「話を聞いた時はまさかとは思ったが、本当だったとは…」
俺は一烏が連れてきた子を見てつい口にしてしまう。
そいつは一烏の後ろに隠れたまま顔も出そうせずモジモジしている。
「ほりゃ、いつまでも隠れとらんと挨拶せんか」
一烏に促されて漸く顔を出したその子は言われてみれば面影があるように感じる。
だが、その表情はいつもの飄々としたものとは異なり不安の色が見て取れる。
「あの…えっと…今日から…よろしく…お願いします…」
消え入りそうな声で小さく頭を下げるが、目を合わせることはなく、
スグにまた一烏の後ろに隠れてしまった。
「やれやれ…」
一烏はため息をつきつつも、しゃがんで目線を合わせる。
「よいか鷹彦、ワシは任務があるから暫く留守にせねばならん。
だが危険が伴う故、お主を連れて行くことはできん。
それ故里の者ではないが、信頼のできる所で過ごしてもらう」
「でも…ぼく…」
「必ず戻ってくるから安心せい。お主を置いてどこかにいくものか
じゃからお主もいい子で待っていられるな?」
普段見せないような柔らかい顔で一烏は鷹彦に声をかける。
あいつもこんな顔するんだな。意外と子供好きなのか?意外と訛りが強いんだな。
「うん…がんばる…」
「よしよし、いい子じゃな」
そう言いながら一烏は笑いながら鷹彦の頭を優しく撫でる。
「すまなかったな。先に話した通りの事情でな。手間をかけるがよろしく頼めないか?」
「構わない。暫くは俺かジョウのどちらかは家にいるからな」
「礼を言う。一時はどうなることかと思ったのだが…」
「確か遺跡から持ち帰ってきた物の所為で鷹彦が幼くなってしまったんだったな。元に戻すアテはあるのか?」
「いや…だが例の物をライアンに調べてもらっている。何か手掛かりが掴めればいいんだが…」
そう言う一烏の眉間のシワは更に深くなり、幼い鷹彦が心配そうに見上げている。
「にいちゃん…」
「おっと…大丈夫じゃ」
そう言って再び頭を撫でると少しだけ笑顔になる鷹彦。
「さて、あまりここに長居しても仕方がない。向かわねばならない場所もあるしな」
「あぁ、鷹彦のことは任せておいて大丈夫だ」
「うむ。では行ってくる。またな、鷹彦」
そう言って出発した一烏が見えなくなるまで鷹彦は一烏の背中を眺めていた。
「わーカワイイ!この子本当に鷹彦さんなの!?」
「あぁ、なぜ大人になったらああなってしまうのか想像できないがな」
用事から帰ってきたジョウが開口一番目を輝かせながら鷹彦を見ている。
「へぇ~、髪は短いけど、こうしてジックリ見るとやっぱり面影あるんだね!」
鷹彦の方は本人にとっては初めての人という事もあり、怯えているように見える。
「おい、そこまでにしておいてやれ、思った以上に人見知りでな」
「あ、ゴメンね。俺も驚いちゃってさ」
ジョウはそう言って鷹彦に目線を合わせてニッコリ笑いかける。
俺の時は一目散に離れていったが、おずおずと上目遣いでジョウを見ながらも距離を取るつもりはないようだ。
「ま、本人にとっちゃいきなり知らない場所で一人っきりだしな。ゆっくり慣れさせてやってくれ」
「はーい!どれくらいここで過ごす予定なの?」
「一烏が仕事で不在と言っていたからな。予定では1週間ほどだ」
「じゃあ暫くは一緒だね。じゃあ鷹彦さ…鷹彦くん?落ち着いたら家の周りも探検とかしてみよっか?」
「……うん」
一烏が出発してから初めて声を出す。
「うわっ…今のちょっとキュンときちゃったかも」
「お前…」
「違うよ!?そういう意味じゃないからね!!」
必死になって否定するジョウを見て鷹彦も思わず笑っていた。
「あ、やっと笑ってくれた。じゃあまずは家の中を案内しないとね。ついてきて」
ジョウに手を引かれてトコトコと歩き出す。
流石ジョウだ。あっと言う間に懐いたみたいで良かった。
「ここがリビング。ご飯食べるところだよ。
お風呂もトイレもこっちにあるから覚えてね」
「うん……」
「で、ここはキッチン、料理するところ。今は何も置いてないから後で色々持ってきてあげる」
「ありがとう…」
「あとはそうだね…あ、寝る所決めないとね。やっぱり布団の方がいいかな?ベットでも眠れる?」
「…多分」
「そっか、じゃあ今日はベッドで一緒に寝ようか」
「え…一人で眠れます」
「遠慮しないでいいんだよ?」
「いや…でも…」
「じゃあこうしよう。夜中に怖い夢見たり寂しくなったら起こしてくれてもいいし。なんなら添い寝もオッケーだから」
「…うん」
「よしよし、じゃあ後で俺と一緒にお昼ごはん作ろうか」
「…うん」
「ふぅ…なんとか仲良くなれそうでよかった」
流石ジョウだ。人当たりの良さは折り紙付きだな。
「じゃあ最後に玄関と庭の案内だね」
鷹彦はコクリと頷きジョウの後についていく。
案内が終わるとジョウと鷹彦はキッチンで昼ごはんの準備に取り掛かった。
俺はその様子を椅子に座って眺める。
ジョウはテキパキと指示を出しながら鷹彦にも仕事を任せていく。
その様子はとても楽しそうで見ているだけでこちらまで微笑ましくなる。
「ねぇ、鷹彦くん」
「はい?」
「いつもは何食べてるの?」
「…近くの川で捕れる魚とか里で育ててる野菜とか」
「そっかぁお肉はあんまり食べないの?」
「里では中々手に入らなくて…兄ちゃんや外に出る人が外から買ってきてくれたりします」
「そうなんだ。じゃあお昼はお肉を使って美味しいもの作るね」
「いいんですか?」
「いいのいいの、折角だからね」
「ありがとうございます」
ジョウはニコニコしながら調理を進めていく。
鷹彦は初めて見る食材ばかりで興味津々といった感じだ。
「よし、出来た。じゃあいただきまーす」
「いただきます」
鷹彦は箸を持ち、恐る恐る口に運ぶ。
「おいしい!」
「そう?それは良かった。おかわりもあるから沢山食べてね」
「はい!」
そう言って鷹彦はモリモリと食べる。
普段のあいつからは想像もできないような純粋な笑顔だ。
「ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした。どうだった?」
「とってもおいしかったです」
「よかった!また何かあったらいつでも言ってね」
「はい!あの…洗い物はぼくが…」
「ホント?ありがとう!助かるなぁ」
「いえ、これくらいは大丈夫です」
そう言って二人で食器を運び、鷹彦は台に乗って洗い物を始める。
「俺にも弟がいたらこんな感じだったのかな?」
鷹彦の洗い物を眺めながらジョウは俺と話す。
「欲しかったのか?」
「どうだろう?昔はそんな事考える余裕なんて無かったからね」
「今はどうなんだ?」
「んー…そうだね、鷹彦さんって思うと難しいね」
「お前なぁ…」
「あはは」
そう言ってジョウは笑う。
「おわりました」
鷹彦が洗い物を終え、俺たちの所に寄ってくる。
「あ、ありがとう!じゃあちょっと休憩したら家の周り探検してみよっか?」
ジョウの言葉に鷹彦はコクリと頷く。
「鷹彦くんはいつも何して時間過ごしてるの?」
「えっと…お仕事中のにいちゃんを待ってる…後は忍術の修行とか…」
「へぇ~、どんなことするの?」
「まだにいちゃんみたいにうまくできないから…ごめんなさい…」
「あ、いいよいいよ気にしなくて!でも鷹彦くん、一烏さんの事大好きなんだね」
「うん!にいちゃんは優しくてなんでもできてカッコよくてたくさん褒めてくれて色んなこと教えてくれて」
鷹彦が今までと打って変わって、急に早口で喋り始める。
兄好きなのは昔からのようだ。
「ふふ、一烏さんの話するとき嬉しそう。兄弟仲良いんだね」
「でも…」
「どうかした?」
「最近、にいちゃん忙しそうでずっと難しい顔して考え込んでる…」
正直一烏は見ていても表情が判断できないが、鷹彦ならそのあたりもスグにわかるのだろうか。