけ、懐の魔導書に手を伸ばす。

    「じゃあな!」
    止めを刺そうと男は短剣を振り上げ…
    ざくりと肉を切る音を聞いた気がした。

    「がっ…はっ…」
    背後からの一撃を受け、男は膝から崩れ落ちる。
    「ここまできて…また…むーたんかよ…」
    倒れた先、男の背後には返り血を浴びた真紅のカーバンクルが短剣を咥えている。口に咥えている短剣の柄には媒介の宝石が淡く輝いている。刃は浅かったが、弱った男には十分だったようだ。
    「くっ…」
    集中が途切れ、顕在が維持できなくなったカーバンクルのエーテルが霧散していく。

    フラフラと立ち上がり私は男に近づく。
    男も気配を感じたのか、立ち上がろうとするが満足に立ち上がれないようだ。
    私にはもう短剣を持つ力すら残っていない。だがそれは男も同じようだ。

    「残念…だったな…殺せなくて」
    「はっ…オレは…心が広いからな…同業のよしみで…見逃して…やるだけだ」
    「そうか…嬉しくて涙が出るな」
    「だがな…これだけは…言っておく」
    「奇遇だな…私も…伝える事がある」
    互いに呼吸を整え、顔を向き合わせる。
    「「次は必ず殺してやるよ」」
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